今世の姉の笑顔は気持ち悪い
どうやらこの世界の人類は、滅んでいるらしい。
そのきっかけは三百年前である。
とある革新的なエネルギーが発見されたのだ。
その名も星のエネルギー。
文字通り星の内核から発生する超万能エネルギーである。
それがどれだけすごいかって言うと、何と電力に換算すると五百ワットだけで町一つの灯りを賄えるぐらいとんでもないらしい。
まあ、それだけヤバい代物だから、そりゃあもう、技術は発展しまくったのだそうだ。
で、文明は大きく飛躍したは良いものの、当然人類達はエネルギーを奪い合って戦争が激化。
最終的に世界は二つの大国(正確には連合のようなものらしい)に分かれ、ハルマゲドンも真っ青な魔機大戦が勃発した。
後は兵器のインフレが進んで、それらをぶつけ合った余波で皆さんドカン。
呆気なく人類は滅びましたとさ。
おしまい、おしまい……と普通ならここで話は終わった筈だった。
なのだが、肝心の兵器製造のロボット達は生きていたらしく……。
機械大国のAI――マザー。
魔法大国の頭脳体――ファザー。
この二つが筆頭となり、それぞれ“天使”、“悪魔”という兵器を新開発し、争いを引き継いでしまったようだ。
以来、何百年と渡りこの不毛な戦争は続いている。
両陣営の目的は、人類の復活。
土地の支配権、真核をすべて手中に収めれば、この星のエネルギーを掌握し、願いを叶えることが出来るらしい。
古来より人類達はこの星を神と崇めた。
星には意思が宿っているという。
故に、“それ”にはその名がつけられた。
――スフィア・イデアと。
◆◇◆◇
さらさら……。
穏やかなせせらぎの音が聞こえる。
目の前には小さな小川。
ここはツヴィウル砦――その敷地内の森の中だ。
結構大きなこの砦は、世界中に点在する天使陣営の拠点の一つである。
山間の中腹にあり、一日で歩き回れないくらいには広く、かと言って重要な場所ではなくて、大陸の端の端、僻地のイルナー伯地方に存在している。
このツヴィウル砦は約二百年前に作られた。
誰も手をつけてない土地をたまたま手に入れることが出来たらしい。しかし前述の通り僻地にあるため使い道は殆どなく、さりとて放置する訳にはいかず……。
結局、ズルズルと存続し、今に至る。
現在ではちょっとした休養場や、新人の育成機関、連絡所や情報機関の支部が置かれ、それなりの天使が在中していた。
が、やはりと言うべきか、意外と暇を持て余している奴もいるらしく、砦内にはお手製の庭園や、不許可で作られた売店(またの名を物々交換場)がある。
この森も、歴代の天使達が面白半分で植林した結果出来た場所である。
なので昔はそれなりに人気だったらしいが、とっくに飽きられたようで、ここに来る奴は殆どいない。
俺にとっては都合が良い話だった。この砦は人が多すぎる。一人になりたい時、よくここに来るようになっていた。
「……」
そうやってお気に入りのスポットで座り込み……ふと、溜息をつく。
川を覗き込む。
そこには見慣れない顔が映り込んでいた。
肩までの銀髪を揺らす、美少年とも美少女ともとれる中性的な顔の子供である。
ぶっちゃけ、そこら辺の天使より何倍も顔が良い。
ただし、それを誇る気には一切なれない。この顔を見て思うのは、ただ気持ち悪い、だ。
もう人間ではなくなったと突きつけられるようで、何とも言えない気持ちになるのだ。
「……ちっ」
小さく舌打ち一つ。
同じく水面に映る子供もブスッとした表情になり、アイスブルーのアイカメラがジー……と音を立てて瞳孔が小さくなる。
それにしたって、何でこんな風な容姿なんだよ、と今更ながらに思う。
何しろ俺の今の顔、よく見えれば結構な童顔(子供だけど)で、しかも可愛い系なのだ。
こう……ロングソード(♂)はないが…、男としてはまあまあ複雑な訳で。
更に言えばこの顔による弊害は色々なところで出ていた。
機械の天使に転生して早数日。砦を歩き回ってるだけで、妙な視線を感じるようになったのだ。
おまけに知らない人が近付いてきて、
「ねえ、新人君、良かったら向こうでお話しでもどうかな? 大丈夫大丈夫! 変なことしないから安心して、ハァハァ……って、全力で逃げないでよ! 待ってったら!」
……アレは貞操の危機……特に尻への危険を感じた……。
そいつは一応、男とのことである。
そんな奴からまごう事なき口説き文句を言われ、バッキバキになった目で見られる恐怖は何事にも耐え難い。
思い浮かべるだけでも、鳥肌が……。
と、死んだ魚のような目で、ハハハハハ……と乾いた笑みを浮かべていたら――
「ちょっとニニっ! まーた、こんなところにいたのねっ!」
最早お馴染みと言っても過言ではない大声が背後から飛んできた。
