第13話 風が吹けば桶屋が何とか
「リオル様? その剣はどうされたのですか?」
リオルが屋敷を抜け出してゴブリン退治をしてきた翌朝。
いつものように剣術の訓練をしていると、ラウラが首をかしげた。
リオルが手に持っている黒い剣を不思議そうに見つめている。
「あー、えっと……屋敷の倉庫部屋で見つけたんだ。カッコいいから使ってみようと思って」
「倉庫部屋……あんな所から見つけてきたのですか?」
リオルたちが住む屋敷には、ガラクタが詰め込まれ倉庫のようになっている部屋がある。
先々代の侯爵――つまりはリオルのひいひいお爺さんが集めた珍しい工芸品などが詰め込まれた無法地帯。
値が付くような物も無いため、誰も寄り付かない『開かずの間』である。
「……『呪われた剣』とかでは無いですよね?」
「いやいや、大丈夫だよ……たぶん」
実際には退治した『ゴブリン・デーモン(仮称)』から作りだした剣だ。
ひいひいお爺さんがどっかから集めて来た『いわくつきの剣』とかではない。
ただ、元になった素材が悪魔みたいなモンスターだったので、呪われる可能性は否定できなかった。
「それにほら、剣としても良い感じでしょ?」
「たしかに剣としては逸品のようですが……やっぱり不安ですね。手に負えないと思ったら、すぐに元の場所に戻してきてくださいね?」
「なんだか、犬みたいな扱いだ……」
捨て犬を拾ってきて怒られているような気分だった。
『この犬飼っても良いでしょ?』
『ダメ! 世話できないんだから元の場所に戻してきなさい!』
みたいな感じ。
「とりあえず、しばらく注意して使ってみるよ」
黒い剣についての話は終わり、その後はいつものように剣術の訓練をした。
剣術訓練の後は朝ごはんを食べて、勉強の時間だ。
侯爵家に生まれたリオルは父である侯爵が亡くなったら跡を継ぐ立場だ。
領地を運営するために勉学も必要となってくる。
幸いなことにリオルは日本で生まれ育った前世の記憶があるため勉強は楽勝――と言いたかった。
残念ながらリオルにとって日本で暮らしたのは遠い昔の記憶。『ドラグ・マキナ』の世界で戦い続けた記憶に埋まっている。
小学生くらいの知識しか残っていなかったので、楽勝とは言い難かった。
せいぜいちょっと優秀な生徒くらいの位置づけである。
「リオル様、少々よろしいでしょうか?」
「フェリシア? 先生はどうしたの?」
いつもの勉強時間。リオルが自室の机に座って待っているとフェリシアが入って来た。
本当であれば過程教師の先生がやって来る時間のはずだ。
「急用で遅れるそうです」
「ふーん?」
リオルの先生はキッチリとした時間にうるさいタイプの人だ。
リオルにうるさくは言わないが、自分が遅刻するようなことは無い人だった。
なんとも珍しことがあるものである。
リオルが不思議に思っていると、目の前にどさりと紙束が置かれた。
「な、なにこれ?」
「はい。時間を無駄にしないために、リオル様には領地の資料に目を通して頂こうと思いまして」
「領地の資料?」
「こちらはオライオン領の税収が記録されております。算術の勉強代わりに税収を確認しましょう」
「なるほど」
この世界には『算数ドリル』なんて都合の良い教材は存在しない。
なので自主的に勉強をしようと思ったら、このように実際の資料を使う必要がある。
リオルは置かれた資料をぺらぺらとめくる。敷き詰められた数字に頭がクラクラしてくる。
あんまり勉強は好きじゃない。
ただ、自分が住んでいる領地の経営状況と考えると、ちょっとだけ興味もわいてくる。
「たぶん収入は多いはずだよね? 侯爵家ほど領地が多ければ税収も増えるはずだし」
「他の領地と比較が無いので分かりませんね。データがありませんから」
「それもそうだよねー。税収を公開してる領地なんてないし」
「ただ、オライオン領の過去の税収と比較することはできます。こちらをご覧ください」
「これって……折れ線グラフ?」
フェリシアが出してきたのは折れ線グラフが書かれた紙だった。
しかし、不思議だ。
この世界ではグラフは発明されていない。
少なくとも『グラフを発明したよー!』なんて発表はされていない。
一部の超頭の良い人は勝手に思いついて使っているかもしれないが、一般的な人が使用できるような物ではないはずだ。
「折れ線グラフ? その言葉は存じませんが、こちらはオライオン領の税収を視覚的に分かりやすく表した図になります」
「そっかー」
もしかして、フェリシアが自力で思いついたの? 超天才だったりする?
リオルはフェリシアの才能に戦慄。
ちょっと冷や汗を流しながら折れ線グラフを眺めた。
「……なんか、五年前からガクンと税収が下がってるね」
「五年前は干ばつが続いて作物の収穫量が少なかったようです」
「干ばつ……だけど、その後の年もずっと税収が少ないのはなんでだろう。ずっと雨が降ってないわけじゃないよね?」
「はい。翌年以降の気候に問題はありません」
「なんでだろうねー……あ」
リオルはふと気づく。
五年前に干ばつが起きて作物の収穫量が少なかった。
つまり、その年は食べる物が無くて農村は飢餓状態に陥ったのではないだろうか。
「五年前に干ばつが起きた。そのせいで作物は少ないけどお腹は空く。お腹が減った人たちは牛を食べちゃったんじゃないかな?」
「牛を食べると税収が減るのですか?」
「牛は農業における大事な労働力。それを食べちゃったから満足に農業が出来てないとか?」
動画で見たことがある。
とある宗教では牛を食べることを禁じているが、その理由は牛が大切な労働力だかららしい。
牛はトラクターのような農具なのだ。
人間よりも馬力を出して農業器具を引っ張って畑を耕してくれる。
もし農家がお金に困ってトラクターを売ってしまったら、農業に支障が出るのは当然。
同じように、牛を食べてしまったら満足に農業ができなくなる。
「それなら新しく牛を買えば良いんだけど……」
「もしかして、税が重すぎて余裕がないのではないでしょうか?」
フェリシアがグラフを指差す。
二十年ほど前からジワジワと税収が上がっている。
これが領地が発展したことによる増益なら良いのだが……ただ増税をして収益を増やしているのなら問題だ。
ただ民衆の暮らしを圧迫して金を奪い取っているだけなのだから。
「もしかしたら、お父様は増税のせいで税収が下がってる可能性に気づいてないかもね。ボクからメイソンに報告しておくよ」
「はい。その方が良いと思います」
フェリシアは頷くと、そそくさと税収の資料を片付け始めた。
(……あれ? ボクの勉強は?)
その資料はリオルの勉強のために用意されていたはずだ。
オライオン領の税に関する問題はたまたま見つけただけ……のはずである。
しかし、フェリシアは資料を片付けると静かに頭を下げた。
「それでは失礼いたします」
「リオル様、遅れて申し訳ありません。すぐに授業を始めます!」
サッと部屋から去るフェリシアと入れ替わりに、家庭教師が部屋に入って来た。
なんか、タイミングが良すぎない?
首をかしげたリオルだったが、すぐに勉強の方に集中して疑問など忘れてしまった。




