第15話 もふもふと焦土の報せ
ギルドの喧騒の中、セルマは馬の鞍に手をかけ、名残惜しそうに、しかし職務を全うする男の顔でアルノを振り返った。
「では、私は王国騎士団に戻って書類仕事をするとしよう。……昨日今日と付き合わせたな、アルノ」
「帰るのか……」
「仕方ないだろ、公務なのだから。私は君のように自由に畑をいじれる身分ではないのだ」
セルマは冗談めかして笑うと、軽く手を挙げて雑踏の中へと消えていった。
唯一の知己が去り、アルノは心細さとまではいかないが、どこか落ち着かない気分のままボリスに向き直った。
「……さて、マスター。今日は、薬草採取がいいのだが。もし仕事をやるとしたら、の話だがな」
なるべく目立たず、戦闘を避け、草原で静かに薬草を摘む。それならスローライフの延長線上だ。そう考えたアルノだったが、ボリスの表情は険しかった。
「そのことだがな……薬草採取場所として認定していたエリアが、どうやら燃えちまったらしい。おい! ラッド!」
ボリスが奥に向かって怒鳴ると、一人の小柄な影がタタタッと駆け寄ってきた。
「は、はい! 呼びましたか、マスター!」
そこにいたのは、垂れ下がった耳と、つぶらな瞳、そして全身を柔らかそうな毛に覆われたコボルト族の青年だった。
「こいつはコボルト族のラッドだ。定期的に採取場所の安全確認を任せているんだが……ラッド、おめーが見たことを話してやれ」
ラッドと呼ばれたコボルトは、尻尾を不安げに揺らしながらアルノを見上げた。犬型の亜人種特有の、湿った鼻先と愛くるしい表情。そして何より、その「もふもふ」とした質感がアルノの視界をジャックする。
「お、おう。俺はアルノ・ステルモ。よろしくな……」
(も、もふもふだ……触りたい。いや、いかんいかん。初対面でいきなり触るのは失礼すぎる……。だが、あの耳の付け根あたりをこう、ワシャワシャと……)
スローライフに「もふもふの相棒」は定番だが、目の前のラッドは立派なギルドの人員だ。アルノは必死に理性を保ち、表情を引き締めた。
「それで、ラッド。場所はどうなっているんだ?」
「はい、アルノさん! 北西の丘にある常緑樹の森なんですが、昨日、何者かに火を放たれたみたいで……。そこには貴重な『銀精草』の群生地があったんですけど、全部真っ黒なんです。しかも、火が消えた後、変な黒い霧が漂ってて……」
ラッドが震える手で地図を広げると、ボリスが太い指で一点を指示した。
「場所はここだ。ただの山火事ならわざわざおめーさんに頼まねえが、ラッドの話じゃ魔力の残滓が酷いらしい。……アルノ、薬草摘みのついでだ。この『火元』が何なのか、確かめてきてくれねえか?」
アルノは地図を見つめ、昨夜のデモリッシュ・ボアの違和感を思い出した。
自我を奪われたような魔物、そして不自然な焼き討ち。
「……薬草が燃やされたのは、農夫としても見過ごせんな。わかった、行ってくる」
もふもふへの興味を胸の奥に押し込み、アルノは再び、静かな闘志を燃やし始めた。




