第10話 竜の咆哮と断罪
轟音と共に外壁へとめり込んだデモリッシュ・ボア。岩煙が舞い、静寂が訪れるかと思われた。しかし、壁の窪みから不気味な軋み音が響き渡る。
「グルゥ……アァァァァッ!!」
魔物は自らの肉体を強引に引き剥がし、再びその巨体を大地へと着地させた。
アルノの「土穿」をまともに食らった顎からはどす黒い鮮血が滴り、片方の瞳は潰れている。しかし、その手負いの痛みがかえって魔物の凶暴性を限界まで引き上げていた。
(……しぶといな。だが、その生命力は畑を耕すためには向いていない)
アルノは冷徹に状況を分析する。
デモリッシュ・ボアは、全身の毛を針のように逆立て、周囲の魔力を吸い込み始めた。その巨体が、怒りに呼応するように一回り膨れ上がる。
それは、命と引き換えに放つ魔物の暴走状態――「狂乱」だった。
「アルノ! 離れろ! そいつ、自爆覚悟で突っ込んでくるぞ!」
離れた場所からセルマが叫び、剣を抜いて駆け寄ろうとする。
だが、アルノは片手を挙げてそれを制した。
「来るな、セルマ。こいつは……この俺が、今ここで『収穫』する」
アルノの周囲の空気が一変した。
これまでは格闘術による「点」の攻撃だったが、今度は彼を中心とした半径数メートルが、絶対的な支配領域へと変わる。
(竜騎兵奥義、発動――)
アルノが腰の小剣を抜く。それは安物のはずだったが、彼の魔力が通った瞬間、刀身は白銀の輝きを放ち、まるで巨大な竜の牙のように伸長したように錯覚させる。
「ガァァァァッ!!」
デモリッシュ・ボアが地を蹴った。
先ほどとは比較にならない速度。まるで巨大な砲弾と化した魔物が、アルノを、そしてその背後の畑ごと消し飛ばさんと迫る。
「――散れ」
アルノの姿が消えた。
刹那、夜の闇を一本の閃光が切り裂く。
(竜騎流・一刀連斬:『千畝返し』)
すれ違いざまに放たれたのは、一太刀ではない。
瞬きよりも短い間に放たれた数百の斬撃が、魔物の突進エネルギーをそのまま利用して、その巨体を「細分化」していく。
ドサリ、という重い音が響いた時、デモリッシュ・ボアはアルノの数歩先で力なく倒れ伏していた。
先ほどまでの狂乱が嘘のように、魔物の気配は完全に消失している。
アルノは静かに剣を鞘に納め、乱れた息を一つ吐いた。
「……これで、今夜は静かに眠れるな」
アルノは魔物の死骸には目もくれず、真っ直ぐに荒らされた畑へと歩み寄る。
そして、土の上に置いた泥だらけのナスを再び拾い上げ、優しく土を払った。
「アルノ……君という男は……」
追いついたセルマが、戦場となった畑を見て絶句する。
魔物は完璧に仕留められている。しかしそれ以上に、アルノの剣筋が「畑の無事な場所」をミリ単位で避けて通っていたことに、騎士団長としての戦慄を覚えずにはいられなかった。
月明かりの下、元竜騎士は、戦士の顔から一人の農夫の顔へと戻っていた。




