蕗子
「あ、来た来た」
奈津がうれしそうな顔をして、現れた女子をお出迎え。
「4組の美作蕗子、あたしの幼なじみ」
ぽっちゃりした女子を見た。白い肌に柔和な表情をしている。
「はじめまして」
どこにも嫌味のない挨拶をされた。初対面でこんな自然な態度を取れる子はうらやましい。
「この子、野球部マネージャーの鳴尾浜桃子さん」
「はじめまして」
わたしはぎこちなく頭を下げた。
「蕗子、これ、ちょっとやってあげてくんない? この子、あんまり得意じゃないみたいなのに、無茶振りされて、かわいそうなんだ」
「奈津から無茶振りされるわたしはかわいそうじゃないの?」
蕗子は微笑を浮かべている。
「人は助け合ってゆくものよ。得意は人のためにあるんだよ」
「奈津の得意は、いつわたしに恵みを与えてくれるのかしら?」
「なに言ってんの。今こうやって蕗子の得意を引き出す機会を作ってあげてんのよ。これまでどんだけ機会をあげてんだか、蕗子、感謝しなさい」
「ほんと、素敵な幼なじみに恵まれて幸せだわ」
蕗子はわたしに顔を向けた。自然な笑みを湛えながら、両の掌を見せた。ふっくらとした愛らしい掌だった。
「ちょっと貸してもらえます?」
汚い衣料を手渡すのは躊躇われたけど、わざわざ来てくれたので甘えることにした。
蕗子は、裁縫道具と当て布を受け取ると、裂けたところを縫合してゆく。指の動きが速い。最後に裏から当て布を縫いつけた。
「はい、これでいいですか?」
汚いズボンを畳んで手渡してくれた。きれいに縫えている。
「あ、ありがとう」
「さっすが蕗子、やっぱ、あんたいいお母さんになれるよ」
奈津がどんと蕗子の背を叩く。
「いつもそればっか」
蕗子は「じゃ」と笑みをわたしに向けてから、戻っていった。
昼休み終了のチャイムがのんびり流れた。蕗子が縫ったズボンの持ち主は、他の野球部員と一緒に、汗ダクダクで帰ってきた。午後イチの授業が終わってから預かりものを持ち主の元へ返す。
「え、もうできたの?」
坊主頭は目を丸くした。
「さっすがマネージャー、助かるわあ、実際!」
長身をコメツキバッタのようにして、過剰なまでの謝意を示した。