第11話 勝利の味と複雑な食卓
昨夜の激闘が嘘のように、村には穏やかな朝日が差し込んでいた。
畑の一部は無惨なままだが、脅威が去ったことを知った村人たちの表情には、ようやく明るい色が戻っている。
そして昼時。村の広場には、香ばしい、暴力的なまでに食欲をそそる肉の焼ける匂いが立ち込めていた。
大きな焚き火の上でじっくりと炙られているのは、昨夜アルノが仕留めたデモリッシュ・ボアの肉だ。
「さあ、英雄様! 召し上がってください。このデモリッシュ・ボアは、実は『最高のボア』と呼ばれてましてな。畑を荒らすのは困りもんですが、その肉は王都の高級店でも滅多に拝めない極上品なんです」
村長が意気揚々と切り分けた肉を皿に盛る。
黄金色の脂が滴り、立ち上る湯気と共に濃厚な肉の香りが鼻腔をくすぐる。
(……なんて美味そうな匂いだ)
アルノは思わずゴクリと喉を鳴らした。
自分の畑では野菜こそ育てているが、酪農や家畜までは手が回っていない。新鮮な肉、それも魔力の詰まった希少な魔物の肉を前にして、農夫としての矜持よりも先に、一人の男としての食欲が限界を迎えていた。
アルノの口元からは、今にも涎がこぼれ落ちそうになっている。
「ふむ、確かにこれは……素晴らしい」
隣に座るセルマもまた、同じように涎を飲み込んでいた。
しかし、彼の表情はアルノ以上に複雑だ。
昨夜、目の前で繰り広げられた「元竜騎士による圧倒的な断罪」。野菜一株のために魔物を細切れにした親友の恐ろしさを思い出し、背筋に寒いものを感じながらも、目の前の贅沢なご馳走には抗えない。
「アルノ。昨夜はあんなに怒っていたのに、今はその原因を美味そうに眺めている。君の適応能力には恐れ入るよ」
「うるさい。食い物への恨みは食うことで晴らす。それが農夫の流儀だ」
アルノは言い訳のようにそう呟くと、差し出された厚切りのステーキを口に運んだ。
「っ……!!」
噛み締めた瞬間、濃厚な旨味と甘い脂が口いっぱいに広がる。適度な弾力がありながら、噛むほどに肉汁が溢れ出し、五臓六腑に力が染み渡っていくようだ。
「美味い……。これは、確かに最高だ」
「だろう? 私もいただく……。ああ、これは王都の晩餐会に出るどんな料理よりも、野性的で力強い味だ」
二人は無言で肉を頬張った。
畑を荒らされた怒りは、最高の料理という形で胃袋へと収まっていく。
村人たちが歌い踊り、平和を取り戻したことを祝う中、アルノはふと思った。
確かにスローライフは大切だが、たまにはこうして「冒険者」として、自分では育てられない対価を得るのも悪くないかもしれない、と。
その様子を横目で見ていたセルマは、肉を噛み切りながら密かに確信していた。
(餌……もとい、報酬が『食』に関わることなら、この男を動かせる。冒険者として繋ぎ止める鍵は、畑だけではないようだな)
こうして、アルノ・ステルモの「一度きり」のはずだった冒険者生活は、胃袋を掴まれるという形で、なし崩し的に継続の兆しを見せ始めるのだった。