ビクッと肩を跳ねさせ、それから、そろ〜と後ろを振り返る。
やっぱりそこにいたのは、薄紫色の髪をした天使の少女。
俺は彼女のことを、ライラ、と呼ぶことにしていた。
色んな渾名候補があったのだが、どれも嫌そうだったので、新しく適当に紫の髪色で連想した花の名前から付けたのだ。
“ライラック”の花から、ライラである。
……尚ライラックの花言葉の一つは謙虚であるが、本人がそれとは縁遠い奴なのはご愛嬌である。
で、そのライラはズンズンと俺に近づいてきた。
酷く不機嫌そうな態度で、
「何でいっつも私を一人にするのよ! そんなに避ける事ないじゃないっ!」
「だってライラが――」
「だっても何もないのよ! 結構傷つくのよ! 寂しいの!」
うぎゃーだの何だの吠えて、ガルガルガルと唸り声を上げるライラ。
癇癪を起こす様は、ぶっちゃけ小さい子供と変わらない。
しかし、だからこそ、ライラを見ると咄嗟に逃げてしまうのである。
こんな奴と一緒にいるのは真っ平ごめんである。
……まあぶっちゃけると、別にもう警戒心なんてのはなくなっちゃったけど。
最初こそ怪しんでいた俺だが、一緒に過ごせば嫌でも分かってしまった。
コイツはどうやら俺のことが好きで好きでしょうがないらしい。
ことあるごとについて回るし、そんな様子に何だか毒気が抜かれてしまった。
……だがそれはそれとして、しつこいし、うるさいし、勢いに少し引く。
特に目が怖い。
喜びの頂点に達すると、瞳孔をかっぴらき、ぐふぐふと笑ったかと思えば、低い声で「ニニ〜!!!」とか言う。
軽くホラーである。
初めて見た時は思わず、「ヒッ」と軽く悲鳴が漏れた。
そんな訳で、俺は嫌ってはいないものの、ライラのことが非常に苦手だった。
それにライラといれば嫌でも目立つので、そこもマイナス点だった。
きっと、生前の俺ではこんな選択は出来なかっただろう。
記憶がない影響だろうか?
何故だかそんな気がする。とは言え、ライラがションボリとした表情になると、段々こっちが悪い気がしてくるものだった。
「俺だって、もう少しうるさくなければ気にしないんだけど……」
などと言いつつも、密かにライラを観察してみれば、彼女はまだプンスカと怒っている。
話聞いてなさそうだ。
っと、気付かれないように内心で二度目の溜息を付いてると、突然ふと何かを思い出したのか、ハッとしたような顔をして。
「…………って、それどころではないわよ、ニニ! そろそろ集合時間よ、集合時間!!」
いきなり話題を変えつつ、忘れていないでしょうねっ、と詰め寄ってくるので、俺は面倒くさ気に頷く。
「ああ、うん。分かってるよ」
大体、この世界に腕時計だの置き時計だの何もないが、この体は意識すれば脳内にいつでもディスプレイが表示され、時間を教えてくれると言う便利機能が搭載されている。
こればっかりは助かっていて、ズボラな俺でも遅刻ギリギリ一分前などと言う事態には陥っていない。
当然、その集合時間とやらも把握しているのである。
でも……、
「……」
これからのことを思うと、ズンと、毎度のことながら気持ちが沈んだ。
ドクドクと心臓が少し早くなる。それは……きっと緊張と呼ばれるもので。
「ほら、行くわよ!」
そしてライラは無遠慮に俺の手を掴むと、グイグイと引っ張って行った。
俺はされるがまま、リードを引っ張られる犬のように、そのまま連れていかれる……。
◆◇◆◇
十五分歩いた先、辿り着いたのは、礼拝堂のような場所だった。
そこは壮麗で荘厳な部屋。
ステンドグラスを通して柔らかな光が広がっている。
天界の意匠が施された壁面に、天井にはこの世界の成り立ちと歴史を表した絵が、持てる技術全てを使い美しく描かれている。
室内には長机と長椅子が並べられ、既に多くの子供の天使達が座っていた。
彼らは俺達と同じように、新人の天使兵である。
天使達は、あの繭に包まれたカプセル――人口子宮から生まれるが、その製造には三ヶ月を要するらしい。
つまり年に四回、新しい天使が産み出される計算だ。
その数は拠点ごとにまちまちで、例えば最初案内してくれたエメラルの同期は五千人だったという。
対してここ、ツヴィウル砦は僻地なこともあり、今期の新人は僅か百人しかいない。
すべてが同一規格で作られた量産品である。
勿論、事前にダウロードされている情報量も一緒。
なので能力的には皆同じだが、当然中身は違う訳で――ざっと周りを見ただけでも、喋っている奴、ボーとしてる奴、机に突っ伏して寝ている奴と色んな奴らがいる。
その光景は学校の教室を彷彿とさせる。
きっと生前の学校でも、こんな感じだったのではないだろうか。
そんなことを考えながら、俺はライラと共に空いている隅っこの席に座った。
