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第3話 強くてニューゲームは好みじゃない

 リオルが目を覚ますと牢屋だった。

 ランプの黄色い光がごつごつした岩肌を照らしている。どこかの洞窟なのだろう。

 ぽっかりと開いた横穴を塞ぐように、金属の重い格子が付けられている。


 身じろぎをしようと腕を動かしたら、ガシャリと金属がこすれた。 

 手錠がかけられている。手錠から伸びた鎖は壁に繋がっていた。これでは身動きが取れない。


「お、リオル坊ちゃんが目を覚ましたな?」


 牢屋の外に男が居た。

 ニヤニヤと軽薄そうな笑みを浮かべてリオルを見下ろす。

 その声には聞き覚えがある。気を失う前にメイドと話していた声だ。


「……あなたは誰で、ここはドコですか?」

「あん? なんか聞いてた感じと違うな……わがまま放題の坊ちゃんなら、まずは泣き叫ぶと思ったんだが……」


 男は怪しむように目を細めた。

 たしかに元のリオルなら泣き叫んでいただろう。今のリオルは冷静すぎて不自然かもしれない。

 しかし、リオルは演技なんてできないので、怪しまれてもどうしようもない。


「……まぁ良いか。俺たちはお前を誘拐してきた人さらいだ。あちこちで子供や女をさらって、金持ちに売ってる働き者だ。お前は身代金を取るために誘拐してきたから、売られることはないけどな」


 リオルは誘拐されたらしい。

 彼らの目的は金のようだ。侯爵家の嫡男ともなれば、莫大な身代金を請求することができるだろう。

 貴族家の子どもが誘拐されたなんて恥さらしだ。『家の警備すらできない貴族』だと笑われてしまう。

 口止め料も含めて金を払ってくれるだろう。


「そしてココは山中にある俺たちのアジトだ。どれだけ泣き叫んでも助けは来ないから、無駄に騒ぐのは止めてくれよ。うるさいと喉を掻っ切りたくなる」


 救助が来ることに期待するのは止めた方が良さそうだ。


(現状では大人しくした方が良いかな……どうせ金が払われれば助かるんだし……)


 誘拐犯たちにはリオルを害する理由も、固執する理由も無い。

 身代金が払われたら無事に帰れるだろう。

 牢屋で捕まっているのは不便だが、死ぬよりはマシである。


(これもリオルとしての悪行が招いた結果……捕まっている間は反省でもしてよう……)


