第八話 風が運ぶ約束
桜が散り、枝の隙間から小さな新芽が顔を出し始めていた。
季節は、確かに移り変わろうとしている。
春乃はそっとその力強く伸び始めた葉を見つめながら、幼い頃の記憶がふと蘇る。小さな手で掴んだ父の指、母の温かな声、そして春の野原を駆け回った日々。
あの日、まだ幼かった春乃は、桜の木の下で転んで膝をすりむいた。涙をこらえながら立ち上がろうとした時、楓が差し出してくれた小さな手。その手は温かく、力強く、そして優しかった。
——「大丈夫、立ち上がればまた走れるよ。」
楓のその言葉は、春乃の心に刻まれ、今もなお彼女を支えている。風に舞う花びらの最後のひとひらが、まるで思い出が消えゆくように地面へと落ちる瞬間、春乃はその記憶に感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
楓のあの言葉が、新緑の鮮やかな色と重なり、じんわりと心に広がっていく。
春乃はそっと目を閉じ、幼き日の自分と楓に思いを馳せながら呟いた。
「ありがとう、楓。そして、さあ、進もう。」
再び目を開けたその視線の先には、眩しいほどの新緑が広がっていた。
——すべてのものは終わりではなく、次へと続いていくのだと。
悠斗はその言葉を胸にそっと刻み、未来へ向かうために静かに息を整えた。




