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元底辺冒険者だけど魔王の力で死に戻りしたので今度こそ幸せになりたい  作者: 針坂時計


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3/3

03 何のために生きるのかなんてアン◯ンマンにでも聞けよ

地上に戻ってきたら嫌なヤツと出くわした。




「あれー、るいこじゃーん」




甘ったるい口調で気安く名前を呼ぶこいつは、小野寺千紗という。


学生のときに同じクラスだったが特に接点はなかった。コイツも家庭の事情で底辺落ちしたらしく、顔を合わせて以来知り合いってことで気安く話しかけてくる。


当時の彼女は典型的な陰キャオタクで、いつも教室の隅で一人で本を読んでいるようなおとなしい子だったけど、底辺という環境は彼女を変えてしまった。




「……あんた、まだ生きてたんだ」




「あっは、あいかわらずせいかくわるぅ〜。ブスはせいかくもブスなんだねぇ」




……こういうやつである。


人のことをどうこう言える容姿でもないくせに、悪口だけはいっちょ前。底辺の女なんて化粧っ気もなければ髪もバサバサだし、何より不潔だ。


どんなアイドルだって底辺の暮らしをしてればブスに成り下がる。




「ねーねーせっかくだからごはんでもいこうよ」




「あんたの奢りならいいよ」




「あっは、アホ? おごるわけないじゃん」




「わかってるよ。いかねーって遠回しに言ってんの」




分かれよ、それぐらい。




「……あー? それケガしたん?」




「そーよ」




「はしたがねのためにアホくさ。るいこもウリせんでやればいいのにぃ」




……この子のスタイルはウリ専と呼ばれる、身体を売って税を納めるやり方だ。ダンジョン帰りの男、あるいは突入する前の男を捕まえて同行し、身体を対価に魔石を受け取る。


底辺でも性行為の映像はそれなりに価値があるらしく、ダンジョン内での行為配信はそこそこ視聴率がいいらしい。視聴率がいいと僅かとはいえ探索にボーナスがつくし、狩りの興奮を鎮めるための発散先としても男側にも需要はあるらしい。


冒険者というよりは、娼婦。そして、底辺に生きる女はそうやって糊口を凌いでいる人が大半だ。私のように毎日切ったはったをやってる女の方が珍しいのだ。




「……あんたと一緒にしないで」




「は、なーにカッコつけてんだか。あんただってウリやってんのしってんだからね」




……痛いところを突きやがる。


そりゃあそういう夜もある。でも私の本業は狩りだ。冒険者だ。娼婦じゃない。




「いいかげん、みっともなくプライドにしがみつくのやめたら? どーせあたしらみんなかちくじゃん」




「ざけんな」




千紗の胸ぐらを掴む。


私たちは家畜じゃない、人間だ。




「かちくなんだよ。まいにちまいにち、はしたがねのためにころしあいやセックスをみせものにされてさあ、それでしんでもだーれもきにしない。あっは、かちくじゃないか。ゴミだね」




