第9話 ゴブリン
夜の森に葉がこすれる音が響く。
カサカサと木々をかき分けて走っているのは、黒いフードを被ったリオルだった。
ゴブリンが村を襲っている話を聞いてから数日後。
リオルは暗闇に紛れてこっそりと屋敷を抜け出した。
目的は村を襲っているゴブリンの討伐。
『襲われている村が可愛そうだから』という理由もあるが、他にもリオルには目的があった。
それは実戦経験を積むためだ。
リオルは強くなるために体力作りをして、ラウラから剣術を習った。
しかし、これらはあくまでも鍛錬。勉強で言えば教科書を読んでいるだけだ。
テストをこなして体に染み込ませる必要がある
そのためのゴブリン討伐だ。
(フェリシアに情報を集めて貰ったから、ゴブリンの住処は把握してる。ちょっと気になるのは、依頼を受けた冒険者が行方不明になってる事かな……)
つい昨日、ゴブリン討伐を冒険者が請け負ったらしい。
大して儲からないゴブリン討伐だが、初心者の冒険者が請け負うことがある。
言ってしまえば、肩慣らしを兼ねた初心者向けクエストだ。
ゴブリンは繁殖力こそ高いが、あまり強くない。なりたての冒険者が腕を試すにはぴったりなのだ。
もっとも、討伐に向かった冒険者は行方が分からなくなっている。
なにかアクシデントがあったと考えた方が良いだろう。
(いざ、ゴブリンの巣に付いたら怖くなって逃げ出した……なんて理由なら平和的なんだけど――ここだね)
リオルは足を止めると、上を見上げた。
うっそうとした森に遺跡が現れた。灰色の壁面にツタが絡まっている。
情報によると、この遺跡をゴブリンたちは巣に使っているらしい。
リオルが体を隠しながら様子を見ると、遺跡の入り口に二匹のゴブリンが立っている。
巣の見張りということだろう。
(外に居るのは二匹だけ……後は中に隠れてるのかな? ゴブリンは夜行性のはずだけど……)
周囲を見回してもゴブリンの姿は二匹だけ。他に姿は見えない。
夜行性のゴブリンは夜に活発化するはずなので、もっと動き回っているはずだ。
どうして二匹しか姿が見えないのだろうか?
(そもそも群れの数が少ないとか……? あんまり納得は出来ないけど、とりあえず入ってみるしかないか)
リオルは気配を殺して動き出す。
遺跡の影から影へと飛び移り、着々とゴブリンたちへ迫る。
ずっ。リオルはゴブリンたちの背後に忍び寄ると背中から剣を突き刺した。
「――ッ!?」
「おっと、騒がないでね」
もう一匹のゴブリンが声を出すよりも早く、リオルはその首を切り落とす。
夜の静寂は破られなかった。
ごとりと首が落ちる音だけが異質に響いた。
「これで入り口は確保……それじゃあ、前世ぶりのダンジョン攻略と行こうか。勘が鈍ってないと良いけど」
リオルは遺跡へと足を進める。
遺跡の中はひんやりとした空気に満ちていた。長いトンネルの空気に似ている。
明かりもないため真っ暗だ。
リオルが腰に付けたカンテラをいじると白い光が周囲を照らす。
(壁に模様が描かれてる……この遺跡を作った人たちの言葉なのかな?)
光に照らされて遺跡の内装が見えてきた。
照らされた壁には模様のように絵が彫られている。
まるで生贄を囲んで儀式をしているように見えたが、それが何を意味しているのかは分からない。
リオルはすぐに興味を失って前へ歩き始めた。
目的はゴブリンの討伐だ。遺跡の調査に来たわけじゃない。
リオルはひょいっと、子どもが遊ぶように跳び越えた。
跳び越えた場所には、足を引っかけるように伸びた細いヒモと、ヒモに付けられた木の枝が見える。
(あんな罠を仕掛けるなんて、やっぱりゴブリンって頭が良いんだなぁ)
それは鳴子だ。足が引っかかれば、木の枝が揺れて音が鳴ったことだろう。
侵入者を検知するための警報装置みたいな物である。
ゴブリンたちは罠を仕掛けられる程度には頭が良いらしい。
「グギャ!!」
「そりゃ、待ち伏せくらいはするよね」
「グギ!?」
罠を避けたリオルを待ち伏せたように、ゴブリンが飛び掛かって来た。
しかし、リオルはそれを分かっていたように剣を振るう。
一瞬で切り裂かれたゴブリンは、べちゃりと地面に落ちた。
この手の罠や待ち伏せは、『ドラグ・マキナ』の世界で嫌になるほど経験してきた。
危なそうな場所は、なんとなくで分かるのだ。
今さら奇襲程度で驚くリオルでは無い。
むしろ奇襲や罠よりも気になることがある。
(これで中に入って一匹目……やっぱりゴブリンの数が少ない気がする)
まるで嵐の前の静けさだ。
リオルの経験則からすると、嫌に簡単すぎる時は前フリだ。これからさらに凶悪な何かが待っている気がする。
不自然なゴブリンの出現に不気味さを感じながらも、リオルは慎重に先へと進む。
嫌な予感は当たっていた。
遺跡の奥には広い空間が広がっていた。
例えるならドームや野球場。中心の広場を囲むように座席が広がっている。
座席にはざわざわと緑色の波が広がっている。
百匹を超えるゴブリンたちが、食い入るように広場の中心を見つめているのだ。
広場の中心には三匹のゴブリン。木製の杖を持ち、フードのような物を被っている。
(ゴブリンシャーマンが三匹も……)
ゴブリンシャーマンは魔法を使うゴブリンだ。知能が高く、群れの長や指令のような役割を担うことが多い。
野性のゴブリンがドコから魔法の知識を仕入れているのかは長年の謎だ。
悪魔がゴブリンに知恵を与えているのだ。なんて伝説もあるが、真実はゴブリンにしか分からない。
だが、そうポンポンと生まれて来る存在ではないため、一つの群れに三匹ものゴブリンシャーマンが居るのは極稀である。
(あれは……何かの儀式……?)
祈るように杖を振るシャーマンたち。その足元には魔法陣が描かれている。
魔法陣を囲むように長い腸が飾られていた。あれで結界でも作っているのだろうか。
そして正面には女性が磔にされている。行方不明になっている冒険者だろう。体中にあざが残っている。ぐったりとした様子から意識は無いようだ。
(凄く嫌な予感がする……)
その光景は、まるでカルト教団の儀式だ。
なにか良くない存在を呼び込もうとしている。ザワザワと胸騒ぎがして鳥肌がたつ。
すぐに止めなければ手遅れになる。
リオルは直感すると、剣を握って走り出した。




