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第3話:風に乗る言葉

春の風が、まるで誰かの優しい囁きのようにそっと吹き抜ける。


窓辺の桜の枝が微かに音を立てて揺れ、淡いピンク色の花びらが陽光を浴びてキラキラと舞う。そんな美しい景色の中、咲希はそっと息を吸い込んだ。その胸の奥には、言葉にならないほどの緊張と不安が渦巻いていた。まるで心臓の鼓動だけが大きく響き、自分の内側でこだましているようだった。


少し緊張した面持ちで、彼女は小さな紙袋の端をきゅっと握りしめる。指先には冷たい汗が滲み、手のひらにはその感触がじわりと広がっていく。それでも、彼女は逃げ出さずにその場に立ち続けた。勇気という名の小さな灯火が、心の奥でかすかに揺れていたのだ。


「……あの、昨日は、本当に、ありがとう。」


そのか細い声は、胸の奥底にしまっていた感謝の気持ちがようやく解き放たれる瞬間を映し出していた。言葉を紡ぎ出すまでの一瞬が永遠のように感じられ、咲希の瞳は少しだけ和らいだ。けれど、その瞳の奥にはまだ不安の影が潜んでいる。


春乃は静かにその様子を見守っていた。


「昨日のこと……気にしないで。」


春乃の穏やかな声が、咲希の緊張を優しく包み込む。その一言が彼女にとってどれほど救いになるか、春乃はきっとわかっていたのだろう。けれど、それだけで終わらせず、少し間を置いて静かに続ける。


「何か……話せるようなことがあったの?」


その問いかけは、咲希が心の扉を少しずつ開くための優しいきっかけとなる。咲希は一瞬、息を止め、心の中で葛藤する。話すべきか、黙ったままでいるべきか。その葛藤が彼女の表情に微かに表れ、視線が揺れ動く。


その瞬間、風が静かに吹き抜け、桜の枝が微かに揺れる。悠斗は二人のやり取りを見守りながら、ふと桜の木へと目を向ける。


「桜、だいぶ散ってきたな……」


その言葉には、過ぎ去った季節への名残惜しさが滲んでいた。春乃はその声に耳を傾け、心の中で楓の言葉を思い出す。


「たぶん……『春は、終わるんじゃなくて次へ続くんだよ』って言いそう。」


悠斗は微笑み、優しい気持ちでその言葉を受け止める。


春の風が再びそっと吹き抜け、桜の花びらが舞い散る。その想いは風に乗り、どこまでも続いていく——。


「そんなこと、言いそうだな。」


春の風が、まるで誰かの優しい囁きのように、咲希の頬をそっと撫でていく。その風の冷たさと温かさが入り混じる感触に、彼女の胸はかすかな痛みとともに締め付けられた。


桜は散っても、その想いは、風に乗ってどこまでも続いていく——。


咲希はふと目を閉じ、心の奥底に眠る記憶に触れる。春乃の優しい声、悠斗の穏やかな微笑み、それらが胸の内で柔らかな光となって揺れ動く。不安と緊張の狭間で、彼女の心は揺れていたが、その中に確かに存在する温もりがあった。それは、過ぎ去った季節への名残だけではなく、今もここにある絆の証だった。


「ありがとう——」


その言葉が、ようやく彼女の唇から零れ落ちる。春の風が再び吹き抜け、桜の花びらが舞う。その瞬間、咲希の心にも小さな変化が芽生えた。迷いと不安の隙間から、ほんの少しの勇気が顔をのぞかせたのだった。

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