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里帰り、するっす(後編)

「それじゃあ行くっす」

 唐草(からくさ)模様の風呂敷を背負ったゴロは、後ろにいる家族を振り返った。

「兄ちゃん、次はいつ帰ってくるの?」

「うーん、まだ約束はできないっすが、お正月にお休みを頂けないか相談はしてみるっす」

「またお手紙くれる?」

「もちろんっす!いっぱい書くっす」

「お仕事頑張ってね!」

「す、みんなも元気で。ばあちゃんのお手伝いしっかりするんすよ」

五郎(ゴロ)、これを持っておいき」

 弟達と別れを惜しんでいると、祖母が小さな風呂敷包みを差し出した。不思議そうに受け取ると、風呂敷の中から覚えのある匂いがした。

「少しだけど芋の煮っころがしだよ。帰りの道中でお食べ」

「ありがとうっす!大事に食べるっす!」

 大好物の祖母の手料理を土産に貰い、故郷を再び()つ寂しさが軽くなった。帰りは新幹線を使う。そこでゆっくり食べようといそいそと自身の風呂敷に包み直す。

「またいっぱいお話聞かせてねー!」

「バイバーイ!」

 見送ってくれる家族に同じように返しながら、ゴロは歩き慣れた田舎道を都会に向かって歩いていく。

 今回の帰省で、自分が家族の助けになれている事がわかったからだろうか。後ろ髪を引かれる思いはあったが、未知への挑戦に挑もうと家を出た以前より更に足取りが軽くなっている気がした。



 カードキーがピピっと鳴り、玄関のロックが開く音がする。

「ただいま帰りましたっす」

 ドアを開けたゴロは、思ってもみなかった光景に目をパチクリさせた。

「どってぃー先輩?」

 腕を組み、仁王立ちをしてこちらを見下ろしているどってぃーは、なぜかブスッとした顔をしている。

「遅い」

「す?」

「何しとってん。お前の仕事はまいの飯を作る事やろ。何日も休みやがって」

「す、すみませんっす。ぽってぃー先輩には許可を頂いてお休みさせてもらったのですが…」

「まい聞いてへん」

「す、その、聞いて頂くお時間がなくて…」

「時間は作るもんやろ。黙って休むとか社会人としてどうやねん、それ」

「す、すみませんっす」

 話そうにも話す隙を与えてくれなかったのはそっちなのだが、それを言うと余計に怒らせてしまう確信があった。というか、なぜ彼はこんなにも怒っているのだろうか。聞きたいが、とてもじゃないが聞ける雰囲気ではない。

「あ、あの、これ…」

 恐る恐る風呂敷からある物を取り出す。

「おいの故郷の名物、田舎まんじゅうっす。お土産にと思って…」

「フンッ」

 思いっきり鼻を鳴らしてひったくるようにまんじゅうの箱を手に取ると、どってぃーはビリビリと乱暴に包み紙を破き(ふた)を開けてまんじゅうを一つ口に入れた。もぐもぐと咀嚼(そしゃく)してからゴクンと飲み込み、クルッと背を向ける。

