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第4話 完璧な計画?

 オライオン侯爵家の屋敷は広い。

 特に家の顔と言える玄関口は豪華に飾りつけられており、二階へと続く巨大な階段の踊り場には侯爵のふっくらとした肖像画が飾られていた。

 そんな広い玄関ロビーだが、今は使用人たちが集まってごちゃごちゃとしていた。  

 メイドやコックから、領地の経営を補佐している事務官まで集められている。

 それだけ大きな事件が屋敷で起こったのだ。


 階段の踊り場に肖像画を背にして男が立っていた。

 枯れ木のように細い、神経質そうな中年男性だ。

 男の名は『メイソン・ノットリー』。

 オライオン家に仕える家臣であり、侯爵が留守の間は領地や家に関する全てを任されている。

 いわば侯爵の右腕だ。

 メイソンはこほんとわざとらしく咳をして口を開いた。


「もう知ってる者もいるが……昨夜、リオル様が誘拐された」


 メイソンの言葉を受けて、波が広がるように騒ぎが広がる。

 当たり前である。リオルはオライオン侯爵家の嫡男。未来の当主様だ。

 オライオン家で二番目に敬われて大事にされる存在。

 そんなリオルが屋敷から誘拐されたとなれば大問題だ。

 オライオン侯爵の耳に入れば、責任を追及されて誰かしらの首が物理的に飛ぶだろう。


「リオル様が誘拐……騎士たちは何をしていたんだ?」

「いつものように酒でも飲んでたんだろう。当家の騎士団は見た目だけの役立たずだからな」

「騎士団は通常通りに業務をしていた!! 噂ではメイドが手引きしたと聞いたぞ!?」

「わ、私たちは関係ないわよ!? アイツが一人でやったことで……!!」

「どうだかな。陰でこそこそとリオル様を罵倒しているのがバレていないとでも?」

「そ、それはリオル様が我がままばかり言うから――」

「落ち着きなさい!!」


 責任の押し付け合いを始めた使用人たち。

 見かねたメイソンが一喝する。

 静まった使用人たちを順番に見つめて、メイソンは小さくため息を吐いた。


「今は一刻を争う状況です。無駄な言い争いをしている場合ではありません。誘拐犯たちは身代金を要求するメモを置いて行きました」

「そ、それを支払うのですか?」

「もちろんです。リオル様の命が守れるのならば、多少の金銭は仕方がありません。早急に金を用意して、王都に出ている侯爵様へ報せを出します。お許しが出たら、すぐに金の受け渡しができるように準備をしなさい」


 メイソンの指示を聞いて使用人たちは落ち着きを取り戻す。

 リオルの誘拐に慌てていたが、現実的な解決法を提示されて状況が理解できたようだ。

 こうしてオライオン家が一丸となれば、リオルを助け出すことができるだろう。


(ま、誘拐犯を差し向けたのは私なのだがな)


 メイソンは口元を隠し、ニヤリと笑みを浮かべた。

 ここまでリオンの誘拐計画が上手くいくとはメイソンも思わなかった。

 都合が良すぎて笑みがこぼれてしまう。


(あのメイドは最後まで自分の意思で誘拐を手引きしたと思っていただろうな。すべては私が計画したことだと言うのに)


 金に困っているメイドに、さりげなく抜け道のことを教えてやった。

 領内で問題になっている人さらいどもが利用する酒場に、リオルが使用人たちに疎まれている噂を流した。

 後は両者が出会えるように、ほんの少し動かしてやったらうまい具合に誘拐を計画してくれたのだ。


(これで失敗作のガキが消えてくれる……誘拐犯どもには子供を殺す異常者が混じっていると聞いた。リオルが生きて帰ってくることはないだろう)


 メイソンの目的はリオルの殺害。

 なぜならリオルはメイソンにとっての失敗作。居るだけ邪魔なガキなのだ。


(上手く手懐けて俺の傀儡にしてやろうと思ったのに、うっかり甘やかしすぎて命令を聞かないクソガキに成長したからな。リオルが死ねば侯爵も新しい子供を作ってくれるだろう。今度の子どもこそは上手く手懐けてやるさ)


 メイソンはオライオン侯爵家の乗っ取りを狙っていた。

 その手段としてリオルを手懐けようとしていたのだ。

 しかし、結果は大失敗。

 甘やかせすぎたリオルは誰の言う事も聞かないクソガキに成長して、メイソンの命令に従う傀儡にはならなかった。


 ならば、とメイソンは次の子どもに期待したのだが、なぜか侯爵は他に子供を作ろうとしない。

 普通の貴族ならば『保険』として子供を複数人作るのは当たり前なのに、なぜかオライオン侯爵は頑なに子供を作らなかった。


 しかし、リオルが死ねば話は変わる。

 嫡男が居なくなれば家の断絶が決まる。

 それは侯爵も避けたいはずなので、新しい子供を作ってくれるはずだ。

 次の子どもは上手く手懐けて、メイソンは侯爵家の実権を握るのだ。


(ククク……侯爵家が俺の手に落ちるのも、そう遠くは無いな……)


 メイソンは侯爵家を乗っ取った未来を想像して笑みを浮かべる。

 侯爵家の所有する広大な土地と財産を己の物と出来るのだ。

 莫大な権力と金! それがあれば、酒も女も溺れるほど楽しめる!!

