第16話 森の言葉と不審な準備
アルノは、ガイド役として同行することになったラッドを連れ、まずは王都の道具屋へと足を運んだ。
これから向かうのは、魔力の残滓が漂う不気味な焼土だ。しかし、アルノが店で次々と手にとっていくのは、一般的な冒険者が選ぶようなポーションや予備の武器ではなかった。
「ええと……この栄養価の高い腐葉土と、中和用の消石灰。あとは、まだ生きている根を保護するための保湿布を多めにもらおうか」
カウンターに山積みにされる園芸用品の数々。
ラッドは、それらを大きな目を丸くして見つめ、「へ?」と抜けた声を漏らした。
「あ、あの、アルノさん……? これから僕たち、調査と魔物退治に行くうんですよね? なんで土を買ってるんですか?」
「ラッド、お前は分かっていないな。火が消えた直後の土は、放っておけば死んでしまう。一刻も早く手当てをすれば、来年にはまた銀精草が芽吹くかもしれない。戦うだけが仕事じゃないんだよ」
アルノは当然のように言い切り、大きな荷物を背負い直した。ラッドは「さすが銀等級……考えることが深すぎる……のか?」と首を傾げながら、もふもふの尻尾を揺らして後を追った。
街を出て、北西の森へと続く街道を進む。
しばらく歩くと、道の脇の茂みから一羽の野うさぎがひょっこりと姿を現した。うさぎは鼻をヒクヒクさせながらアルノの足元に駆け寄り、じっと彼を見上げた。
「……どうした?」
アルノは立ち止まり、うさぎの目線に合わせて腰を下ろした。
うさぎは「プ、ププッ」と短く鳴き、前脚でしきりに北の空を指すような仕草を見せる。
「…………そうか。黒い風が吹いて、木々が泣いているんだな。……分かった、ありがとう。ここはもう危ないと思うから、今のうちに南の谷へ逃げるんだぞ」
アルノが優しく頭を撫でると、うさぎは一度だけコクリと頷き、脱兎のごとく森の奥へと消えていった。
その光景を横で見ていたラッドは、呆然として口を半開きにしている。
「は、は、はい? いま、うさぎさんと会話してました……? というか、うさぎさんが頷きましたよね!?」
「ああ。竜騎は、多かれ少なかれ生き物の気配を読む訓練を受けるんだ。長年の経験でなんとなく言葉じゃない言葉が分かるようになるもんさ」
アルノは何でもないことのように立ち上がったが、その瞳には再び険しい光が宿っていた。
「ラッド、急ごう。うさぎの話じゃ、森の奥に『嫌な匂いのする塊』が居座っているらしい」
「う、うさぎさん、そこまで言ってたんですか……!?」
もふもふのガイドを驚かせながら、元竜騎士は一歩、また一歩と、不自然に静まり返った焦土の森へと足を踏み入れていった。




