エメラルとルベル 2
――戦いは延々と続く。
魔獣を切って、裂いて、潰して、貫いて。
魔法と術式が飛び交い、爆炎と血の花が咲き誇る。
空はそれらで赫赫と染まり、まるでこの世界の残酷さを表しているよう。
終わりのない生き地獄。どれだけの月日が、時間が、過ぎたのかよく分からなくなっていく。
補填される人員も最初はやる気に満ち溢れているが、戦場から帰ってくると皆暗い顔になった。
それぐらい戦況は最悪だった。
実際、この無権限地帯、ハウダロン領を巡る戦いは、数ある戦争の中でも無意味に泥沼化した争いとして歴史に名を残す。
最早死体を見かけない日はなく、拠点では常に鉄の匂いが充満しており、怪我人が多すぎて、痛い痛いという泣き声が聞こえないところはなかった。
最初は絶句していたエメラルも、次第に慣れてしまった。
それは心が折れたのか、それとも非日常が日常になったのか……。
こんな状況に適応している自分自身が嫌になる。現実から目を逸らすよう、エメラルはどんな時でもヒバナにくっついて回るようになった。
ヒバナもまた、そんなエメラルを可愛がってくれて。
一方でルベルは、ヒバナから距離を置いていた。ルベルからすれば、エメラルとヒバナの邪魔をしたくなかったらしい。しかし一番傷だらけになっていたのはルベルだ。
戦いでは常に前に出て、二人を庇ってくれた。
悪口を言われても言い返すのはルベルだったし、“死神”だのなんだの二人が言わないよう、ルベルが矢面に立ってくれた。
――恨むなら俺を恨めよ。
――アイツらは何も関係ない。
――俺がお前らの仲間を踏み台してるんだよ。
――俺がお前らの“死神”だ。
ご丁寧に大鎌なんて背負って、返り血を浴び続ける彼の姿に、敵も怖がり始めた。
今や“死神”とはルベルを指す異名と化している。もう一つの渾名である“赤い三日月”も、鮮血で染まった鎌の刃から取られた。
それに、最近では“不夜”とも呼ばれ始めていて……。
(だけど、その由来は酷いものだろ……アイツがいるせいで、この地獄が永遠に続く……そのせいで夜が明けないだなんて、言いがかりにも程がある……)
ルベルが望んだこととは言え、エメラルは納得が出来なかった。
あんなにルベルは頑張っているのに。生きる理由もないのに、必死にエメラル達を助けてくれているのに。
誰もからも疎まれて、認められない。それを良しとしているルベルの態度も不満がある。
(私達以外にも、ルベルを見てくれる人がいれば良いのにな……)
そんなことを考えながら、エメラルはルベルのことをいつも大切に思っていた。
真面目で優しく、仲間思いで責任感の強いあの子のことを。
勝ち気で怒りっぽいけど、表情がコロコロ変わって面白い。ルベルはエメラルにとって、自慢の兄弟だった。
幸せになって欲しいと願っていた。
そのルベルが、時折、一人で行動することが多くなった。
エメラルはそういう時もあるよな、とあえて放置していたが、ハナビは心配していた。
「ルベル君が何を考えているか分からないけど、無理をしがちだから、一回エメラル君が見てきてくれない? あの子のこと放っておけないし……」
そう言うハナビの手には、色とりどりの花束が握られていた。
綺麗になるよう処理されたドライフラワー。久々に落ち込んでいたハナビのために、ルベルがわざわざ摘んで加工したものだ。
不器用な彼らしい贈り物に、ああ、本当に優しいな、と胸が痛くなった。
すぐに頷き、ルベルの姿を探すべく歩き回る。
やがて二時間経ち、あらかた捜索しまくって辿り着いたのは地下の空洞。
こんなところがあったんだなと、エメラルは驚く。
旧時代の異物の上に無理やり急増した拠点だから、元の構造がそのまま残っているのかもしれない。
(けど、あまり居たくはないところだなぁ)
しかし、暗くカビ臭い場所だから落ち着かない。
それにルベルを励ますためせっかく用意したものも、ここにいたら汚れてしまいそうだ。
だが果たして、目的の赤目の天使はすぐ奥の壁の方にいて、エメラルは後ろを向いている彼にそっと近づく。
「ルベル!」
「!? え、……エメラル!?」
すると予想外だったのか。
振り向いたルベルはとても驚いた反応を見せた。
エメラルは少し微笑んでしまう。
相変わらず良いリアクションをする。
「ハナビさんが気にしてたから、探しに来たんだよ。まさかこんなところにいるなんて思ってもいなかったけど」
「それはこっちの台詞だ、バカ。しかしハナビさんが……あの人と距離を置いていたのは少し不味かったか?」
