表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうやら機械の天使に転生したみたいです 〜ぶっちゃけ人類は滅んでいるし天使と悪魔が戦争してるし最初からオワタ〜  作者: 餅々
1章 最初から積んでる絶望的な状況で生きようなんて誰が思いますか?
13/20

ハッピーバースデー

 ――夜風吹く屋上の庭園。


 そこに相対する二人の天使がいた。

 一人は金髪のお下げに緑目の青年、エメラル。もう一人は薄紫色の髪を流すアイスブルーの瞳の少女、ライラ。


 ライラは静かに泣き、エメラルは頬杖をついたまま彼女を見ている。

 じっと、何か思うような表情で。

 やがてライラはゴシゴシと目元を拭う。無理矢理体の機能を使って涙を止めたのだ。

 それからズンズンと大股でテーブルに近づき、エメラルと視線を合わせる。その際にニニが座っていた椅子が見えた。

 先程のニニの様子を思い出し、それが奇妙にもライラの胸の内をくすぐっていた。


(何なのよこの気持ちは……)


 ライラは気に入らず、眉を顰めた。


 ニニの心の内を知って、去来したのは当然、痛みだ。

 あんなことを思っていたなんて知らなかった。なんて寂しく、なんて悲しいんだろう。言っている意味は分からないけれど、でも確実にニニは世界に絶望していて、そんな彼を改めて救ってあげたい……いいや、彼の側に居たいと思った。

 寄り添ってあげたいとライラは思ったのだ。


 だがそれとは別個の場所で、異なる感情が渦巻くのが分かった。

 それはライラが決して抱くはずのないものに思える。だってそれは熱く、ドロリとしており、沸々と煮えたぎるような激情だ。それでいて、狂気的なまでの執着もあるのだから手に負えない。

 しかもニニの言葉を聞いた瞬間に爆発したのだ。

 それが涙の原因だった。


(まさか……私がこんな風に思うだなんて……)


 あまりの気持ち悪さに、眉間の皺が深くなる。

 ああ、なんて忌々しい。吐き気がする。浮かび上がる異物感。なのに自分のもののように感じる一体感。


(何なのよアンタ……!)


 目を瞑れば再びあの少女が映し出される。

 この感情は間違いなく彼女のもの。

 幼い少女は血涙を流しながら、何事かを呟き続けている。


『どうしてあの子が何であの子がここにあの子が何をしたと言うの私の可愛いあの子がどうしてあの子はやっと解放あの子を殺したあの子を生かすあの子が可哀想あの子を見守るあの子を保護してあの子を守るためにあの子を育てるあの子を、あの子が――』


 それから、顔を両手で覆い、泣き叫ぶ。

 どうしてあの子が死ぬの。どうしてあの子が。


『あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子――』


(黙れって!)


 堪らずライラは心の中で怒鳴る。

 膨れ上がる憎悪に憤怒。それは尋常ではないくらい大きい。

 それ程までにコイツは勝手に自己主張し、勝手に好き勝手暴れ回るのだ。

 つい昨日だって眠っていたら知らない記憶が流れた。

 でもホッカイドウもライラックもメギツネも何も知らない。

 彼女が嫌いだ。何でそもそもいきなり――


「あの……ライラちゃん。大丈夫?」


 と――そこでライラはハッとなる。

 エメラルが不審そうにこっちを見ていたからだ。

 いけないいけないっ、と首を振る。

 今はエメラルと話しているのだから、こっちに集中しないと。


「……ッ、な、何でもないわ! 平気よ! 心配してくれてありがとう!」


 ぶっきらぼうに礼を言い、それから少しブスっとした表情になって、


「でも改めて聞くけど、こんなやり方良かったの? ニニを誘き寄せて、本音を聞き出すだなんて……そもそもアンタ、どうやったのよ」

「なーに、簡単なことさ」


 するとエメラルは頬杖を突くのをやめ、片手の人差し指を偉そうに、ふりふり……と動かす。


「君もご存じのはずだろう? 私の能力は見えざるものを暴き、見たいものを見させ、見たくないものを隠す。――君を隠したのとは反対に、彼が心惹かれるものを映してみただけさ……ちょうど外を歩いていたみたいだしね。でも案外簡単に行ったねぇ。単純だよ、ニニ君」

