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第二話:訪れた想い

その時、突然玄関のチャイムが鳴り響いた。


鋭利な刃物のように静寂を切り裂く冷たい電子音が、部屋の空気を一瞬で凍りつかせる。


春乃は小さく肩をすくめ、悠斗の視線も無意識に窓から玄関へと滑った。まるで見えない手が二人の心を掴み、強く握り締めたかのような張り詰めた沈黙が広がる。


「……誰だ?」


その囁きは自分自身への問いかけだったのかもしれない。


春乃はゆっくりと立ち上がり、足音を立てぬよう慎重に玄関へと歩を進める。外からは微かに風の音が聞こえるだけで、異様な静けさが不安を煽る。


扉の前に立ち、耳を澄ます。しかし、そこには何の気配もない。ただ、心拍だけが耳の奥で激しく鳴り響く。


春乃は深く息を吸い、震える手で扉のノブに触れた。冷たい金属の感触が、さらに緊張を際立たせる。


ゆっくりと扉を開けると、春の風が一瞬、室内に流れ込んだ。


そこに立っていたのは、桜の花びらが舞う中、冷たい表情を浮かべた少女——咲希。


彼女は無言のまま、視線だけで春乃を捉えた。その瞳は深い闇のようで、何か隠された感情を湛えている。両手には小さな紙袋を握りしめ、指先がわずかに震えていることに春乃は気づいた。


「……昨日は、ありがとう。」


その声には、感謝の言葉には不釣り合いな緊張感と、言い知れぬ不穏さが滲んでいた。


春乃はその場に立ち尽くし、咲希の背後に広がる曖昧な影へと、もう一度視線を送った。


微笑みながらも、咲希の指先は紙袋の端をぎゅっと握りしめた。その強すぎる力は、未だ整理しきれない感情の揺れ動きを物語っているかのようだった。


この扉の前に立つまで、彼女は幾度となく足を止め、深呼吸を繰り返していた。心の中で何度もシミュレーションした言葉たちは、いざこの瞬間に至ると喉の奥で絡まり合い、うまく形にならない。春乃に会いたい、その気持ちは確かに存在していたが、それ以上に押し寄せるのは過去の記憶と、それに伴う痛みだった。


『もし拒まれたら』『私の気持ちは伝わるのだろうか』——そんな不安が、咲希の胸の奥で静かに波打っていた。しかし同時に、心の奥底から湧き上がる微かな希望もあった。過去を超えて、もう一歩だけ前に進むための希望。


それでも、咲希は微笑んだ。その微笑みは形式的なものではなく、感謝とほんの少しの勇気が織り交ぜられている。指先に込めた力は、心の中の決意を支えるための小さな拠り所だった。


過去の記憶が呼び覚ます緊張感に抗いながらも、前へ進みたいという願いが、震える声の奥深くに秘められていた。


春乃はその微笑みに込められた意味をそっと受け止め、優しく目を細めた。その瞬間、二人の間にあった静寂は、温かな理解の空気に包まれていった——。

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