最後の方、ボソリと呟き、それからルベルは申し訳なさそうな顔になった。
「すまないな、エメラル。ハナビさんとの時間を邪魔してしまって……お前、ハナビさんと一緒に居たがってるのに」
「ううん、別にそんなこと気にしないよ。四六時中べったりしてる訳にもいかないし。ていうか、ルベルってやけにハナビさんと私をセットにしたがるよね。そこのところ結構意外っていうかさぁ」
かつて、ハナビの言葉は空っぽだと言っていたルベルが、である。
それはハナビのことを信じ過ぎるなという忠告のように捉えていたが、実際のところはむしろハナビとの仲を深めるようルベルは動いている。
それは一種の矛盾のように思えた。言っていることとやっていることが反対なのだ。
勿論、嫌な思いはないし、ただただ不思議なだけだが、モヤっとしていたのも事実なので、これを機にハッキリと答えてもらいたい。
そしてその考えが伝わったのだろう。
ルベルは何故だが迷うような素振りを見せ……やがて言いにくそうに、しどろもどろに口の中をまごつかせた。
「だ、だってお前、そういう風に思ってるんじゃないの? ハナビさんのことを……」
「…………ん?」
「だから、お前はハナビさんのことを……それにいつ死ぬか分からないし、流石にお邪魔虫になるのは違うかなって……」
「????」
エメラルの脳内をハテナマークが無数に飛び交う。
そういう風。ハナビさんのことを。お邪魔虫……。
言葉の意味を噛み砕くのに時間がかかる。そうして数分後……やっと何を言いたいのか察して、エメラルはかなり呆れた気分になった。
「え……ちょっと待って。お前何言ってんの……嘘でしょ」
「あれ?」
けれども当のルベルは逆にキョトンとする始末。
今度は彼の方が戸惑っている。そんなルベルにエメラルは溜息を一つ。その勘違いを否定する。
「私、ハナビさんに対して好意を抱いたことは一度もないよ。どっちかっていうと憧れというか……」
「憧れ?」
「そ。あの人ってすごい何でも出来るじゃない? 私よりもよっぽど器用にさ。それを見せつけられる度に、すごいってなるんだよね」
なんせエメラルはずっとハナビのことを見てきたのだ。
側にい続け、仕事を補佐し、ルベルよりも副官らしい働きをしてきた。
だからこそ、ハナビの有能さを肌で感じているし、何よりその優しさに憧れを持っている。
人のために怒り、人のために泣く。
誰に対しても心の底から。そんなことが出来る人など限られているのに、ハナビはこんな状況下でも、誰かのために祈りを捧げている。
それがエメラルには尊いものに思えた。
――彼は、なんて“綺麗なもの”なんだろう。
――彼に思ってもらえれば、きっといつか消え去っても……。
そう思うだけで、エメラルはやはり、心が軽くなった。
それはエメラルの確かな願いと希望だったのかもしれない。
この世界にいるための縁だった。
「だからハナビさんは“本物”なんだよ。私はルベルのように自己犠牲は出来ないし、サフィのように、誰かに兄弟になろうよなんて声をかける勇気もない。その自覚があるから、余計にハナビさんがキラキラして見えるんだよ」
その声には確かな実感が、その言葉には確かな熱があった。
エメラルが本気でそんなことを思っている証拠だった。
それにルベルはまた驚いたような顔をして、次にどういう訳か、複雑そうに苦笑する。
「そうか。思ってたのとちょっと違うけど、それがお前の考えなんだな……だがお前は自分で思ってるより、劣ってもないし、弱くもないだろ。それ……俺を元気付けるために作ってくれたんだろ?」
そうしてルベルが指差すのは、エメラルの腕の中にあるもの――さっきからエメラルが抱えているものだった。
それは大きな猫のぬいぐるみ。
真っ白な布に綿花から取った綿を詰め込んで縫い合わせ、クリクリのお目々は再現出来なかったが、それでも赤いボタンで代用した瞳には味がある。首元にはエメラルの名前の由来である深い緑色のリボンが、キュッと結ばれていた。
とても可愛らしく、市販品でも通用するレベルである。
自分でも改心の出来だと思うので、ルベルは得意気に差し出した。
「そうだよ。今回は白猫。これで五体目だけど……」
「でも嬉しい。ありがとう」
ルベルが花を咲かせるように笑みを溢す。
受け取ると、何度も感触を確かめるように触り、最後はギュッと白猫を抱きしめた。
「えへへ、……可愛い。キャシーちゃんって名前にする」