 侯爵家の嫡男であるリオルが、あっさりと誘拐されたのは自業自得な部分がある。

 リオルがまともな人間で、周囲から人望を集めていれば誘拐犯に売られることもなかっただろう。

 しばらくは牢屋で反省の時間だ。

 リオルはそう決めると、ごつごつした岩肌にもたれかかった。


 そんなリオルの姿は誘拐された十歳の少年とは思えない。

 疲れた社畜みたいな哀愁が漂っていた。

 誘拐犯も困惑したようにリオルを眺める。


「……なぁ、なんでお前はそんなに冷静なわけ?」

「こうして捕まっているのは自分の愚かさによる当然の帰結だと知ってるからです」

「なんでガキのクセに無駄に達観してるんだよ……怖ぇよ……」


 男はキモい虫を見つけた感じで、リオルにドン引き。

 しかし、リオルがただ大人しくしていることを理解したのか、白けたようにため息を吐いた。


「……なにか不満でも?」

「不満っつーか。期待と違ったからさぁ」

「期待?」


 リオルが聞き返すと、男はガチャリと鍵を開けて牢屋に入った。


「リオル坊ちゃんはさぁ、虫を殺して遊んだことはあるか?」

「……記憶にないです。あなたはあるんですか?」

「俺は大好きでさぁ、羽をもいだ虫が手のひらでもがいているのを見ると、安心感と興奮を感じたんだよ。命を握ってる征服感みたいなのが満たされてさ」


 男はにぎにぎと手を動かしながら興奮したようにニヤついていた。

 実際に虫を捕まえた時の感覚でも思い出しているのだろう。

 率直に言って気色が悪かった。

 リオルは『うげっ』と思いながらも、顔に出さないよう気をつける。


「……それは特殊なご趣味ですね。流石に今はやってないですよね?」

「ああ、虫を捕まえて遊ぶのは卒業したよ。もっと、良いのを見つけたからな」


 男はリオルの前にしゃがみ込むと、リオルの白く細い指を掴む。

 さわさわと手の爪を撫でられる。

 まるで電車で女性を触る痴漢みたいな手つきだ。ゾワゾワと背筋に寒気が走った。


「今は虫の代わりに子供で楽しんでるんだよ。一枚づつ丁寧に爪を剥がしてやると、良い声で泣き叫んでくれるんだ……」

「……ボクの爪でも剥がすつもりですか?」

「本当はそのつもりで楽しみにしてたんだが……お前じゃつまらなそうだからなぁ……」


 先ほどのため息はこれが原因だったようだ。

 リオルをいじめて楽しもうと思っていたのに、つまらなそうなガキだから期待外れだったのだろう。

 爪を剥がされたら痛いので、勝手に萎えてくれたのはラッキーである。

 そのままドコかに言って欲しい。気色が悪いので。


「そうですか。それじゃあ、もうボクに用はないですね?」

「そうだな。リオル坊ちゃんには用が無いんだが……ちょっと興奮してるから、勝手に楽しませて貰うわ」

「はぁ……?」


 リオルが首をかしげると、男は立ち上がってリオルから離れる。

 コツコツとわざとらしく足音を鳴らしながら、牢屋の隅へと向かった。

 そこには汚い毛布が転がっている。

 しかし、よくよく見れば人が隠れているようにこんもりと盛り上がっていた。

 男が近付くとビクリと毛布が震える。


「ほら、お楽しみの時間だぞ」

「いや……止めて……」


 男が毛布をめくると少女が現れた。

 黒い髪に猫のような耳が生えている。獣人と呼ばれる種族だろう。

 男は少女の腕を掴んで、無理やり立たせる。

 よく見れば少女の手には爪が無い。代わりに赤黒いかさぶたが爪を覆っていた。


「リオル坊ちゃんには俺のお楽しみを見て貰うわ。見てるうちに、いい感じに怯えてくれるかもしれないし」


 男は背中から少女を抱き寄せる。

 見ようによっては恋人のような抱きしめ方だが、男の手にはナイフが握られていた。

 ナイフの腹を少女の太ももに添えて、にやにやと笑みを浮かべる。


「爪は全部剥がしたし……今度は肉でも削いでいくか。屋台の肉みたいに、ちょーっとつづ削いでやるよ」

「止めてください……お願いします……」


 少女の声はかすれていた。泣き叫んで潰れてしまったのだろうか。

 男は少女の声を無視してナイフを動かす。そっと少女の太ももに刃を立てる。


「まずは太ももから――ぶばぁ!?」


 ゴツン!!

 ナイフが少女の肌を削ぐよりも早く、男の顔がのけ反った。

 子供の拳ほどの石ころが地面に転がる。

 男が額に手を当てると、べったりと血に濡れていた。


「どうせなら、足も拘束しておいたほうが良かったですね」

「この……ガキィ……!!」


 リオルは振り上げた足を下ろしながら呟いた。

 ココは洞窟だ。蹴り上げる石ころには困らない。

 男はリオルが石を蹴ったことに気づいたのだろう。

 顔を真っ赤にしてリオルへ迫る。


「……人質なら殺されないとでも思ってるのか?」

「実際にボクを殺したら金はとれない。殺すことはできないはずですよね?」

「舐めんじゃねぇ。殺してやるよ!!」

「どうぞ、ご自由に」


 男は振り上げたナイフをリオルへと下ろした。

 肉を引き裂く湿っぽい音が響く。リオルの胸元から服が赤く染まった。

 リオルの金色の瞳が光を失うと、力が抜けたようにぐったりとうつむいた。


「はぁ……はぁ……」

「おい、なに騒いで……お前、なにやってんだよ!?」


 騒ぎを聞いた男の仲間が様子を見に来た。しかし、すでに手遅れだ。

 男の手は真っ赤に染まっている。

 その様子を見て仲間は男に詰め寄った。


「お前、人質にまで手を出して……しかも殺したのか!?」

「……仕方ねぇだろ。このガキがウザかったんだ」

「ふざけんじゃねぇよ!! ガキを殺したら金が手に入んねぇだろ!!」

「うるせぇな。貴族には死体でも送りつけてやれば良いだろうが!!」

「そんなの通用するわけが――」

「仲間争いはその辺で止めときましょう」

「……は?」


 男たちがぽかんとリオルを見る。

 なぜかリオルを拘束していた手錠は、グニャグニャにねじ曲がっていた。

 自由になったリオルは胸元に刺さったナイフを引き抜く。


 真っ赤に染まっていたシャツは白へ戻る。

 引き裂かれたシャツは何事も無かったように修復される。

 まるでリオルが死んだことは夢だったみたいに、全てが元へ戻った。


「うすうす感じてたけど、やっぱり死ねないみたいだね」

「死ねないって……なにを言って……」

「あ、気にしないでください。こっちの話なので」


 リオルはにこりと微笑んでナイフを男たちに向ける。

 まるで敵意が無いと主張するような笑顔だ。

 しかし男たちの目には、人の皮を被った化け物が人の仕草だけを真似しているように見えた。


「あなたは虫や子供をいじめるのが好きだと言っていましたね」

「……だから、なんだよ」

「ボクはむしろ弱い物いじめは嫌いなんです。強くてニューゲームとか好みじゃなくて」

「強くて……なんだって?」

「ごめんなさい。例えが悪かったです……」


 異世界の人間に強くてニューゲームなんて言っても伝わらないに決まっている。

 リオルは首を振った。


「ともかく、弱い物いじめは嫌いなので、()()()()()()()()()()()()。すぐに消えて貰えますか?」

「……俺たちが弱いって言ってるのか?」

「そうですけど?」


 『当たり前でしょう?』とばかりにリオルは首をかしげた。

 対して男たちは顔を真っ赤に染め上げて眉を吊り上げる。

 『まるでタコみたいだ』とリオルはのん気に考えていた。


「舐めんじゃねぇよ。手錠を外したり、傷跡を治した程度の手品で騙されると思ったか? テメェはボコボコにして爪を剥がしてやるよ!!」


 男たちは武器を手に取ってリオルに迫る。


「それは残念です」


 次の瞬間には鮮血が舞い散った。

 男たちの首が一文字に切られ、バタバタと男たちが倒れた。


「命は大事にした方が良いですよ」


 リオルがナイフを手放すと、カラカラと音を立てて地面に落ちた。

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