第17話 禁忌の魔力
森の深部へ進むにつれ、大気は淀み、肌を刺すような不快な魔力が密度を増していった。
本来、闇の属性とは決して「悪」ではない。夜の静寂が生命を休ませ、深い土の闇が種を育むように、光と闇は互いを補い合い、循環することで世界に潤いをもたらすものだ。火が地を温め、水が命を繋ぎ、風が種を運ぶ……それこそが、アルノが土いじりを通じて学んできた属性の真理だった。
だが、この場所に漂う「闇」には、生命を慈しむ気配が微塵もなかった。
それは循環を拒絶し、ただひたすらに周囲を侵食し、削り取るためだけに存在する、理外の魔力。
「ラッド。……あれが、お前の言っていた黒くなった薬草か?」
アルノは、不自然に立ち枯れた一角を指差した。
ラッドはもふもふの耳をぺたりと寝かせ、怯えたように頷く。
「そうです……。見てください、あんなに綺麗だった銀精草が、まるで炭みたいに真っ黒で。火が消えた後も、ずっとあのままなんです」
アルノは枯れた草の前にしゃがみ込み、指先でその表面をなぞった。
「……いや、これは違うな。焼けたんじゃない。この状態は確か……」
アルノは背負っていた大きなバッグを下ろし、中から一冊の書物を取り出した。それは農具や肥料と一緒に詰め込まれていたとは思えないほど、重厚な革表紙の、かなりの大きさを誇る本だった。
ページをめくる音が、静まり返った森に響く。
「アルノさん、その本は……?」
「騎士団時代に、古い書庫で見つけた禁書に近い魔導植物図鑑だ。……あった。これだ。ラッド、これは火災による焼失じゃない。『魔力枯渇』……それも、強制的な収奪による壊死だ」
図鑑に描かれていたのは、現在の薬草の状態と酷似した、生気を完全に失った植物のスケッチだった。
通常、枯れた植物は土に還り栄養となる。しかし、この黒い草からは「次の命」へ繋がるエネルギーが一片も感じられない。根こそぎ、魂ごと奪い去られたかのような無惨な姿。
「存在すべきではない魔力が、この森の心臓部から溢れている。……ラッド、俺のすぐ後ろを離れるなよ。この先にいるのは、ただの腹を空かせた魔物じゃなさそうだ」
アルノは本を閉じると、立ち上がって剣の柄に手をかけた。
スローライフを愛する農夫として、この「土を殺す力」だけは、何があっても見過ごすわけにはいかなかった。




