第12話 循環する命と不穏な影
王都へ戻ったアルノとセルマは、その足で冒険者ギルド「黄金の盾亭」へと向かった。
扉を開けると、いつもの喧騒と、カウンターの奥で不敵に笑うボリスの顔が二人を迎える。
セルマは王国騎士団長としての公的な立場から、村の被害状況と、アルノの手によって脅威が完全に排除されたことを詳細に報告した。その口調は冷静だったが、時折、昨夜の光景を思い出したかのように言葉がわずかに震える。
「ガッハッハ! 流石は銀級、いや元竜騎様だ。初仕事でデモリッシュ・ボアを完封するとはな!」
ボリスは満足げに頷き、ずっしりと重い報酬の袋をアルノに手渡した。アルノはそれを無造作に受け取ると、早く帰りたいと言わんばかりに背を向ける。
「……では、私は王国騎士団の執務室へ帰るとしよう」
ギルドの入り口で、セルマがアルノに向き直った。その瞳には、深い安堵と、友人としての敬意が混ざり合っている。
「アルノ。今回はありがとう。……正直に言えば、君がいてくれなかったら、もっと酷い惨事になっていただろうな」
セルマは、昨夜のアルノの戦いぶりを思い出していた。一見、怒りに任せた暴力のように見えたが、その実は全ての斬撃が、一株の野菜、一人の村人も傷つけないよう完璧に制御されていた。あの極限の状況でなお、冷静に「守るべきもの」を見据えていたアルノ。もし、彼がその理性を失い、純粋な破壊者としてあの力を振るっていたら……。
そう考えると、セルマの背筋には今更ながら戦慄と恐怖が走るのだった。
「……気にするな。俺は俺のやりたいことをしただけだ」
アルノは短く答え、足早に郊外の我が家へと向かった。
一週間ぶりに戻った自分の家、そして愛着のある畑。
アルノは村から持ち帰ったデモリッシュ・ボアの骨を細かく砕き、丁寧な骨粉へと加工した。それを、これから新しい種を蒔く予定の土の上へと均一に撒いていく。
(こうして、土から出たものが形を変えて、また土へ還り、次の命を育てる……。この循環の中にいるのが、一番落ち着くんだよな)
鍬で土を返し、骨粉を混ぜ込んでいく。
心地よい労働の汗を流しながら、アルノの脳裏には一つの懸念が過っていた。
あのデモリッシュ・ボア。確かに強力な個体ではあったが、その暴れ方はどこか不自然だった。まるで何かに背中を押されているような、あるいは、何かに自我を奪われて無理やり狂乱させられていたような違和感。
その「何か」の正体は、今のアルノにはわからない。
(……まあ、いいか。今は考えたって仕方のないことだ)
アルノは思考を振り切り、目の前の柔らかな土を見つめた。
謎の究明は、騎士団長や現役の冒険者たちがやればいい。今のアルノ・ステルモにとって最も重要な任務は、この土を慈しみ、最高の一皿を作り上げることなのだから。
夕日に照らされた畑で、元竜騎士は再び、穏やかな農夫の顔に戻って鍬を振るった。




