マネージャー
「なじおー」
神崎がひとりアップから離れて、こっちへ駆けてくる。
「なじおー!」
な、じお?
「1年生のマネージャー見学」
と言ったので、誰かに声をかけているんだと気づいた。振り返ると、ジャージ姿の女子生徒が二人、こっちに歩いてくるのが見えた。思わず立ち上がる。
「えー、マネージャー見学? もう来たの?」
バタバタと女子二人が駆けてきた。
「こちらがマネージャー見学の、あ、えーと」
「鳴尾浜です」
「そうそう、なるおはまさん。文科だって。じゃ、あと頼むわ」
主将はアップへ戻っていった。なんだ、人の名まえ覚えたとか言ってたくせに。と思いながら、そのうしろ姿を目で追っていると
「鳴尾浜さん」
と声をかけられた。あわてて女子の方を向く。
「来てくれて、とてもうれしいわ。わたしは名塩さくら、3年。よろしくね」
とても穏やかで上品なかおをしている。お嬢さまって言葉が頭に浮かんだ。
「な、鳴尾浜桃子、です」
やば、また声がうわずった。名塩はほほ笑みながら
「こちらは上ヶ原梨花さん、2年生」
と、傍らにいる小柄な女子を紹介した。
「上ヶ原です」
と言った女子は、くりんくりんの栗毛に、ぱっちりお目々、薔薇色の頬。か、かわいい。思わず見とれてしまった。ベビーフェイスとはこんな顔を言うんだろう。
「よ、よろしくお願いします」
「梨花ちゃん、この子に部の説明するから、あとお願いできる?」
「はい、じゃあ、あとやっときます」
関西弁?
上ヶ原のイントネーションに、思わず小柄な女子を見た。かわいい顔した人はグラウンドへと静かに歩いてゆく。
「鳴尾浜さん、こっちに来てくれる?」
「あ、はい」
名塩は古びたホールのような建物の裏に誘うと、折りたたみ椅子をふたつ持ってきてくれた。椅子に腰掛ける。
「今日は来てくれて、ホントにありがとう。うちの部はね」
名塩はやわらかな声で、ときおりころころと笑い声を混ぜながら、ひととおりの説明をしてくれた。
部員数は3年生が20人、2年生が15人、1年生が今のところ20人。
「え、1年生って、もうそんなに入ってるんですか?」
「ええ、3月31日に部の入部希望者への説明会があってね」
「3月31日?」
入学式どころか、新年度にもなってないのに、そんな案内あったっけ?
「うちって、体育科があるでしょ? 体育科って、入試で専門実技があるからね。合格した時点で部活も決まってるの」
「専門実技、ですか」
体育科、美術科、音楽科の入試には、学力試験以外に実技試験があるとは聞いていたが、文科のわたしには詳しい話はよくわかっていない。
「そう、だから、体育科で野球部に入ってくる子は、みんな野球で実技試験受けてきた子ばかりってこと」
「てことは、野球部に入るために受験したってことですか」
「そうなるわね」
つまりは、そこそこ上手な子でなければ、この学校に入ることができないってことか。
わたしは衝撃とともに、感動していた。ただの公立高校ではないとは聞いていたけれど、これなら甲子園もあながち夢ではなさそうだ。
「じゃあ、野球部って体育科の子ばかりなんですね」
「ううん、理科も文科もいるよ。さすがに美術と音楽はいないけど」
ふと、自分のクラスを思い浮かべた。体育科の生徒は他科の生徒とは明らかにガタイが違っていた。他科の生徒は通用するのか。
「でも鳴尾浜さん、部活紹介の初日からマネージャー見学で来る子なんてあんまりいないから、ちょっとびっくりしちゃった」
名塩はころころと笑った。
「あ、部の練習時間はね」
毎朝7時半から朝練、夕方は夜7時まで。月曜はオフだけど、座学なので部活がないわけじゃない。
「土日祝日も練習試合がびっちり入ってるから、基本休みはないと思って。雨の日も室内練するから」
基本休みはない。
やっぱりね。野球部ってそうだよね。中学だってそうだったもん。名塩はこっちの表情を窺うように付け加えた。
「脅すつもりはないのよ。でも、あとでこんなはずじゃなかったなんて思われても困るから」
うん、でも、それでこそ部活って感じがする。中途半端はイヤだ。