「キャシーちゃん……」
「可愛い……」
もう一度繰り返し、ご満悦そうにしているルベルは普段の姿から少しかけ離れている。
それもそのはずで、こういう部分を恥ずかしいという理由で、本人が意図的に隠しているからだ。本当は可愛いものが大好きだし、小物が集めが趣味だし、花を愛でる心がある。
荒事に向いておらず温厚。それがルベルという天使の本質だ。
(とは言え、いつ見てもギャップがあるよねぇ)
きっと皆が見れば驚くだろう。
あの死神にして赤い三日月が、まさか少女趣味かつ乙女回路の持ち主なぞ、誰が予想出来よう。
エメラルには気を許しているので、こうして素を出してくれているが、正直勿体無いと思う。そういう姿を見せれば、周囲の印象も変わると思うのに……。
「それともいっそ更なるイメージチェンジを図って、語尾にゃんをつけてみるとか? それならルベルの可愛さが伝わるし、親しみやすくなるかも?」
「ハァ!? お前何言い出すの?」
が、途端にルベルは顔を真っ赤にして怒り出した。
嫌らしい。しかしエメラルは良い笑顔で促す。
「ほら試しに言ってみて。さん、はい」
「この……えーと……、俺……はらしくないから……、あ、アタシ、ルベルにゃん♪ よろしくにゃん♪」
「そこで高笑い」
「ニャハハハハハハハー! って何を言わせてるんだよ!」
「うーん、相変わらずノリが良い」
一人称まで変えてくる辺り、流されやすいのである。
こんなところまで真面目さを発揮しなくてもとエメラルは思う。
「でも最後の方は悪役っぽくなっちゃったね。それにやっぱリアルでにゃんはキツいものがあるな……」
「当たり前だろ!」
ルベルが吠える。
「こんな口調の奴がリアルにいたら普通に頭沸いてると思うわ! 一目でおかしい奴だって分かるだろ!」
「確かに」
「ふざけた奴の真似なんて二度としないぞ。あー、恥ずかしい!」
「えー、可愛かったのに」
「お前肯定か否定かどっちだよ!」
もう一度ルベルが突っ込みを入れる。
エメラルはケラケラと笑った。
本当に面白い。最高だ。次も別の方法で揶揄ってやろう。
「けど本当に勿体ないよー。ルベル、綺麗なのにオシャレとかしないの? あ。リボンとか作ってあげようか? そしたら……」
「いらないよ。俺ガサツだから似合わないし、第一――」
そう言いかけてから、意味深に彼は黙った。
そして何故かエメラルのお下げを見て、
「お前は――」
心底、不思議そうに聞いた。
「俺に違和感を感じたりしないのか?」
「? 何が?」
「だからその……お前男だよな?」
「そーだよ。だけどノリみたいなもんでしょ? お前はどっちだったけ?」
「さぁ……でも俺はこんな口調でプログラムされたから、男よりなんだとは思うよ。そうマザーが設計したに違いないしさ……」
それから自嘲するように笑みを溢した。
「だがそんな奴に、可愛いだのなんだの、“変だろう”。おかしいとは思わないのか? 俺がこんな性格と口調で、チグハグだって」
「???? よく分からないけど?」
「こういう性別って……ノリで決めて良いものなんだっけ?」
「???????? え、どーでも良くない?」
「………………そうだよな。それが普通だよな」
ルベルは気まずそうに目を泳がせた。
エメラルの言うことに、まるで自分に言い聞かせるかのように呟いた。
それが普通。それがアタリマエ。
仕切りに繰り返す。さっきからルベルは変だった。
どうにも腑に落ちなくて首を傾げていると、ふとここに来た目的を思い出す。
「って、話し込んでて忘れてたけど、ルベル、ここで何をしてたの? 何でこの場所に?」
「おい、お前ようやくかよ。ああそれはな……」
そこでルベルが後ろに視線をやった。
釣られるようにそちらの方を見るエメラル。
すると地面と壁の間に隙間があり、何やら巣穴が掘られていることに気がつく。
そしてその穴の中には、青い瞳を持つ鼠の番とその子共達がいたのだ。
「こんな奴らいたのか」
驚いて、エメラルはその逞しさに感心する。
こんな戦場地帯だというのに、ちゃんと棲家を持っている辺り、生命力が凄まじい。
しかもアレだけ騒いでいたのにも関わらず、まるでこちらのことを気にしていない。
そのことを意外に思っていると、エメラルの考えを読んだかのように、「大丈夫だ」とルベルが言う。
「コイツらは騒音には慣れているようだ。なんせ上ではいっつも俺達がドンぱちしてるんだからな」
「そうなの? よく逃げ出さないね」