 まさに人生はバラ色だ!!


 バタン!!

 屋敷のドアが勢いよく開かれる。

 膨らんだ風船が破裂するように、メイソンの妄想がはじけ飛んだ。

 振り向いた使用人たちが唖然と玄関を見つめていた。メイソンも何事かと目を向ける。


「……り、リオル様!?」


 ドアを開けて屋敷へ入って来たのはリオルだった。

 なぜか黒髪の少女を両手で抱えている。

 リオルも少女も、薄汚れてはいるが()()()()()健康体だ。


「ど、どうして生きて――ッ!?」


 思わず口走ったメイソンは、ハッと口を押える。

 『どうして生きている』なんて、まるで死んでいるのが当然のような言い草だ。

 そんなの怪しいに決まっている。

 メイソンは冷や汗をかきながらリオルを見つめた。


「……隙をついて逃げ出してきたんだ。この子は一緒に捕まっていた女の子。悪いけど、誰か看病して貰えるかな」


 リオルが応えると、近くに居たメイドが『あ、お預かりします……』と困惑したように少女を受け取った。

 メイソンはホッと冷や汗を拭う。

 どうやら、メイソンの失言は聞かれていなかったらしい。


「り、リオル様がご無事で良かった!! ちょうど、リオル様を救出するための準備を始めようとしてたところなのです!!」


 メイソンはリオルに駆け寄る。

 さりげなく『今から助ける途中だったんですよー』とアピールだ。

 自分の失態がバレないように必死である。


「……本当に無事で良かったのかな」

「……は?」

「今まで、メイソンたちには迷惑をかけていたからね。もしかしたら、ボクに死んで欲しかった人も居たかもしれない」


 リオルの言葉は本心から出た心配だった。

 前世の記憶を思い出して、リオルは大きなショックを受けた。

 前世の倫理観が、リオルとして生きて来た人生に拒否感を示しているのだ。

 端的に言えば、ちょっとヘラって自虐的になっていた。


 しかし、立場が違えば言葉も違って聞こえるものだ。

 リオルの言葉を聞いて、メイソンは滝のように冷や汗を流した。


(ま、まさか、俺の計画がバレているのか!?)


 リオルの言葉が『誰かさんはボクに死んで欲しかったみたいだけど?』とメイソンに圧をかけているように聞こえたのだ。


 リオルに計画がバレたのはマズい。

 メイソンが誘拐を誘発したという証拠は残っていないはずなので、すぐに裁かれる恐れはない。

 しかし、リオルは気に入らない人間を徹底的に潰す性根の腐ったクソガキだ。

 メイソンが誘拐に関与した決定的な証拠が無くても、てきとうにでっち上げて潰しに来るかもしれない。

 侯爵家の嫡男が黒といえば、多少無理筋でも黒にされてしまうのだ。

 まぁ、実際にメイソンはリオルの暗殺を狙っていたので真っ黒なわけだが。


 先ほどまで頭に浮かべていたバラ色の妄想から一転。破滅の足音が全力疾走でメイソンに駆け寄って来た。

 このままで人生が終わる!!

 メイソンはダラダラと流れる汗をハンカチでふきふきと拭きまくる。

 拭きすぎたせいで、少し薄くなっている頭皮がピカピカに磨かれて輝いていた。


「り、りりりりり、リオル様が死んで喜ぶものなどいませんぞ!? そ、そうだろう!?」


 メイソンはコールが止まらない電話みたいに動揺していた。

 なんとかリオルにごまをする。

 ごますりに巻き込まれた使用人たちは『まぁ……』『そ、そうですね』と困惑気味。


「……そうだね。少し面倒なことを言ってしまった。メイソン、気づかってくれてありがとう」

「い、いえいえ……と、とりあえずリオル様もお疲れでしょうから、まずは風呂に入って体を休ませてください」

「うん。そうさせてもらうよ」


 優しく気づかわれたリオルは嬉しそうに、にこりと微笑んだ。

 その笑顔を見てメイソンはびくりと体を震わせた。

 元のリオルは人に柔らかい笑顔を向けることなんて無かった。

 リオルが笑うのは愉悦を感じているときか、悪いことを思いついたときくらいだったのだ。

 つまり、リオルが人に向ける笑顔とは敵対者への死刑宣告みたいな物なのである。


「おい、メイソン殿が泡を吹いて倒れたぞ!?」

「え、大丈夫!?」

「は、早く医者を手配するんだ!!」


 ストレス過多でメイソンがぶっ倒れたことで、屋敷は騒がしくなった。

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