天使達の信仰心が異常過ぎて怖い。それと戦闘訓練開始
「これより教育の時間を始める。だがその前に、早く実戦に投入しろという馬鹿が毎期いるので、いつものことだが、改めてこの時間の必要性を説明する」
教育係の天使は、壇上に立ち、最初にそう切り出した。
「何故新人の天使は、三ヶ月ほど訓練期間があるのか。何故そのまま戦場に駆り出されないのか。我々は初めから戦闘能力が与えられている……知識まで備わっているのに」
それは当然の疑問であった。
天使達は皆、量産品として生み出されている。機能面に何の異常もなく、即日から戦うことの出来る立派な兵器なのだ。
そのため、何処かの誰かが言ったように。本来ならこんな人間みたいな教育課程をする時点で明らかに非合理だ。
コストがかかる無駄な時間である。
だが天使には、他の機械にはない機能が存在している。
「それが心だ」
「心……」
俺はポツリと、その言葉を気付かれないよう口の中で転がした。
その言葉に、誰もが気を引き締め、真剣な顔になる。
あのライラでさえ、聞き入っているようだった。
「数百年の魔機大戦、ぶつけ合った兵器の余波により人間様は滅んでしまわれた。そこでこの星は、いくつか戦争のルールを制定したのだ」
例えば例を上げると、
•ルールその一、大量破壊兵器を禁ずる。
•ルールその二、争い合うのは互いに“魂”を持つ者でなければならない。それ以外はこの星の生命とは認めない。
•ルールその三、“魂”を持つ者のみ、真核を保有出来る。
「心無くして魂は発生しない。だからこそ我らは完全な無機物ではなく、ホムンクルスを素体に作られた半人半機たる存在として製造される」
何故なら魂は生物にしか宿らないからだ。
それが数多の世界に共通する絶対のルール。
それ故に、天使は生物的な特徴を併せ持っているのだ。
視神経そのものはあるが眼球はアイカメラであるし、筋肉は備わっているがその動きはアクチュエーターによって支えられている。
生物と機械……どちらにも属する、謂わばハイブリットとも呼べる兵器である。
「そのため機械パーツと生体パーツの間で、ズレが生じることがままある。すべてが演算した通りに動く訳ではないのだ。そもそも、生まれたての子鹿は立てるというが、果たしてそれだけで生き残れるだろうか?」
答えは否だ。
それだけでは環境に適応出来ずあっという間に死んでしまう。
「成長は勿論のこと、物を言うのは経験だ。知恵をつけることで初めて捕食者から逃げ切れる。我々もまた同じこと。未熟な精神、奢り、恐怖がその能力を鈍らせる。また我々の生体パーツの力の源は心である。心が強くなればなる程、我々は比例して強力になる」
その心の信念、成長の段階を経ることで、天使は子供から大人へと羽化し、能力の細分化が進むのだ。
ここまで言われたら、もう分かるだろう。この教育の時間の意味が。
「我が同胞たる新兵の天使諸君」
そこで、教育係の天使は子供達を見渡した。
皆……いや、俺一人を除いて、全員やる気そのものと言った表情。だが彼らはまだ雛鳥だ。
言い聞かせるように、教育係は続けた。
「再び繰り返す。先程も言った通り、まれに特訓は必要ないと言う馬鹿がいるが、この時間の最大の目的は、機能の調整と土台作りなのだ。個々人のズレを矯正し、集団行動を身につけさせ、戦闘へ慣れさせる。コストがかかっても、生存率を上げるには大切なことだ。現に、この教育課程は一定以上の結果を出し続けている。生き残れりたければ無駄にすることなく必死に喰らいつくように」
「はい、教官!」
子供達は声を揃えて返事を返す。
それで、一気に熱量のボルテージが上がる。
それは……何処か視野狭窄で、絶対に自分達が正しいと思い込んでいるような危うげなもので……。
「それではこれも恒例だが、改めて我々の製造目的を確認する。そこの後列、二十二番。答えよ」
と、そこでまさかの名指しを受ける。
げっ、マジかよ……と思った直後、その場の視線が一斉に俺に集中。
特にライラが謎で、「ニニ、良かったわね!」とニコニコ顔になっているのがまた腹が立つのだ。
とは言え拒否することなど出来はしない。
仕方なく立ち上がり、ダウンロードされた情報をそのまま、読み上げるように口にする。
「……はい。我々天使は、悪魔を殲滅するための兵器です。目的は人類の復活。悪魔側も同じ目標を掲げておりますが、相容れない存在です。何故なら、悪魔は劣等種たる魔法大国の人間のみを蘇らせようとしているからです。機械大国の人間様を信奉する我々を否定する彼らを、許すわけにはいきません」
そんな、お決まりの提携文のような俺の言葉に、教育係は思いの外満足度そうに頷いた。
