第七話 「風が運ぶもの」
春の終わりの風が、桜の木々の間を静かに吹き抜ける。
**咲希は、揺れる枝先の、まるで別れを惜しむかのように震える最後のひとひらを静かに見つめていた。**
その花びらは、風に乗りながらも、まだ枝にすがるように留まっている。
まるで、去りゆく季節にもう一度手を伸ばそうとしているかのようで——
彼女はそっと息を整え、桜の季節の終わりを静かに受け止めていた。
「……そろそろ、桜も散りきるね。」
その囁くような言葉が、夕風に乗って広がっていく。
悠斗は咲希の言葉にそっと目を向けた。
「そうだな。」
その声は穏やかでありながら、どこか遠くを見つめるようだった。
**——ゆっくりと沈みゆく橙色の光。**
美しく、それでいて、どこか切なさを含んだ色彩。
悠斗の声もまた、その空の色に似ている気がした。
春乃は、その短い言葉に滲む寂しさを感じながら、静かに目を細める。
「……春って、なんだか寂しいね。」
春乃は、舞い落ちる花びらを追うように目で追いながら、小さく息をついた。
その指先には、風に乗って滑り落ちてきたひとひらが触れ、すぐに離れていく。
**——まるで、掴みかけた思い出が指の間からこぼれ落ちるように。**
悠斗は、ふと目を閉じる。
そして、その言葉とともに、記憶の扉がゆっくりと開いていった——
**「春は別れの季節じゃなくて、始まりの季節だよ。」**
まるで昨日のことのように、その声が心に蘇る。
幼い楓が、桜の木の下で微笑んでいた。
「桜が散るとね、そのあとに新しい葉っぱが出てくるでしょ?それが次の季節の始まりなんだよ。」
その言葉は風に溶け、桜の枝を優しく揺らしていく。
また春が来る。
またこの言葉が響く。
悠斗は静かに目を開けると、ゆっくりと桜の枝を見上げた。
風が吹き抜け、桜の花びらが、まるで別れを惜しむようにひらひらと舞いながら青い空を渡っていく。
その淡いピンクの軌跡は、彼らの共有した時間の名残であり、未来への導きでもあるのかもしれない。
それは、楓との思い出を紡ぎながら、まだ見ぬ春へと続く道——
**目に見えない糸が、過去と現在、そして未来を静かに結んでいくようだった。**