第11話 元魔王の胸中
「にしてもお前、ほんとに何でもありだな」
俺は呆れたようにして果凛に言った。
だが、俺の評価が不服だったのか、果凛は少し傷付いたような表情を見せた。
「人を化け物みたいに言わないで下さいまし。こう見えて、か弱いレディーですのよ?」
どこがか弱いレディーだ。
か弱いレディーとやらが隕石をバンバン落としたり地割れを引き起こしたりサイコキネシスで瓦礫をぶんぶん飛ばせて堪るか。〈破壊不可〉の能力がなかったら何回死んでいたかわからない。
「いや、まさかARグラスをコピーできるとは思ってもいなかったよ」
今回は急な撮影という事もあって、果凛の分のARグラスをまだ購入できていない。撮影は俺達の後方を浮遊するスマホとタブレットで十分だが、ARグラスがないと戦闘中にコメントや同時接続者数などが見れず、かなり不便だった。
そこで、果凛は自らの黄金色の瞳にARグラスの機能を〈模写〉したのである。俺が彼女を『何でもあり』と言ったのはこの為だ。〈魔眼〉だけでなく、高い発想力と思考力、その組み合わせ。そこに加えて〈模写〉。俺が言うのも何だけど、チートが過ぎる。
「そこまで凄いものでもありませんわ」
「え? 何で?」
「〈模写〉と言っても、物質そのものを完全にコピーしているわけではありませんの。そのARグラス上で蒼真様が見ている情報を、わたくしの視界にも同じ様に表示させているだけですわ」
「あー、なるほど。そういう事か」
物をコピーして増やしているわけではなくて、画面共有に近い認識なのだろう。ARグラスを通して見ているコメントや接続数、その他パネルなどを果凛の視界にも表示させているだけなのだ。
例えば俺がコメント欄を非表示にしたら、果凛の方でもコメントが非表示にされる、という事だろう。当然、俺が付けているARグラスが壊れたら、果凛の視界に映っていたAR機能も見えなくなる。
「そっか、残念だな。物質そのものがコピーできるなら、スマホとかARグラスとかの撮影機材も無限に増やせるのに」
「ご期待に添えず申し訳ありませんわ。生憎と、わたくしの能力ではこれが限界ですの」
そこまで言ってから、果凛は「でも……」と何か意味ありげに言葉を研ぎらせた。
「でも?」
「無限に増やす事はできませんけれど、お店に行って店員さんに〈魔眼〉でお願いすれば、タダでプレゼントして下さいますわよ?」
とんでもない提案だった。完全に犯罪である。
ネカフェ宿泊はそれで乗り切っていたのだろうか。現行の法律で裁けないところも含めて悪質過ぎる。
「絶対にやめなさい。それ、この国じゃやっちゃいけない事だから」
「ひどいですわ。冗談でしたのに」
果凛は唇を尖らせて抗議する。
冗談なら良いのだが、全然冗談に聞こえないのが元魔王の少女の恐ろしいところだった。
「まあ……でも、ほんとよく勝てたと思うよ」
こうして彼女の能力を垣間見ると、余計にそう思う。
異世界での果凛との戦いは、今思い返しても死闘と呼ぶに相応しいものだった。死なない事がわかっていても死の恐怖を感じる程に。
「負け惜しみに聞こえるかもしれませんけれど……蒼真様との戦いも、もう少し足掻こうと思えば足掻けましたわ。蒼真様を苦しめようと思えば、他にもまだ手はありましたの。もちろん、それで〈破壊不可〉を攻略できていたとも思っていませんわ」
どこか懐かしむように目を細めて、彼女は言った。
俺と彼女が死闘を繰り広げたのは数週間前の事のはずだが、今こうして彼女と肩を並べて歩いていると、随分と昔の事のように思える。
というか、あれで手を抜いてくれていたのかよ。隕石何発も飛ばしきておいて? 他にどんな恐ろしい手があったのだろうか。考えたくもなかった。
「ん? でも、何で足掻かなかったんだ? 勝ててたかもしれないだろ」
疑問に思ったので訊いてみる。
すると、果凛は悪戯っぽく笑って自らの唇に人差し指を当てて、こう言った。
「乙女にそれを訊くのは、野暮でしてよ?」