第18話 粛清という名の蹂躙
アルノは確信していた。これは自然災害でも、魔物の気まぐれでもない。何者かが意図的に「命の循環」を断ち切り、そのエネルギーを強制的に抽出する、禁忌の実験の跡だ。
土を愛し、命が芽吹く奇跡を知る者にとって、それはただの破壊以上の侮辱だった。自分の命すら危険にさらしかねない毒を撒き散らす「屑」が、この奥に潜んでいる。
黒い霧が視界を遮る森の最深部。不自然なほどに開けた空間の真ん中に、一人の男が立っていた。
豪奢な、しかし禍々しい刺繍の施された法衣を纏い、手には植物の生命力を吸い取って黒く変色した魔石の杖を握っている。
「おや? ここに人が来るとは……。珍客だ。しかも、薄汚れたコボルトも一緒か」
男は、まるで害虫でも見るかのような目でラッドを一瞥した。ラッドは恐怖に身をすくめ、アルノの背後に隠れる。
「お前さんか? この森の薬草や、生態系を壊そうとしているのは」
アルノの声は、凪いだ海のように静かだった。だがその奥底には、煮えくり返るような熱が溜まり始めている。
「人聞きが悪いな。壊しているのではない。わたしは『粛清と調和』をしているのだよ。無駄に生い茂る雑草を整理し、純粋な魔力へと還元する。これこそが至高の効率、新しい世界の形だ」
「なんだと」
アルノの声が一段と低くなる。
「自己紹介が遅れたね。わたしはエドワード・カスティル。真理を追究する魔導師だ。君のような、土の匂いをさせた野暮な冒険者に理解できるかな?」
「……アルノ・ステルモだ。ただの、野菜を愛する農夫だよ」
アルノが名を名乗ると、エドワードは鼻で笑った。
「農夫か。ふん、相応しいな。泥にまみれ、一生を無益な労働に捧げる羽虫。そんな君に教えてあげよう。この森の植物たちは、わたしの実験台として『消費』されることで初めて価値を持ったのだよ。枯れ果て、二度と芽吹かぬ土こそが、不要な命を削ぎ落とした真の完成形だ。このコボルトの毛並みも、魔力を抽出すれば少しは役に立つかもしれないがね」
エドワードは冷笑を浮かべ、杖を軽く振った。その拍子に、周囲の枯れ草が砂のように崩れ落ちる。
アルノの中で、何かが音を立てて切れた。
表情から一切の感情が消え、絶対的な死の気配が周囲を支配する。
「……粛清、だと? 不要な命、だと?」
アルノは一歩、踏み出した。その足元から、黒い霧が弾け飛ぶ。
「命を、土を、何だと思っている。……お前のような奴が一番、この世の循環に必要ない。今ここで、俺が土に還してやるよ」
「キレる」という言葉では生ぬるい。
元竜騎士の怒りは、静かに、そして確実に、目の前の男を「排除すべき害虫」としてロックオンした。