「安全だと理解しているんだろう。コイツらはそれが分かったら、ここから動かなくなるんだ。見てきたからこれくらい分かる」
その口ぶりは、ずっとここに通っていないと絶対に出てこないものだった。
相当よく見ている。
エメラルもまた鼠の親子を見つめた。彼らは互いに体を寄せ合い、仲良しそうにしている。
「ルベルはこの子達を何で観察してるの?」
聞くと、ルベルは瞳を伏せた。
「だってコイツらも必死に生きてるようだから、自分達と重なったんだ。それにさ……」
と――彼のその視線が、番に向いた。
その目の赤い色が震えて、何か様々な感情を覗かせる。
「家族って何だろうって。生きて、食べて、繁殖して、眠って、死んで、次に繋ぐ……彼らの方が、生き物として正しいんじゃないのか? 鉄の体を持つ俺達って、何かが間違ってるんじゃ――」
「ルベル」
エメラルはそれ以上を言う前に遮った。
怖気が走っていた。
そんな疑問は天使として認められない。認めてはいけない。それはマザーの否定で、自分達の存在意義そのものを壊す異端の考えだ。
本能的な恐怖を顔に浮かべ、エメラルは首を振る。
「ルベル、駄目だ。余計なことを思っちゃいけない。馬鹿なこと言わないでよ」
「……分かった。ごめん」
しかしルベルは思ったよりも、傷ついた表情になってしまった。
堪えるようにぬいぐるみを強く抱きしめて、俯いた。
「本当にごめん」
――その瞬間、エメラルは何かを間違えてしまったような気がした。
重大な何かを見落としてるような……そんな胸騒ぎが頭を過った。
けれど気のせいだと思い直す。
これは天使として正しい行い。
これは天使として正しい考えだ。
――それを伝えたのだから、エメラルはむしろ模範的な行動をしている。
そうだ。自分は間違ってなどいないのだ。
でも……それならどうして、ルベルは辛そうにしているのだろう。
分からない。
(分からないよルベル)
エメラルそのことに漠然とした不安を感じる。
他の天使とは少し変わっているルベル。そんなルベルと一緒にいると、時々こうやってエメラルまで揺らぐ。
……本当に、困ってしまうではないか。
ルベルのことが大好きなのに、それに釣られて変わってしまうことが、こんなにも怖いのだから――
◆◇◆◇
……けれども。
運命を加速させるように、ルベルに決定的な変化が起こってしまった。
その足音は容赦なくやってきた。
その日も何の変哲もない、いつもの戦場で。
血の花が咲いて、爆炎が上がって、魔法と術式が飛び交って、仲間が次々と死んでいく。
悲鳴、悲鳴、悲鳴の合唱。
現れる、敵、敵、敵。
嫌になるくらい武器で魔獣を叩き潰して、一体どれだけの時間が過ぎただろう。
気にしている余裕はない。
頭を空っぽにして、演算で最適解を出し続け、動け続けて死を回避する。
ああ――
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない――だけど。
ふっと、その時。余計な思考が挟まった。
(何だか、疲れたな――)
その刹那だった。
エメラルの攻撃が鈍り、その瞬間、敵影が隙をついて迫ってくる。
すぐさまハッとなるが、間に合わない。ハナビの焦る顔。横からルベルが割って入ってくるのが見えて。
「エメラル!」
「――ッ!」
途端、ルベルが鎌を振り下ろし、影を真っ二つにした。
が、同時に、横からも無数の敵が向かってくる。こうなったら出来る選択肢は限られてくる。
「くッ!」
咄嗟だったのだろう。
ルベルはエメラルを術式で吹き飛ばし、庇った。
エメラルは愕然となり息を飲む。頭が真っ白になり、叫んだ。
「ルベル!!」
また、兄弟を失うのかと……自分の失態でこんな。
絶望に駆られ、悲壮に顔を歪めたその時。
全身を魔獣に群がれていたルベルが――発火した。
「!?」
思わずギョッとなるエメラル。
しかしすぐさま自身の見間違いに気がつく。これはルベル自身が燃えているのではない。
その逆だ。敵の魔獣が白炎に包まれている。
そして襲われていたルベルは無事で、呆然としていた。それはそうだろう。彼だって死を覚悟していたはずだから。
こんな敵が消し炭になっていく光景など、予想だにしていない訳で。しかも白炎はあちこちで発生し、戦場を覆っている。
――そのどれもが、敵の魔獣のみを焼き尽くしているのだ。
火の粉が味方に降りかかっても一才ダメージがない。
こんなの普通の光景じゃない。
(一体何が?)