余裕を持っての着席である。
途端、近くにいた天使達が、こっちをチラッと見てきた。
ただでさえライラはうるさく、また俺もエラーが検出された個体として有名らしい。
結果、俺とライラは浮いているのだった。
ヒソヒソと陰口も聞こえてくる。
「なあアイツ……」
「マザーのことを知らなかったとか……」
「マジかよ。本当に使い物になるのか?」
「どうせ“スクラップ送り”でしょ……」
「すぐ死ぬに決まってる……」
その悪口はあからさまで、わざと聞かせているようだった。
そのため、気になってそちらを向いてしまう。
しまったと思っても、もう遅い。俺の悪口を言った天使達はビクッとして、目と目が合った。
そうして気まずくなり、ひくっとこちらから愛想笑いをすれば、彼らは嫌そうに視線を逸らした。
「何アイツ……」
「気持ち悪ッ……」
そして、そういう輩は何をやっても、いちゃもんをつけてくるものである。
グサリと言葉の刃が心に突き立てられる。
涙目になりそうだ。
するとその時、黙って見ていたライラが、唐突に脇腹を肘で突っついてきた。
「ぐえ」
その力の強さに潰れたカエルのような声を出せば、ライラは腕を組んで、はんと、鼻を鳴らした。
「なーにウジウジしてるのよ、ニニ。こんなくだらない事でいちいち落ち込んでんじゃないわよ! もっとしゃんとしなさい!」
それからライラは嫌味ったらしく、悪口を言った天使達へ向かって、ベエと舌を出す。
そっちこそふざけんな、バーカバーカ!! と言ってるみたいに、些か迫力の欠けた子供っぽい仕草だった。
当然、そんなの、無視されてしまったが。
けれど、こっちを見ていた他の天使達が、どうにも微妙な反応を示している。
滅茶苦茶恥ずかしいんだが……。
とは言え、俺のために怒ってくれたのだから、無下にしてはいけないだろう。
だから我ながら殊勝にも、
「あ、ああ、うん……そうだね、ライラ。ありがとう――って、ヒ……!?」
と、感謝を伝えようとしたところで、軽く悲鳴が溢れる。
何故ならライラが、お馴染みの気持ち悪いあの笑みより、更に百倍怖いニタニタ顔を披露したためである。
単に嬉しさが限界突発したのだろうが、それはさながらチェーンソーを持つ血塗れのピエロが、アルカイックスマイルを浮かべているかのような猟奇的な笑顔で……。
「ヒ……ヒィ……ッ!」
自然、ドバッと冷や汗が吹き出し、ガタガタと体が震え始める。
しかし構わずライラはグフグフと笑って、周囲は困惑という、側から見れば変な光景は――
「時間通り、皆集まっているようだな」
チャイムが鳴り、大人の天使が入ってきたことでなくなった。
彼はここにいる新人達の教育係で、だからこそ途端に子供の天使達は背を伸ばし、大人の天使に視線を向けたのだ。
ちなみに俺もその流れに釣られた。
唯一ライラだけが、不真面目な態度をとっていたのである。
なので、
「おい、またふざけているのか、二十一番!! 確か名はライラだったな。祈祷と訓練が終わり次第、即刻来るように。分かったな!!」
「え」
哀れ説教されることを宣告され、ライラは一転、理不尽だろと言いたげにポカンとしていた。
自業自得だが少し可哀想である。
後で遊ぶなりなんなりして慰めた方が良いのかな……と思わず思ってしまう俺なのだった。
ざっくり設定4
ライラ
型番Zwiur-EQ-021。ニニ(主人公)の双子の姉として生まれた少女の天使。一応この作品のヒロイン(?)。名前の由来はライラックと天使レリエルから。
明朗快活な常に大声で話す喧しい性格で、おまけにナルシストでやけに笑顔が怖いという、かなり変わった人物。ただしニニを思う気持ちは人一倍で、とても弟を大事に思っている。
歌うのが大好き。実はニニとは根っこの部分が似ているが本人もニニも割と気付いていない。
神なる星
作中世界の舞台となる星には意思が宿っているとされている。その意思をかつての人類は神と崇めたためにこの名がつけられた。
実際、天使と悪魔の戦争の“監督役”、“ゲームマスター”をこの星は務めており、いくつか細かなルールを敷いている。
星のエネルギー
文字通り星の内核から発生する超万能エネルギー。天使と悪魔の動力源。電力に換算すると五百ワットだけで町一つの灯りを賄えるぐらいとんでもない代物。真核をすべて手中に収めれば、この星のエネルギーを掌握し、願いを叶えることが出来るらしい。
ツヴィウル砦
ニニ達が製造された砦。僻地のイルナー伯地方に存在する。敷地内には休養場や、新人の育成機関、連絡所や情報機関の支部が置かれ、それなりの天使が在中している。
ここにいる天使達はそれなりに暇を持て余していて、賭け事だの、ボードゲームだので遊んでいることが多い。
近くにはイルナー大河が流れている。