「田舎の味やな。オレンジジュースには合わへんけど、まあええやろ。早よ飯作れや」

「す、わかりましたっす」

 少しは機嫌を直してくれただろうか。心の内が全く読めないが、また何か言われる前にと荷解(にほど)きを後回しにしてゴロはキッチンへ走るのだった。



「あの、どってぃー先輩…」

「何やねん」

 背中から聞こえる声は愛想がなく素っ気ない。それ(ゆえ)に、ゴロは戸惑いを隠せないでいた。

「さっきのおやつ、お口に合わなかったすか?」

「ん~、別に」

「そ、そうっすか」

 そう言って(ほこり)を払っていたハタキを握り直した…のだが。

「どってぃー先輩…」

「何やねん」

()()、居づらくないっすか?落ちると危ないっすよ」

「これくらいで落ちるわけないやろ。まいの運動神経舐めんなよ。スーパールーキーやぞ」

「そ、そうっすか」

 やりづらい。正直めちゃくちゃやりづらい。帰省から戻ってからというもの、どってぃーは家にいる間なぜかずっとゴロの背中に乗っていた。

 弟達を背負って家事をしていたのでこのままでも仕事はできなくはないのだが、それはもっと小さい頃の話だしおんぶ紐もしていたから安全だった。だが、自分とどってぃーの体格差はそれほど大きくない。それに加えて、自分は四足歩行のクマなので掃除や料理をしているとどうしても体は垂直に近いところまで傾く。にもかかわらず、どってぃーはしっかりと背中に抱きつき、どれほど体が傾こうがビクともしない。本人は何でもないように言っているが、地味にすごいと思う。

 別に構わないのだ。やりづらくはあるが、仕事に支障をきたす程の事かと問われれば答えは(いな)である。ただ、理由もわからずひたすら背中に張りつかれ、かと言ってこちらが何を言っても返ってくるのは当たりのきつい言葉ばかりというのは、何と言うか体力以上にメンタルが削られる。お風呂に入る時や用を足している時はさすがに下りてくれたが、ドアの隙間からガン見してくるのだ。恥ずかしさを通り越して普通に怖い。

(よっぽど怒らせてしまったんすかね)

 帰ってきた時の様子から察するに、恐らく彼は社会人にあるまじき失礼を働いてしまった自分の仕事に対する姿勢に疑念を抱いているのだろう。何とか信頼を回復させなくてはと思ったところで、そもそも彼に信頼などされていなかった事を思い出しまた落ち込んだ。

「おい、ゴロー。そろそろ晩飯の準備しろや」

「す、わかりました……………っす?」

 反射的に返事をしたが、言われた言葉をよぉく頭の中で反芻(はんすう)し掴んだ違和感にピタリと手が止まる。

「ど、どってぃー先輩、今、何て…」

「せやから早よメシ作れて言うてんねん」

「そ、そっちじゃなくて…!」

 ブンッと後ろを振り返った勢いでどってぃーは背中から吹き飛ばされたが、クルクルと回り華麗に着地を決める。

「何すんねん、いきなり…」

「名前!」

 はぁ?とどってぃーの顔に大きな疑問符が描かれる。

「おいの名前、呼んでくれたっす!今!初めて!」

「…名前呼んだくらいでそんな喜ぶなや、子供か」

 プイッと顔を背けられたが、チラッと見えた頬は赤い。それを見たゴロはようやくどってぃーとの距離を一歩縮められた気がして喜んだ。

 一方、一連の流れをソファから見ていたぽってぃーは紅茶を飲みながら思った。

(素直やないな、あいつも)

─あんちゃん!あいつどこにもおらん!

 そう言ったどってぃーに帰省の旨を告げると、彼は驚きの声を上げていた。初めは黙って帰った事に対して怒っていたが、すぐにそれは別のものへと変わっていった。

─あんちゃん!あいついつ帰ってくるん!

─来週の頭や。昨日も言うたやろ

─あんちゃん!明日はあいつ帰ってくる⁉

─まだや。メシやったら、出前で好きなだけ頼め

─あんちゃん~、あいつまだ帰ってけーへん。出前飽きた

─そうか。早よゴロのメシが食えるとええな

─別にあいつのメシやなくてもいいし!でも、どうしてもって言うなら食うたってもいい

 毎日毎日、口を開けばゴロの事ばかり。寝言でも彼に絡んでいたと言ったら、どってぃーはどんな顔をするだろうか。本人も自覚しないままにすっかりゴロに胃袋を掴まれていた事も、伝えれば全力で否定するに違いない。これもひとえにゴロの努力の賜物(たまもの)と言ったところか。

 これで少しは態度を改めてくれれば(おん)の字だが、まあどってぃーの事だ。わがままが直る事はないだろう。それでも、二人の仲がいい方向へ向かい始めた事は喜ばしいと思っておこう。キッチンまでついていく弟の声を聞きながら、ぽってぃーはテレビのニュースに視線を戻した。

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