「やめろ」




「ごりっぱににんげんぶってんじゃねーよ。どうせあしたいきてられるかもわかんないいのちじゃん。だったらきもちーことだけして、らくにいきてたほうがいいじゃん」




「それ以上口を開いたら殺すよ」




「っは! ころしてみなよ! ころしたじてんであんたはかちくだってみとめることになるんだ」




「……っ!」




千紗を放り投げた。ロクに肉もついてない身体は軽々と飛んでいって、床に叩きつけられた。




「……ひひ、はい、あんたのまーけ」




千紗はニヤニヤと笑いながら上体を起こした。




「勝手に言ってろ」




これ以上付き合ってられるか。腐るなら勝手に腐ればいい。懸命に戦ってる私の邪魔をするなよ。




「おもいしらせてやるよォ、るいこ!」




千紗の叫びを無視して立ち去る。まわりにいた数人の男たちがニヤニヤと私たちを見ているのが鬱陶しかった。








その夜、また無造作にドアが開けられた。


そんな気分じゃないから断ろうと思ったら、入ってきたのはいつものオッサンじゃなくて、3人組の男たちだった。


断ろうとする私に、男たちはニヤつきながら手に持っているものを見せてきた。


…スパムの缶詰と、汚れていない清潔な水。アガリ何日分かもわからない額のお金。


ゴクリ、と喉がなる。餌のような食事を繰り返している身体に、スパムの缶詰は抗いがたい誘惑を放っている。


男たちはあまり見ない顔だ。多分、千紗に依頼されたやつら。


……それがわかっていても、久々に目にしたマトモな食べ物の誘惑には抗えなかった。




男たちは缶詰を床で犬食いするように要求してきた。従って犬みたいに貪る私を見て、男たちはゲラゲラと笑っていた。


久々に食べる肉は、とんでもなく美味しかった。身体に生が漲っていくような、満たされていく感じがした。


その後は深夜まで散々弄ばれた。


「お前も家畜だ」という千紗の言葉が延々と頭の中で繰り返されていて、悔しくて、情けなかった。


涙を流す私を見て、また男たちはゲラゲラと笑い、また弄んだ。








気絶するような睡眠から目を覚ます。こんな状態でもいつも通りの時間に起きる身体に笑ってしまう。


男たちはいつの間にかいなくなっていた。


服を着ようと思ったら、下着は全部男たちの体液で汚されていた。随分と入念なことだ。


仕方ないから下着無しで作業着を着る。擦れる感覚が殊更に女を意識させて、それがまた悔しさを呼ぶ。


昨日の残りの缶詰と水でお腹を満たす。食べ物に罪はない。




節々が痛む身体を引きずって、ダンジョンに入る。底辺に休みはない。1日でも納税が滞ると巨額の罰金が課せられるのだ。


身体もメンタルも最悪のコンディションだが、やるしかない。こんなことで負けてたまるか。


LEDランタンをつけ、重い足取りでダンジョンを歩く。くそ、歩きにくい。あいつら滅茶苦茶しやがって。今度会ったら殺してやる。





……おかしい。まったく獣がいない。


かれこれ数時間は歩いてるはずだが1匹も見かけない。いくらなんでも異常だ。


ニコニコダンジョンもチェックしてみたけど、他の底辺も全く遭遇していないようだ。リスナーもいつもより多く、コメントが無責任な議論で盛り上がっている。


何かが起こってるっぽいな。


獣はいないけど、こういう時こそ油断してはいけない。ダンジョンは常に死と隣り合わせだ。


いつも以上に慎重に歩みを進め、周囲に気を巡らせる。


最悪のコンディションとわけのわからないダンジョンの様子に、いつも以上にメンタルが削られていく。








しばらく歩いて、ようやくオークを1匹見つけた。


随分ボロボロというか疲労困憊な様子だ。息を切らせて、何かから逃げてきた、っぽい?


何にせよチャンスだ。ようやく見つけた獲物、逃したくはない。周辺に他の獣が潜んでいる様子もない、背後から手早く仕留めよう。


慎重に距離を詰める。他の獣の気配なし。もう少しで間合い…いや、これは、風?


猛烈に嫌な予感がして、全力で後ろに飛び退る。ほとんど同時に横合いから殺到してきた巨大な影がオークに食らいついた。


体勢を立て直してそいつを確認する。巨大な、狼?


3~4メートルはあるだろう巨大な狼がそこにいた。目は血走り、口から涎を垂らし、紫紺の毛並みは殺気立つように逆だっている。左の首元になにか刺さっている。剣…だろうか?


なんだこれ、こんなやつ底辺にいるわけがない。エリートの配信でだってこんなやつを見たことはない。


狼はこっちを向くと、咥えたオークの上半身をこっちにブン投げてきた。


避け──いやフェイントだ。死体でこっちの視界を奪い、その隙に襲ってくる狼の足元を抜けるように前に転がって避ける。風のような突進が頭のすぐ上を抜けていく感覚に血の気が引く。


なんとか避けたけど、どうする。逃げる? いや、逃げられるわけがない。普通の犬でさえ人間の脚力で振り切るのは難しいんだ、こんな巨大な狼ではなおさら無理。


戦う? …どうやって?こっちの武器はなまくらの剣と強化プラスチックの盾。通じるかどうかは限りなく不安。


狼はゆっくりとこちらを振り返った。狂気に染まった目がこちらを睨みつける。駄目だ、戦ってどうにかするしかない。


姿勢を低く、這うように低くする。剣の持ち手はだらりと、身体を柔らかくしなやかに、バネのように使うことを意識する。


再び飛びかかってくる狼の攻撃をくぐり抜けるように前に転がり、すれ違いざまに剣を叩きつける──硬った!