「まあ……アレで素直なところあるしね。……それでその遠くのものを見る力も、自前? それとも術式なの?」

「それはノーコメントで。秘密が多い方が天使は魅力的になるんだよ、ライラちゃん」


 そして、エメラルは困ったように笑った。ふざけた言動とは裏腹に。

 本当に食えない奴だ、とライラは思う。さっきからコイツの目は笑ってなどいない。

 こっちを観察してるし、何より、


「な〜んか、アンタの口調ってイヤらしいのよね。ジメッとしてるし、陰険だし」

「おや、辛辣」

「あの時だってそうだったじゃない! あんな感じでハナビに迫るなんて――」


 そう言いながらライラは思い出す。

 ハナビの店を手伝い、エルフォリア•ハリルを手にした先日のこと。


 あの時ライラは突如として謎の少女の記憶を見てしまい、泣いてしまった。

 訳も分からず、そのまま呆然としていたのを覚えている。


 当然ながらハナビには心配されて、エメラルも側に居てくれた。

 そのためかありがたいことに徐々に落ち着いて、どうにか気分を落ち着かせることに成功したのだ。


「ねえ、もしかして私のハリルが原因だったりするかな。それだったら申し訳ないけど……」


 そうやって謝ってくるエメラルに気にしないようライラは言い、次にハナビに向かって、


「それよりも約束の件の方が重要よ。私の方は大丈夫だから、手伝った分紹介してよね」


 そんな風に上から目線で頼むライラに、ハナビはどんなリアクションをして良いのやら……。

 困ったようにも呆れたようにも見える表情になって、


「結局それでござるか。そりゃ勿論でござるよ。……本当、心配して良いのか分からん奴でござるねえ」


 そうして、うーんと悩むハナビ。

 誰を紹介しようか迷っているのだろう。

 と、そこで、気になったのかエメラルが割り込んできた。


「あの、ハナビさん。一体何の話を? 何かあったんですか?」

「ん? ああ……それはまあ色々あるんでござるけど。ライラ、言って良いんで?」

「ええ。そのくらいなら。実はね……」


 そしてライラはペラペラと事情を話してしまった。

 ニニが嫌がりそうだが、彼女の口は結構軽いのだ。口止めしておかないと何でも喋ってしまう嫌な一面がある。

 そんなニニのプライベートをガン無視してるライラの話を、エメラルはうんうんと頷きながら聞いて。


「成程、そういうことか。だったら私がその役割を引き受けようか?」


 などと言い出した。

 そのことにライラはびっくりして少し口を開け、逆にハナビが丁度ええや! ラッキー! と喜ぶ顔になった。どうやらライラに人を紹介するのを、若干面倒臭くも思っていたらしい。

 エメラルの手を取り、「エメラル君なら適任でござる。よろしく頼むでござるよ!」と言いぶんぶん降っていると……そこで緑目の天使は思わぬことを言い出した。


「ただしハナビさんも一つ、私の言うことを聞いてくれませんか?」

「ん? はい?」

「私とゲームをして下さいよ。私と二人っきりになって下さい。私を見て、お話しして、私と目を合わせ、私だけの言葉に耳を傾け、私の存在を刻みつけてくれませんか? ねえ、私と――」

「ちょ、ちょ、ちょ……、多い多い多い!」


 いつの間にかエメラルがドロドロとした目で迫るものだから、ハナビは引いた。

 こんな彼は初めて見る。

 ライラがキョトンとしている間にも、ただならぬ雰囲気を纏わせながらも、エメラルは言うのだ。


「私は本気ですよ。貴方は忘れたと思いますが、私はずっと根に持っていますから、何年も」

「えぇ? いやいや……心当たりがまったくないでござる。“お前”は何をそんなに急に怒り出して――」

「ふふ。相変わらずです……実に貴方らしい」


 エメラルは薄く笑い、握られた手を離す仕草をする。

 

「時が来たのでもう隠さないことに決めたのですよ。仲良しこよしはここまで……それで、返事は? 返答はイエスかはいのどちらかですが?」

「実質二択でござるよ! ……ああもう分かった分かった。エメラル君と拙者の仲でござる。ゲームくらい引き受けるでござる。突然で訳分からんけど!」

「ふふ、良かった。言質いただきました。という訳で、ライラちゃん。アドバイス……はともかく、問題解決のきっかけくらいは協力してあげるね? うふふ、本当にありがと♪」


 そのウキウキと弾む様子は何だろう……かなり黒い本性が見え隠れしてる気がして。

 ライラの口元は引きつくのが分かる。この人ちょー怖いんだけど。


(つーか、やべーわコイツ!)


