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第7話 雨かつ快晴

 ラウラは騎士に憧れていた。

 磨かれたピカピカの甲冑。背筋をピッと伸ばした凛々しい姿。モンスターの討伐から帰還する騎士団は英雄のように見えた。

 自分もあんな風にかっこよくなりたいと願った。


 しかし、騎士になるのは簡単じゃない。

 ラウラたちが住む帝国における騎士は、貴族によって召し抱えられた屈強な戦士たち。

 貴族にとって騎士団は家を象徴する剣だ。

 騎士として雇われるためには、何者にも負けない強さと誇り高い気品が求められる。

 それらは簡単に手に入る物ではないため、多くの騎士たちは帝国が設立した学園を卒業している。


 ラウラは学園へ入るために走り続けた。

 毎日欠かさずに鍛錬を続けた。薬屋の老婆に頼んで勉強を教えて貰った。

 入学費を稼ぐためにあちこちで仕事を手伝った。


 学園へと入学出来た後も終わらない。

 今度は同級生のライバルたちに負けないために努力が必要だった。

 自分の生活費を稼ぐために金が必要だった。


 そうして前に進み続けて、やっと憧れていた騎士になれたのだ。

 ラウラを雇ってくれたのはオライオン侯爵家だった。帝国でも五本の指に入る大貴族だ。

 そんな立派な貴族の元で、ラウラは憧れの騎士として働ける。きっと騎士として誇りある仕事を任されて、住民たちから感謝を向けられるだろう。

 ラウラの未来は輝かしい黄金色に輝いている。はずだった。


 夢にまでみた騎士としての生活は、輝いてなんてなかった。

 ヘドロにまみれて腐っていた。

 オライオン侯爵家の騎士団は、汚職と怠惰にまみれていた。

 騎士団は街の犯罪組織と癒着して、金を受け取る代わりに犯罪をもみ消していた。

 騎士たちはまともに鍛錬もしていない。ごまかす程度に仕事を片付けて、酒に溺れている。

 住民からモンスター討伐の嘆願が来ても、外部組織に放り投げて騎士団が動くことはない。


 彼らは騎士と呼ぶには、あまりにも愚かで醜い。

 ラウラはすぐに告発をすることを決意した。騎士団の現状はあまりにも悲惨だ。

 オライオン侯爵に告発をすれば、すぐに騎士団は改革されるはずだ。

 ラウラは自身の正義と誇りにかけて、騎士団の悪行を止めるつもりだった。


 しかし、学園を卒業した小娘の考えなど、容易く見破られるものだったらしい。

 ある日、ラウラは騎士団の団長に呼び出されて忠告を受けた。


『キミは団に入って早々、精力的に動いているようだな。やる気があるのは結構だが、あまり勇み過ぎると転んでしまうぞ』


 団長はほのめかす様に、ラウラの告発を止めるように脅した。

 ラウラが強行して告発をしようとすれば、騎士団が力づくで止めに入るつもりなのだろう。

 しかし、ラウラが諦めることはなかった。


『侯爵から剣を授けられた誇りにかけて、騎士団の現状を見逃すことはできません』

『剣を授けられた誇り? ククク……ハハハハハハ!!』


 ラウラの言葉に、団長はこらえきれないように笑いだした。

 意味が分からなかった。なぜ騎士の誇りを騙って笑われるのだろうか。


『なぜ笑うのですか』

『お前は自分が騎士として優れているから侯爵に選ばれたとでも思っているのか?』

『違うとでも?』

『当たり前だろう。お前を侯爵が選んだのは、ただ顔が良くて胸がデカいからだ。お前の騎士としての才覚など誰も気にしていないんだよ』


 その言葉にラウラは頭が真っ白になった。

 積み重ねてきた努力によって、ラウラは誇りある騎士に選ばれたと思っていた。

 手が痛くなるほど剣を振り続けて、眠い目を擦って勉学に励んで、へとへとになりながら金を稼いだ。

 なのに、その全ては無意味だった?

 ただ容姿が優れていたから選ばれただけで、これまでの積み重ねは何も見られていなかった?