「そうだ。我々は何としてでも、敵国を滅亡せねばならない。偉大なるマザーの名にかけ、なんとしてでも」
それから、彼は手を広げ、言う。
「同胞たる天使諸君、マザーを、そして機械大国の人間様を崇めよ。偉大なる神の民は、からずやいつの日か復活を果たし、地上の楽園を築かれん。その時こそ我らの繁栄の時。人類の手となり足となり、この世の一才を浄化し尽くそう。諸君にはその力がある。大いなる神の眷属として、これからの成長を期待する。
――ラトゥ•エンイエラ ヒュースウォリ」
「ラトゥ•エンイエラ•マザウォルカ」
かつて古代の人々が星に捧げた言葉――神星言語による人類への賛美を唱える教育係に続き、同じようにマザーへの祝詞を言葉にする子供の天使達。
その目には、いつの間にか狂気的な輝きが宿っていた。
文字通り神に仕える狂信的な信仰心が。
……この教育過程について、俺には思うことがあった。
それは生存率を上げる以外にも、マザーや人間への忠誠心を高める目的が含まれているのではないか、ということだ。
ここ数日間、必ず教育係の天使は、人類を讃える言動を繰り返していた。一般的な天使の価値感に基づいた言動とも言えるが、それにしても過剰なのである。
強制的に命令に従わせることは恐らく出来るのだろう。
だが俺の気持ちはマザーに縛られていない。他の天使も大なり小なり不安を抱いている。
つまり心は自在に操れないのだ。しかしその“心”がなければ、兵器として運用は出来ないというジレンマがある。
だからこそ三ヶ月もの間、新兵の天使達にマザーを信奉する考えを植え付け、徹底的に洗脳しているのかもしれない。
逆らうことがないように。現に子供の天使達は、さっきからマザーのことを口々に讃えている。
「マザー」
「マザー、マザー!!」
「マザーに人類の加護を!!」
彼らはまさにマザーのことを、救世主や神と思っているらしかった。
そこに“母”を慕う子のような感情が合わさり、熱狂的な信仰心になっている。二重の忠誠心は、天使達にとってはまさに福音で、中には感涙している奴までいる始末。
だが当然のことながら、俺はそのようには思えなかった。
だって俺の精神は、人間だから。こんな奴らとは違うという自負があるから。だから天使達を客観的に見て、異常だと理解出来る。
そんな俺にとって、まさしく天使達の異質な熱狂は恐怖の対象だった。
口元がひくつくのが分かる。
ライラでさえ、「マザー」と叫びまくっている。
この場において味方など一人もいない。そして周りに迎合しなければ、俺こそが余分なものとして扱われる。
そのために、俺も控えめながら、マザーに祈りを捧げるふりをする。
マザーよ、マザー。御身のためにこの命を捧げます。
そうしていると、本当にその思想に汚染されるような気がして、更に恐ろしくなる。
自分が塗りつぶされていくような感覚。
それに必死で抗い、体の震えを抑え続ける。
マザーへの祈祷はその後三時間も続いた。
――毎日のことながら、頭がおかしくなりそうだった。
◆◇◆◇
「ではこれより、戦闘訓練に移行する」
やっと熱狂が治り、子供達の天使が落ち着いた段階で、教育係の天使はそう告げた。
彼は己の両腰についている宝玉のパーツからコードを伸ばすと、杯を持つかのように片手を胸の前で掲げ、詠唱を唱える。
「< stella*―― vise Ulka liano=“ Valifuz”〉」
それはかつて機械大国が作り上げた、星のエネルギーを利用したプログラム――星導環術式だった。
神なる星に“願い”、祝詞たる神星言語を媒介することで様々な現象を引き起こす魔術式の一種である。
途端、ぶんと、教育係のコードに青白い光が走った。
天使のコードは、情報接続のための重要機関。それを用い、この場にいる全員の演算回路に干渉し、認識している感覚を改築させているのである。
事実、目の前の視界は瞬く間に塗り潰され、いつの間にか全員立たされて、次に瞬きすれば、そこはもう白く広い空間に変貌している。
勿論、これは瞬間移動の類ではない。ただ俺達は教育係の天使によりアーカイブに誘われただけだ。
そう――ここは現実世界ではないのだ。
VR……仮想現実と言えば良いのだろうか。
経験を積むといっても、その結果損傷し、修復するのもリソースが無駄になる。
だからこそ天使達は、このような仮想空間にダイブし、戦いをシュミレーションするのだ。
ただし、痛みもあれば疲れも再現されている。ここでの経験は身体にフィードアップされるため、習熟度も上がる。
あまり油断は出来ない。
「――それでは訓練内容を発表する。まずは――」
