急な依頼
入部して三日。1時間目の授業が終わったときだった。
「あの、えっとお、なる、お、はまマネージャー?」
後ろからいきなり声をかけられた。
振り返ると、ガタイのしっかりした背の高い坊主頭が、だらっと立っている。同じクラスの野球部の子。名前は、えっとお。。
「お願いがあるんだけど」
「お願い?」
坊主頭は左手に抱えていた衣料を差し出すと、
「これぇ、縫ってくんね?」と言った。
は?
縫う?
よく見ると、それはユニフォームのズボンで、土にまみれた膝の部分が大きく破れている。
思わず持ち主の顔を見た。浅黒い。目がくりっとしている。鼻筋が通っていて、唇が薄い。
「縫う? え? わたしが?」
「あれ? だめ? マネージャーに頼んだらやってくれるって、先輩から聞いたんだけど」
弩ビックリだ。
マネージャーって、んなことまでするのぉ?
固まったわたしに、坊主頭はのたもうた。
「ああ、ごめん、だめならいいや。上ヶ原さんに頼んでみるから」
踵を返した坊主頭の学ランを慌ててつかんだ。
「やるやる! わたしがやる! 放課後までにできてたらいいんだよね」
上ヶ原さんに頼むって、1年マネージャーに断られたからお願いしますなんて言われようものなら、たまったもんじゃない。
「あっそお? ありがとーおっ! じゃ頼むわ!」
白い歯を見せると、坊主頭はわたしの机の上に、どっさりと泥だらけのズボンを置いた。「よろしくねえー」とか言いながら、うれしそうに教室から出てゆく。
「なんなの、あれ?」
後ろの席の女子が言う。音楽科の二宮奈津ちゃん。
入学式からよく話しかけてくれる子で、もうずいぶん仲よくなった。
「桃子、ほんとにその汚いの縫うの?」
だって、やっぱりしませんなんて言えないじゃん。
にしても。改めて見ると、かなり汚い。しかも臭う。
鞄からスーパーのレジ袋を取り出して、とりあえずは丸めて袋に押し込む。机の横の取っ手にぶら下げた。
「準備のいいこと」
奈津が呆れた顔をする。
「先輩から言われたんだ。レジ袋とかビニール袋はいくつか持っとけって。こんなことに使うんだね」
「裁縫用具も?」
「うん、あるんだけど」
縫い物って、あんまり、てゆーか、ぜんぜん得意じゃない。
昼休みになって、お弁当をいただいてから、その汚いのと格闘をはじめた。
まずは洗面所で泥を洗い流す。でも、きれいにならない。もみ洗いで取れるだけ取った。水気を取って、教室に戻って縫いつけにかかる。
しかし。
やっぱ下手くそだよね。
ちくちくやってると、奈津が横から声を出した。
「桃子、あたし並みに下手ねえ」
なにそれ? 予防線?
とにかく作業が進まない。すると奈津は
「助っ人、呼んできてあげようか?」
?
「ちょい待ち」
奈津がスマホをいじっている。しばらくすると、教室の扉の向こうから「なつぅ」と呼ぶ声がした。