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第14話 死亡フラグが立ちました

 メイソンは執務室で頭を抱えていた。

 ここ最近は不安で食事が喉を通らない。体重が減ってゲッソリと痩せてしまった。

 悩みの原因――リオルのことを考えると今でも震えが止まらなくなる。


(クソ!! あのガキは私が暗殺を差し向けたことを気づいてるんじゃないのか!? どうして、なにも動かないんだ!?)


 しばらく前にメイソンはリオルを暗殺するための計画を実行した。

 正確に言えば、メイソンが実行したわけでは無いが、細かいことは置いておこう。

 問題はメイソンが糸を引いた事件が失敗し、その原因がメイソンにあることをリオルに気づかれてるっぽいことだ。

 普通に考えて、自分を暗殺しようとした奴を見つけたら報復をする。

 リオルは侯爵の息子なのだがから、親に告げ口をすればメイソンなど一瞬で葬られる。


(ここ最近のリオルはやけに良い子ちゃんになって、なぜか女騎士と一緒に剣術の訓練を始めただけ……どうしてだ? どうして、俺のことを侯爵に報告しない? なにを企んでいるんだ……?)


 リオルの行動は不気味だ。

 人が変わったように良い人を演じ、真面目に剣術の訓練を始めた。

 それが何を目的としているのか分からない。


 分からないのは恐怖だ。

 リオルの謎行動が、メイソンの首をはねるための作戦に見えて来る。

 しかし、リオルの行動がどうメイソンに関わって来るのか分からず、ずぶずぶと思考は沼にハマって溺れていく。


 そもそも、リオルはメイソンのことなんて考えていないので、考えてもドツボにハマるのは当たり前だった。

 答えの無い計算を続けているようなものである。

 まるで絵に描いたライオンにビビる猿みたいに滑稽だが、恐怖の正体なんてものは意外とばかばかしい物である。

 しかし、恐れている当人には気づけない。


(ともかく、しばらくは大人しくしているしかない。下手に動けば足をすくわれる……リオルとの接触は最低限にして――)


 メイソンが逃げの一手を思考していた時だった。

 こんこん。

 部屋のドアがノックされる。メイソンが返事をするとドアが開かれた。


「こんにちは。仕事の邪魔をしてごめんね」

「り、リオル様……どうされましたかな?」


 入って来たのはリオルだった。

 思わず椅子から飛び退きそうになった。

 ビクリと体を震わせながらも、メイソンはなんとか自分の体を椅子に縛り付ける。


(いったい何の用だ? まさか、ついに私の息の根を止めに来たのか!?)


 リオルがカーペットを歩いてメイソンの机へと近づく。

 ふさふさとカーペットを踏む音が、メイソンには死神にの足音のように聞こえた。

 胃がキリキリと痛む。後で胃痛薬を飲もう。


「実はメイソンにお願いしたいことがあるんだよね」

「お願いしたいこと、ですか?」 

「まずは資料を見て欲しいんだけど」


 リオルは数枚の資料をメイソンの前に差し出した。

 どうやら屋敷の税収に関する資料の写しと、リオルが用意した資料のようだ。

 謎の図が書かれた紙も用意されている。


「その図はグラフと言って、オライオン領の税収の推移を現した図で、それを見て貰えば分かると思うんだけど――」


 その後、リオルによる説明が続いた。

 勘単にまとめれば、税が重すぎるせいで領民の生活が圧迫されている。

 特に農村では五年前に起きた飢餓の影響で農業用の牛が失われたが、生活に余裕が無いため新しい牛を買うこともできない。

 そのせいで農業に支障をきたしており、税収が下がっている。

 と言うものだった。


「だから、税率を下げて欲しいんだ。暮らしに余裕が出れば農村の人たちも牛が買える。そうなれば結果的に税収も増えるはずだから」

「……なるほど……この資料は良くできていますね。こちらには農村の住民から集めた意見書もある……数日前にリオル様が出かけていたのはこのためでしたか」

「そうだよ」


 三日ほど前にリオルは馬車に乗って出かけていた。

 どこに出かけていたのかと思ったら、農村を周って実情を確認してきたらしい。

 なんとも用意周到なことである。


 そして資料も良くできている。

 特に税収の推移を現した図――グラフは画期的な発明だ。一目で税収の浮き沈みが浮き彫りになっている。

 どう考えても、《《子どもが一人で作れるようなクオリティではない》》。


(これは……誰の差し金だ……?)


 異常な完成度の資料をリオルが一人で作ったとは思えない。

 なによりも、メイソンに減税案を出してくるなんて、狙ったとしか思えない。


(私が今の地位に居るのは二十年前から実施した増税案によって、領地の収入を伸ばしたからだ……なのに、今さら減税をしたら私の増税案が失敗したと宣伝するようなもの……こんなのは狙って出したとしか思えない)


 メイソンは侯爵の右腕と評されるほどの家臣だ。

 その地位を手に入れたのは、二十年前に提案した増税によって領地の収入を伸ばしたから。

 それによって侯爵に評価されて、今では侯爵の留守を任せられるほど信用されている。


 しかし、その増税が実は失敗でしたとなれば、今の地位は保てないだろう。

 間違いなく今のポジションからは落とされる。

 この減税案はメイソンにとっての弱点だ。あの増税のせいで収入が悪化しているなんて、侯爵に知られてはならない。


(この弱点をリオルが見つけたのはなぜだ……ガキが一人で気づけることじゃない。背後で何者かが糸を引いている)


 メイソンにとっての政治的な弱点を、リオルが一人で見つけられるわけが無い。

 ほんの少し前までは我がまま放題の無能なガキだったのだ。

 これは誰かが糸を引いてる。

 メイソンの脳裏に同僚である家臣たちの顔が浮かんで行く。メイソンが失脚して一番喜ぶのはアイツらだ。


 アイツらの誰かがリオルに入れ知恵をして、この減税案を出したのだろう。

 いくら侯爵から留守を任せられているメイソンでも、次期公爵であるリオルの意見は無視できない。

 相手がただのクソガキでも、その身分は重いのだ。


(……リオルが他の奴の駒となったなら……代替わりと共に俺が地位を失うのは確実……やはり殺すしかないか)


 メイソンの思考がカチリと切り替わった。

 追い詰められたネズミは猫を噛む。追い詰められたメイソンは覚悟を決めた。

 このままリオルと背後の何者かに追い詰められるくらいなら、先にリオルを始末してしまえば良い。


(こんな遠回りな手を使って俺を潰しに来たという事は、リオルは俺が誘拐を後押しした犯人だと感づいているが、決定的な証拠はつかめなかったのだろう。なら、リオルを殺してしまえば、減税案を握りつぶしておしまいだ)


 メイソンはにこりと微笑んで、リオルから受け取った資料を机へしまう。


「分かりました。このご提案は一度、預からせていただきます。慎重に考えなければいけない案件ですから」

「分かったよ。よろしくね」


 メイソンが上っ面の笑顔を見せると、リオルは嬉しそうに頷いた。

 自分が殺されることも知らずに、のんきなガキである。

 きっと屠殺される前の豚も、こんな風にのんきにしているのだろう。


「ところでリオル様は剣術に興味があるようですね。いかがでしょうか? ちゃんとした講師を招いてみませんか?」

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