混乱のままにエメラルは固まった。
あちこちでどよめきが起こっている。他の天使達も訳が分からないらしく、だからこれは幻覚でもなんでもないのだろう。
これは紛れもない現実なのだ。現実として、敵が一層されている。
それはつまり、この生き地獄が終わったことを意味していた。
永遠に続くと思われていたのに、唐突に呆気なく――
「解放された?」
ルベルの呆けた呟きが聞こえる。
ホッとしたのか体から力が抜けてよろめき、エメラルが近寄る前に、いつの間にか現れていた第三者によって支えられる。
「っと――大丈夫かい?」
それは、大柄な青年だった。
三対の大きな翼。
中性的な者が多い天使の中で、珍しくがっしりとした大柄な見た目で、堀の深い顔立ちをしている。
紅く紅く、鮮烈な長い赤髪が、とても印象的だった。
そしてその橙色の目とルベルの目が合い、視線が交錯し、それから――
「………………!?」
ルベルの頬が一瞬にして真っ赤に染まった。
全身を振るわせ、口をパクパクさせて、ひたすら混乱していて――
「う、うわああああああああ!!」
そのままバッと離れ、全力で逃走してしまった。
後に残されたエメラル達は、さっきとは別の意味でポカンとしてしまう。
――その後、ルベルは三時間も戻ってこなかった。
ぐるぐると空の上を飛び続け、帰ってきてからも頭を抱えていて。
それはきっと、ルベルが誰かに守れたのが初めてだったから。
そのことが嬉しくて恥ずかしくて、どうしようもなくなったのだろう。
一目惚れに近い形で、ルベルはこの時初恋をした。
その相手の名は、ノイン。
神の恩寵のメンバーにして、聖歌九隊の一人である天使。
このノインとの出会いが、ルベルの運命を狂わせ、世界を滅ぼさんとする魔女にまでしてしまうなんて、当時のエメラルは何も分からなかった。
ざっくり設定15
ルベル
型番Tartaros-B-NY-5691。タルタロス防衛地下砦出身。エメラルと一緒にハウダロンの争いに派遣された天使で、白髪赤目の見た目をしている。エメラルとは兄弟の契りを交わしており、固い絆で結ばれていた。武器は大鎌で、尚且つ力を吸収するという特殊な能力を持つ。血を浴びるその姿から、“不夜”、“死神”、“赤い三日月”の異名で恐れられた。
一人称は「俺」かつ粗野な口調だが、それは埋め込まれたプログラムの影響によるもの(天使達の見た目、話し方の個性は、ある程度生まれた時から定められている。ニニとライラはバク枠なのでこれらに引っ張られていない)。
本来は生真面目で実直、繊細な性格で、根は温厚であるなど戦いには向いていない。どちらかと言うと人格は女性に近く、可愛いものが大好きで、乙女回路の持ち主。何気に面食いかつムッツリでもある。
ただし心の性と口調の一致がなされておらず、周りも性自認が曖昧であることから、自身に強烈な違和感を持っている。鉄の体で生きていることに漠然とした気持ち悪さを持っており、天使としては異端。
ある意味では人間らしいとも言えるが、そんなルベルが恋をしたことで、更なる歪みを抱えることになるとは誰も予想していなかっただろう。彼が“彼女”となり、捕食行動を行い、魔女に堕ちるまで後僅か。
世界を嫌悪し、マザーを憎悪する魔女は、当然自分自身を一番に嫌っている。