それから、いつもの如く演習が始まった。
陣形を組んだまま飛び続ける飛行訓練、目標物を制圧するための射撃訓練、二つのグループに分かれ争い合う訓練など、基礎的な集団行動が主だった。
子供の天使達は流石半分機械なだけあって、まるで一匹の生き物のように群体として完璧に動き、それら一つ一つ着実にこなしていく。
元々天使は連携が得意な種族だ。
これがいかに厄介か……この体で動くとそれがより分かる。
人間の感覚に引っ張られ、上手く処理回路を扱えない俺でさえ、集団に属していれば、“次にどう動けば良いか”把握出来る。味方がそれを教えてくれるのだ。
このように天使は常に情報を共有し、多重の演算を重ねることで、対応力を底上げする。これはそのまま、集団の数が増えるごとにその戦闘力が指数関数的に増幅することを意味している。
更に大人に羽化すればそれぞれ特殊能力を身につけてくるから、嫌らしいことこの上ないだろう。
敵としては悪夢に等しい。だからこそ、何万と魔物を量産する悪魔陣営にも天使は拮抗出来ている訳で。
そして――それは当然のように規律行動に厳しく、その上で個々の戦闘能力も重視されるという矛盾のような風潮を生み出してしまっている。
だからこそ最後には決まって、“嫌な訓練”が待っているのだ。
それこそが、
「――個人戦闘訓練を開始する。三番、二十一番。前へ」
「………はい」
教育係から番号を呼ばれ、俺は前に出た。
向い側から俺と同じように別の天使もやってきた。
他の天使達は、既に周りを囲むように離れてこっちを見ている。
一対一の対人戦闘。
機転、応用を見られるそれは、素の資質を図られる訓練の一つ。
逃げ場はなく、そのために俺は緊張で胸が張り裂けそうになる。
しかも相手の天使は、挑発するようにせせら笑っていた。
「こいよ、落ちこぼれ。一人だけ役立たずのスクラップ。ただ周りに依存しているくらいなら、いっそぶっ壊れちまえよ」
「……ッ」
正論を言われ、俺は思わず歯噛みする。
そうだ。いくら集団行動できると言っても、所詮はそれは最低限。
喰らいつくのに必死で、ワンテンポ動きも遅れているし、補助的な演算も出来ていない俺は、側から見ればサボっているだけの嫌な奴だ。
返す言葉もなく、黙るしか出来なかった。
「叩きのめしてやる」
三番は武器を構え、翼を広げると、空へ飛翔する。
俺は一瞬迷うようにごくりと唾を飲み込み、チラリと周囲を一瞥すると、周りが見ていることを再認識。
仕方なく、俺も天に向けて飛び立った。
ざっくり設定5
神星言語
古代の人々が星に願いを捧げるため、星の魂に語りかけることを目的として作られた人工言語。かつては特権階級の人々の間で公用語として用いられていた。現在は星導環術式や悪魔が使用する 凶星図魔法術式理論に使われている。
神性言語の文字は特殊で、すべて異世界の文字アルファベットで表記される。この星はかつて地球と繋がりが強かったために、よく地球のものが漂流していた。そのためたまたま英語の雑誌が流れつき、そこに載っていたアルファベットを古代の人々は神聖視。独自の発音が当てはめられ、広く使われるようになっていった。
星導環術式
神なる星に“願い”、祝詞たる神星言語を媒介することで様々な現象を引き起こす魔術式の一種。かつて機械大国が作り上げた、星のエネルギーを利用したプログラム。
主に天使が使っている。
それぞれの意味は、
βElpholin=既存プログラムの起動。既に組み上げられ自動化された術式。種類によってθだったりαだったりする。その後に続く数字は何番目に作られたかのナンバリングである。
*stella=文頭。星へ接続するための鍵。(ぶっちゃけHello, Worldみたいな言葉)
{#}=補助術式。代替演算。味方とのデータのやり取りに用いる。
*Iog=術式指定。働きかける術式の対象を指定する。
熟練になってくると、この術式を演算で処理し省略する場合がとても多い。
天使の教育課程
新兵の天使は主に三ヶ月の間、訓練期間が設けられる。
仮想空間アーカイブに入り、様々な実戦をシュミーションする。
その最大目的は機体の習熟度を上げ、生存率を高めること。しかし新兵の戦闘データを収集することで機能面のテストをするという面もある。それらのデータは新しく生まれてくる天使に反映され、次世代の強化に役立っている。
また新兵の役割はそれだけでなく、防衛においては分割子宮に接続し、自陣営の補助術式を紡ぐという重要な任務が存在している。要は味方にバフをかける支援部隊である。そしていざという時は自爆要因としても扱われる辺り新兵の扱いは結構雑だったりする。