第40話 宣戦布告動画『元勇者&元魔王のそまりんカップル VS 〇〇鬼』
〝調教者〟からの宣戦布告動画の公開──
モエさんから告げられた予想外の出来事に、俺と果凛も思わず息を吞んだ。大正フラミンゴのマーダー動画撮影を邪魔されて怒っているのは何となくわかっていたが、まさか大々的に俺達を狙ってくるとは考えてもいなかったのだ。
だが、〝調教者〟がマーダー動画撮影を嗜好としており、更に実益も兼ねているとするならば、俺達そまりんカップルを狙うのは当たり前かもしれない。
そまりんカップルは、謂わば今最もバズっているDtubeチャンネル。彗星の如く現れた新人Dtuberとネットでは騒がれていて、おまけに高校生のカップルだ。新たなダンジョンマーダー動画ネタとしては完璧だろうし、貴重であるが故にさぞかし高値で取引されるだろう。
今その宣戦布告動画はUtubeの急上昇ランキングに昇っており、大正フラミンゴの知り合いのシーカーから慌てて連絡が入ったのだという。
「……どうする? 見る?」
モエさんが訊いた。
ハルさんはモエさんを咎めるような視線を送っていたが、こうなってしまっては避けられないと思ったのか、何も言わなかった。
「はい。どのみち急上昇に載ってるなら周りの目にも触れているでしょうし、明日あたり学校でも話題になってると思いますから」
「わたくしも見てみたいですわ。宣戦布告だなんて、初めての経験ですもの」
落ち着いた声色とは裏腹に、果凛の黄金色の瞳が鋭く光る。その声色にはやや苛立ちのようなものもはらんでいた。
魔王であった彼女は、異世界では無敵の存在。異を唱える存在などいなかった彼女が、こちらの世界で宣戦布告を受けているのだ。苛立つのも当然かもしれない。
モエさんは頷いてテーブルの上のノートパソコンに触れると、Utubeを開いて急上昇ランキングのページを開いた。
急上昇ランキング一位に表示されているタイトルは『【告知】元勇者&元魔王のそまりんカップル VS 〇〇鬼』だった。勝手にこちらの名前を使って動画に集客するとは、やってくれたものである。
サムネイル画像はタイトル文字の後ろに血をぼかしたようなもので、どこか恐怖感を煽るものだった。
「……開くよ?」
モエさんは一応念の為確認してくれた。俺と果凛が頷くと、タイトルをクリック。
動画を開くと、薄暗く広い洞窟に祭壇のような場所が映し出された。祭壇といっても西洋ファンタジーちっくな礼拝堂のようなものではなく、どちらかというと祠のような和の祭壇をイメージさせるものだった。洞窟の壁の雰囲気からダンジョン内なのだろうが、俺の知らない階層だ。おそらく、地下二〇階層よりももっと深層なのだろう。
洞窟内部の地面は赤く染まっている。UtubeからBANされないようにぼかしが入っているが、おそらく血だ。そして、血と思しきものの上に何か物体がいくつも積み上げられている。強めのぼかしが入っているが、それが人の形をしたものである事はうっすらと見て取れた。
「これって……」
「ええ。死体、ですわね」
俺の予想を、果凛が肯定した。
ハルさんが思わず両手で口を覆った。モエさんは険しい視線で画面を睨んだまま、補足する。
「この動画と一緒にシーカーさんが教えてくれたんだけど、昨日から今日に掛けて、何人かのシーカーが行方不明になっているらしいわ……」
今日話題になっていた配信などごく一部だったらしく、Dtube配信を行っていないシーカー達が悉く狙われ、〝調教者〟の餌食になってしまったらしい。
俺と果凛は画面を食い入るように睨みつけていると、赤く大きな物体がのっしのっしと死体の山に向かっていく。
かなりの大きさだ。ミノタウロスと同等か、それ以上だろうか。死体と同じく強いぼかしが入っているので、その姿かたちはわからないが、あの言葉を喋っていた魔物であろう事は間違いなさそうだ。
赤い物体は赤い物体は死体と思しき山の前に立つと、先程見た動画と同じ言葉を発した。
『いだだぎぃ、まぁず』
大きく口を開き、そこから滴る巨大な唾液が地面に落ちる音が画面のこちらまで響いてくる。