 それは人生の全てを否定されたように、ラウラの胸に重くのしかかった。

 重りを付けられたように、ラウラの感情が深海へと沈んでいく。体が冷えていくのを感じた。


『わた、私は……』

『言っておくが、騎士団を辞めさせるつもりはないぞ。外から告発なんてされたら面倒だからな』

『……』

『もし逃げ出そうとすれば、キミのご両親が不幸に見舞われるかもしれない。なに、大人しくしておけば悪い職場では無いんだ。上手く馴染みたまえよ』


 ラウラはなにもすることが出来なくなった。逃げることも、戦うこともできなかった。

 戦う理由が、誇りが無くなった。故郷に残した家族を傷つけないためだと自分に言い聞かせて諦めた。


 そして気がつけば、ラウラはオライオン侯爵家の《《立派な騎士》》となっていた。

 犯罪を握りつぶす代わりに金を受け取り、その金で酒を買って溺れる毎日。

 酒を飲んでいる時だけは、嫌な事も昔の夢も忘れられた。

 忘れられていたはずだった。最近までは。


(……もう朝か)


 ラウラはのそのそとベッドから降りる。

 少し前までは毎日のように感じていた頭の痛みは無い。

 最近は酒を飲む気が起きない。ベッドに入って落ち込んでいると気がつけば朝になっている。


 酒を飲む気が起きない理由は分かっている。

 少し前からリオルが中庭を走り始めた。詳しい理由は誰にも分からないが、たぶん体を鍛えているのだろう。

 毎朝、欠かさずにリオルは走っている。その姿を見るとラウラは昔の自分を思い出した。

 騎士を目指して進み続けていたころが脳裏に浮かぶ。

 夜に酒を飲もうとしても思い出すので、気分が沈んで酒を飲む気も失せるのだ。


(……雨が降ってるな。流石に今日は走ってないだろう)


 雨の日まで走る理由はないはずだ。今日くらいはリオルも休んでいるだろう。

 そう考えながらも、ラウラは部屋を出て中庭を見に行った。


(……)


 今日もリオルは走っていた。

 ザーザーと雨に打たれて、体をびしょびしょに濡らしながら走っていた。


 どうして、リオルは走り続けるのだろうか。

 屋敷の使用人たちはリオルの日課を冷めた目で見ている。

 メイドはいきなり走り始めたリオルを気味悪がり、騎士たちは無駄なことを続けているとせせら笑う。文官たちは何日まで続くかと賭けの対象にしていた。


 だが、リオルはその全てを無視して走り続けている。

 真っすぐに前だけを見つめて、土砂降りの雨でも目を輝かせている。


 それはラウラには出来なかったことだ。

 積み重ねた努力を踏みつけられて、周りの圧力に負けて、ラウラは立ち止まってしまった。

 もう走るのは疲れたとしゃがみ込んで、酒を飲み干して思考を放棄した。

 ラウラは走り続けることができなかった。諦めてしまったのだ。


 べしゃり。

 息を荒げてふらふらと走っていたリオルが転んだ。

 いつも付き添っているメイドが走り寄る。

 流石に今日は終わりだろうか。


「リオル様、大丈夫ですか?」

「はぁはぁ……大丈夫。まだ走るから、待っててくれるかな?」

「ですが……今日は雨も降っていますし、お休みされた方が良いのでは?」

「ごめんね。まだやらせて欲しいんだ」


 リオルは立ち上がると、困ったように苦笑いを浮かべていた。


「ボクって自分のやりたいことは死んでも諦めたくない性格だから……もう少し頑張りたいんだ」


 やりたいことは死んでも諦めたくない。

 その言葉がラウラの胸に突き刺さった。

 どうして、自分は諦めてしまったのだろうか?

 あんなに騎士に憧れていたはずなのに、ずっと努力を積み重ねていたのに。

 たった一度否定されただけで、周囲に圧をかけられただけで立ち止まってしまった。

 『死んでも諦めたくない』。そう言い切れるリオルが羨ましくて、眩しくて、憧れた。


 気がつけばラウラは中庭に飛び出していた。ザーザーと体に降りかかる雨が冷たい。

 だが、おかげで頭がすっきりとしていた。

 まるで深い霧から抜け出して、山の頂から朝日を見下ろしているようだ。


「ご一緒いたします」


 ラウラはリオルに並んで走り出す。

 横に並んでみると、リオルは思っていたよりも背が小さかった。

 リオルはきょとんとラウラを見上げたが、すぐにニコリと笑顔を見せた。


「ありがとう。一緒に走って貰えるとやる気が出るよ!」 


 降りしきる土砂降りの中で、心は晴れやかだった。

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