 素直に気持ち悪ッ! と思いながら「うーす」と答えたライラだった。


 ――以上、回想終了。


「そうして提案してきたのが、ニニから直接話を聞くことだったわね。人の体験談を聞いて気持ちを知るなんて、滅茶苦茶回りくどいとか、なんとか」

「うん。でも実際、良かっただろ? こっちの方がダイレクトに知れるし」

「まあ……」


 そこは否定出来ない。エメラルがいなければここまで深く彼の心境は分からなかった。

 ライラは合理的で素直だからこそ、正論を言われると受け入れてしまう。

 でもニニを良いように誘導されたことに対しては思うところがあって。

 納得がいかず、ムムム……と唸っていると、エメラルはふと無詠唱で術式を構築し、数枚の紙を手元に映し出した。


「ところでライラちゃん。私の能力はこんなことも出来るんだけど、見てみるかな」

「な――!!」


 途端ライラはワナワナと震え出す。

 渡された紙――それは数枚の写真だったのだ。恐らく記憶されている視覚情報を現像したものだろう。

 そこにはゲームをしているニニの姿が映っている。

 駒を動かして悩んでいるニニ、勝ちそうだと喜んでいるニニ、負けそうになって慌てているニニ。そのどれもがベストショットで映し出され、ライラにグサっと刺さる。

 彼女は何度言うまでもなくブラコンである。


「ほわ、ほわわ、ほわーーーーー!!」

「どう? まだ出せるけど……」

「くっ……これで懐柔出来たなんて思わないことね! でも確かに、アレは必要なことだったわ! うんうん!」


 さっきとは百八十度、ころっと意見を変え、写真を握りながら頷き続けるライラ。

 実に調子が良い。

 それにエメラルはちょっと半目になりつつも、自分から仕掛けたことだからか何も言わない。そうして話を修正するように、


「それで今後どうするつもりかな? ライラちゃん。ニニ君の気持ちを聞いたなら、当然次は動くんだろ?」

「ええそうね。でもそのためには色々と準備が必要だと思うの。何をしようか悩んではいるけど……」


 しかし今後どのように二二と接していくのか、その方針は決まっていた。

 少しでもニニに笑って欲しくて。ライラはライラにしか出来ないことをするつもりだ。


「その方針を決められたのは間違いなく、貴方のおかげよ、エメラル。そこは礼を言わせて。そしてあの子を励ましてくれたこと――心より感謝致します」


 それからハリルを片手で支え、もう片方の手でスカートの裾を摘み、一礼。

 それは見事なまでのカーテシー。短期間で身につけられはしない、長年染みついたような優雅な動作で――


「本当にありがとうございました――エメラル様」


 そうやって深々と頭を下げる少女を、緑目の天使はしばらくの間無言で眺めていた。

 その瞳を見開き……やがて、ポツリと呟く。


「……ライラちゃん。それは自然に出た仕草かい? やっぱり君、少し“変わってる”ね」

「? ええ、よく言われるわね」


 顔を上げたライラは首を傾げる。

 自分としては当たり前のことをしただけ。

 むしろいつもいつも、周りからそう言われるから特に気にしない。

 だが……エメラルは複雑そうな顔をしている。そして唐突にもこんなことを言い始めた。


「ねえライラちゃん。突然だけど、生まれ変わりって知ってるかな……」

「はい? 何それ」

「……輪廻転生。死んだ人がまた次の生に生き直すこと。今じゃ輪廻の回廊のことは常識だけど、昔はそうじゃなかった。前世はあり、人格が引き継がれ、次の生にもその名残が残ると信じられていた。そういう宗教観を人間様達は持っていたんだ」

「へえ。面白い考え方をするのね。だけど――」

「うん。実際のところ魂は、再び別の肉体に宿ればそのラベルを書き変える。もし怨霊がこの世界にいて、どんなに未練を持っていたとしても、肉の檻に入りさえすれば別の精神がその時点で発生するんだ。だからこそ余分な情報を回廊は消している訳で――」