赤い物体は死体を次々と掴んで自らの口へと引き込んでいく。まるでフライドチキンを骨ごと食べるかのように、ゴリゴリとした鈍い音と共に死体と思しき山が消えていく。
ぼかしがあるので、何が何を食べているのかまではわからない。だが、自身の目と耳に残る嫌悪感がそこで何が行われているかを強く訴えかけてくる。
観ているこちら側から見ても、その光景は信じられないもので、恐怖と絶望が心を掴んで離さなかった。一瞬にして人間と思しきものが消えていくその現実は、ただただ絶望的で、言葉を失うしかない。ぼかしが入っているから、余計にそう思えるのかもしれないが、ぼかしが入っていなかったらきっと、吐いてしまっていただろう。ハルさんなど、この状態でも両手を押さえてすぐさまトイレへと駆けこんでしまった程だ。
その山を全て食べ尽くすと、赤い物体は満足したようにお腹を擦った。そして、カメラの方を向いて、こう言ったのだ。
『ごぢぞう、ざま、でじだぁ』
ごちそうさま、の意味だろう。『いただきます』と『ごちそうさま』のみ言葉を操れるのだろうか。
魔物がそう言ったところで動画はブラックアウトして、文字が浮かび上がってくる。
『元勇者&元魔王カップル VS 〇〇鬼』
『地下三〇階層にて今宵開幕。配信は詳細欄に記載のそまりんチャンネルでお楽しみください』
『──逃げるなよ』
あからさまな挑発、及び脅迫動画だった。しかも、ご丁寧にそまりんカップルのDtubeアカウントのリンクが詳細欄に貼られている。
これではまるで俺達が主催しているみたいになっているし、最悪極まりない。
「絶対に行っちゃダメです、ふたりとも!」
トイレから戻ってきたハルさんが、ハンカチで口元を押さえながら言った。
「あたしもハルと同意見。こんなの見え透いた罠よ。どうせこいつら魔物はダンジョンから出てこれないわけだし、付き合う必要なんてないわ」
さすがにこの動画を見てやばいと思ったのか、モエさんもハルさんに同意した。
だが──それは無理だ。
ここで行かないと、そまりんカップルは逃げた事になってしまう。今後ダンジョン配信者として活動するのは難しくなるだろうし、これだけ大々的に脅迫をし掛けてくる人間だ。たとえダンジョン外に魔物を連れ出す事はできなくても、ここ笹乃塚にある大正フラミンゴの事務所や俺達の学校や家が特定されている可能性は高い。俺と果凛だけなら如何様にも対応できるが、俺達に無関係な人間まで巻き込まれる危険性も高かった。
それに何より……こんな舐めた真似をされて、引き下がれるわけがない。
「……ふふっ」
それまで無言でパソコンのディスプレイを見つめていた果凛が不意に笑みを零した。
「面白いですわ。面白いですわ。こちらの世界にはこんなにも面白いものが溢れているなんて……ねえ、蒼真様?」
そう言ってこちらに向けられた果凛の笑顔に、モエさんとハルさんが怯えたのが見えた。
彼女らが怯えてしまったのも無理はない。そこにあったのは、こちらに来てから見せていた果凛の愛らしい笑顔ではなかったのだから。
今浮かべているそれは、笑顔と呼ぶにはあまりにおぞましく、地獄の眷属のものと呼ぶに相応しい。血の池を快なりと楽しみ、煉獄の炎をも心地良しと喜ぶ、魔性の笑み──まさしく、魔王に相応しい笑顔だった。彼女のこの顔を見たのは、随分と久しぶりだ。
その笑顔を見ていると、あの戦いを思い出して思わずこちらも火がついてしまう。こちらに戻ってきて怠け切った心に、戦いの炎が燈っていく。
「今から夜が楽しみじゃありませんこと? きっと、今夜はとても素敵な配信が踊れますわ」
「ああ……俺も今、ちょうどそう思っていたところだよ。ちょっと今夜は、やり過ぎてしまうかもな」
「ええ、ええ。わたくしもやり過ぎないように、気をつけますわ」
元勇者の俺と元魔王のカノジョは互いに嗜虐的な笑みを交わし、今夜の配信を約束する。
こうして、俺達の二度目の配信が急遽決まった。
今夜の配信で、〝調教者〟は学ぶ事になるだろう。
無敵×最強に喧嘩を売るとはどういうことか。自らの力を見誤るとどうなるのか。
この二点について、痛みを以てしてしっかりとその身に刻む事になるのだ。