元からなまくらとはいえ、全く刃が立たないレベルで硬い。多分突いても無理だ。


転がって距離を取って体勢を立て直す。幸いあっちはあまり複雑な攻撃をしてこない。回り込むこともしないし、壁際に追い詰めてくることもしない。直線的な飛びかかり攻撃だけだ。


目玉を狙う? いや、難しい。高さ的にジャンプしないと届かないし、正面から十分な威力で攻撃なんて、やってる間にこっちが食われて死ぬ。


やっぱりあの首に刺さってる剣か。少し高いけど、刺さってる位置的に人間が刺したものだろう。どこの誰が食らわせたのか知らないけど利用させてもらおう。攻撃を掻い潜って、すれ違いざまに掴んで押すか捻るかする。肉を抉れば多少なりともダメージは与えられるはず。そこから先は、それから考える。


苛立つように吠えさかる狼から目を逸らさず、盾を構える。攻撃を防ぐためじゃなく、こっちの動きを隠すためだ。


じりじりと間合いを詰めて……狼の体が僅かに沈んだ。今っ!


狼の目に向かって剣をブン投げる。どうせ普通に攻撃したって通用しないんだ、隙を作るために利用する。


生まれた隙は一瞬、でも賭けるしかない。低い姿勢からダッシュして牙を掻い潜って──っっっ!


くそ、牙の攻撃はフェイントだ。回り込むように放ってきた爪の攻撃を脚に食らった、崩れそうになる身体に鞭打って踏ん張って、剣に向かってジャンプ、届けぇ!


──掴んだ! このまま捻って…うわ!


狼が身体を大きく捻ってふっ飛ばしてきた。地面に叩きつけられると同時にゴロゴロと転がって距離を取る。


立て立て、休んでるヒマはない。追撃が来る。立って──脚に力が入らない?




「うわ…」




溢れ出る血、血、血。さっきの爪は太ももの半ばまでザックリと斬っていた。骨まで見えていて、ほとんど千切れかけだ。


ぐらり、と全身から力が抜ける。痛くて、寒くて、力が入らない。視界がボヤケて意識が霞む。


ダメだ、これ。


傷口から生命が抜けていくような感覚。追い打ちをかけるように叩きつけられた全身のあちこちが痛み始める。


狼がゆっくりとこちらに近づいてくる気配を感じる。




……ここまで、か。


よく戦ったよね、私。あんなエリートが相手するような、でっかい獣相手にさ。ざまぁみろ千紗、私は最後まで人間として戦ったぞ。


頑張って生き抜いたよね、私。お父さん、お母さん、もうすぐ会えるかな。会いたいな。




右手側からカラン、と音がした。見ると、さっき狼に刺さっていた剣だった。勢いで引き抜かれたみたいだ。


派手さはないけど随分と立派な剣だ。素人目にも業物とわかる。


力の入らない手で掴み、投げようとして、力が抜けて取り落とした。


意識がゆっくりと暗くなっていく。沈んでいく。


ぼやける視界は涙なのか違う理由なのかもわからない。


狼が私の顔を覗き込んでいる。


中指を立てようとして、力が入らなくてやめた。




「くそったれ」




それを最後に、意識が完全に沈んだ。









「───ハッ!?」




目覚め……た?


見知らぬ──いや、知ってる天井だこれ。底辺に落ちる前に家族で住んでたアパート。




「え? は?」




どういうこと? 死んだはずじゃ? あれ、声が若い。


周囲を見渡す。間違いなく過去の自分の部屋だ。学習机、僅かなマンガが入った小さな本棚、小さな鏡と僅かなメイク道具、ベッド。


服装は、セーラー服? 中学の時の?


肌が若くて、清潔だ。爪の間に汚れが溜まっていたりもしない。飾り気はないけどキレイな爪。


鏡を見る。間違いなく自分の顔。ただし、昔の。




「戻った……?」




混乱する頭で導き出された結論は、あまりにも荒唐無稽だった。

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