 そこで再び、エメラルはじっと視線を向ける。

 ライラは段々と気まずくなってきた。何だろう――この胸騒ぎは。


「君のような場合はどうなるんだろうね……君は、果たして今の君のままでいられるのかな」

「っ、さっきから何が言いたいのよ!」


 遂に怒鳴ると、それすらも傷ましそうにエメラルは目を細め、


「何でもないよ。ただ可哀想だなって話」

「は?」

「それよりも君にも何かプレゼントしないとね。君達のおかげでハナビさんの口から言質が取れた。だから、お礼をしてあげる」


 そしてエメラルは、何故かハリルを差し出すように言ってきた。

 ライラは首を傾げてそれに従う。エメラルはハリルを裏返しにすると、そこに術式で何かを働きかけ、文字のようなものを刻みつけた。またライラにハリルを返し、


「ハッピーバースデー、ライラ。私だけは、君の誕生を寿ぐよ。ただの偽善だけれど……どうか、君は君らしく。君だけの大切なものを見つけて欲しい……」

「? ……? ええ、分かったわ」


 その態度があまりにしんみりしているものだから、ライラは戸惑いながらも頷き返した。

 するとエメラルはどうしてか満足そうにして。彼が何を考えているのか、ライラにはまったく理解出来なかった。しかしその物憂げな表情がとても印象に残った。

 だから、


「……貴方、どういうつもりなの? これから何をするの?」


 漠然とした不安が浮かび上がり、ライラはついそんなことを聞いてしまう。

 エメラルは瞳を伏せ、口角を僅かに上げる。


「ふふ……私は、私の人生をまっとうするだけだよ。他のものはいらない。――私がハナビに勝つ。それだけ」


 その瞬間、ライラの背筋に怖気が走った。

 エメラルは甘ったるく恋する乙女のような顔をしながらも、怨嗟を呟き続ける。


「私はハナビが嫌いなのさ。否定したい。認めない。運が良い悪いだけで状況に流され、精神を中庸に保ち、すべてを許容する代わりに受動的になる……気持ち悪いでしょ。そんなの人の在り方じゃない。屍だ。だからこそ変えてやる――」


 覚悟を決めたように明かされるエメラルの本音。

 沸々と煮えたぎる思いは強すぎる夜風にも負けず、滔々とライラの下に届く。

 目を見張るライラに向けて、エメラルは宣言した。


「すべてを持って、私はハナビを下してみせるよ。だから、ここでお別れだ。私は一足先に、あちら側へ行くよ」

「へ――?」

「と――ああ、忘れてた。最後にこれを彼女に渡して欲しい」


 そうしてエメラルが懐から取り出したもの……それはエメラルの目と同じ、深いエメラルドグリーンのリボンだった。

 裏地には何かが縫い付けられていて――


(Happy birthday?)


 それは神星言語で書かれていたから、何となくライラにも読めた。

 でも意味は分からない。けれど、さっき投げかけられた言葉だ。

 困惑する。それを見抜いてか、エメラルは再びよく分からないことを言った。


「そう遠くないうちに、赤い月の不夜の魔女が君の前に必ず現れる。その時までどうか少ないモラトリアムを楽しんでね。君が――君こそが、彼女にとっての特別だからね」


 それからくるりと背を向け、自分勝手に別れを告げた。


「じゃあね。バイバイ」


 そう一つ溢して、その場から去っていった。

 後に取り残されたライラは呆然とする。嫌な予感に震えながら。


 そしてそれはまもなく的中した。


 ――その次の日、エメラルは驚くべき行動に出たのだ。

 突然の離反、ツヴィウル砦からの脱走、魔結晶の強奪――彼は、天使陣営を裏切った。

ざっくり設定13

魂の精神

魂とは本来、世界の流れの一部……星のエネルギーの働きにより生み出された情報の塊である。肉体を動かす精神エネルギーを生み出す存在で、それ単体では無垢な存在だが、新しい肉体に宿るとその形に適応し、それに相応しい人格を生み出す。この時支障なくバランスを保てるよう、事前に前世の記憶を抹消するのが輪廻の回廊の役割である。だがもしこの記憶の抹消に失敗した場合、多くのバグが発生することになる。

事実ニニの場合、前世と今世の人格が無意識のうちに混じり合った状態で、今後も肉体に引っ張られ、前世との乖離が始まることが予想される。しかしこれでも症状は軽微で済んでいる方で、仮に前世の記憶がはっきりしていたら……どうなるかはまったく分からないだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