ショッピング、楽しいっす
「ゴロ、ショッピングに行こか」
「す⁉」
突然の誘いに、ゴロは持っていた雑巾をポトリと落とした。
「───あんちゃんあんちゃん!フードコート行こ!」
「タクシーの中でたらふくおやつ食っとったやろ。昼飯まで我慢や」
「え~」
不満そうに口を尖らせるどってぃーを宥め、ぽってぃーは後ろを振り返る。
「…息しとるか?」
「す、す、都会っす…都会の中に都会があるっす…」
ガタガタと体を震わせ、グルグルと目を回すゴロ。ずっとブツブツと何か呟いている姿が不審なせいで、周りにいるぬいぐるみ達はそっと距離を取っていく。
「ママー、あのクマ壊れてるよ?」
「シッ、近づいちゃダメよ。見ない振りしなさい」
(これやったら変装せんでも良かったかもしれんな)
家から距離のある場所とはいえ、かなり大きなショッピングモールだ。バレると厄介だと思って身に着けてきたサングラスだったが必要ないと判断し、ジャケットの胸ポケットに入れた。
「ゴロ、そんな緊張せんでもええ。いつも行っとるスーパーよりちょっと大きい場所っちゅーだけや」
「ちょっと…?おいの村が丸ごと入りそうなこの巨大な空間がちょっと…?分不相応っす。おいの身の丈に合ってないっす。かかか帰るっす…!」
「待て待て待て。落ち着け。大丈夫や。わいが一緒におるから、安心して楽しめ」
「すー…」
涙目のゴロの両肩に手を置き、ほら深呼吸やと語りかける。すーはーとやや荒めに息を吸って吐くと、とりあえず爪の先くらいの冷静さは取り戻す事ができた。
「お、お手数おかけしたっす」
「ん、ほな行こか」
今の会話の間に買い集めたらしいクレープやらアイスやらを抱え込んでいるどってぃーにも声をかけると、エスカレーターへと歩いていくぽってぃーの後をゴロも慌てて追いかけた。
*
「あんちゃん!このポロシャツ、アーガイル柄がカッコええ!こっちのバンドカラーもイカしとる!」
「せやな、どんどん試着してみ」
「あ!あれ欲しかったカーゴパンツ!ちょっと見てくる!」
「あんま遠くにいかんようにな。ゴロも気になる店あったら好きに入ってええで」
そう言ったぽってぃーの隣では、またしてもゴロがたくさんの疑問符に押し潰されそうになっていた。
「どってぃー先輩は一体何語を喋ったんすか…一つも理解できなかったっす」
「ああ、あいつはファッションとか好きやからな。トレンドは大体押さえとるで」
「と、とれんど…」
都会に出てきて色々なものを知ったつもりでいた。話題のドラマを観るようになったし、お気に入りのお笑い芸人もできた。ニュースで世の中の様々な出来事を知る機会もできたし、たまにだが漫画を読む事もある。
だが、どうやら自分が思っていたより世の中は更にずっとずっと広かったらしい。やはり自分のような田舎者ではダメなのだろうか。根っからの都会人、ぽってぃー達のような選ばれしぬいぐるみしか都会に馴染む事はできないのだろうかと悶々としていると、コツンと頭を叩かれた。
「何となく考えとる事はわかるけど、別に都会で生まれ育ったからって全員が全員流行りのもん全部把握しとるわけやないで。みんなそれぞれ好きなもんがあって、色んな考え方がある。都会は仰山ぬいぐるみがおるから、その分”好き”もあるってだけの話や。ゴロも興味ある事にはどんどん挑戦したらええ。おばあさんもそう言うて送り出してくれたんやろ?」
「す…そうっすね…その通りっす。おい、オシャレに挑戦するっす!都会の男になるっす!」
「微妙に話通じてへん感じするけど、まあええか」
そういえば、とぽってぃーが首を捻る。
「ゴロの私服って割烹着かエプロンしか見た事ないけど、持ってけーへんかったんか?」
「す、あるにはあるんすが、ばあちゃんが縫ってくれた甚平だけなのでこういった場所には合わないかと思って…あ、冬には捌いたクマの毛皮で作った上着を着るっす!とても暖かいっす!」
「前から思ってたけど、食材や服の材料としてクマを見るてどういう感情なん」
この手の話になると途端に目をキラキラさせるゴロにどんなリアクションを返せばいいのか、ぽってぃーがゴロと話をする上で唯一正解がわからずにいる問題である。
「ゴホン、ほな今日はゴロの服を見て回ろか」
「す、ありがとうございますっす!」
「えっと、四足歩行用のメンズブランドは…四階か。一個上やな」
エスカレーターの側にあるフロアガイドを確認すると、夢中で服を見ているどってぃーに移動すると告げてからぽってぃーと共に四階へ上がる。
先程まで見ていたのは二足歩行用の服を売る店ばかりだったのでピンと来ていなかったが、故郷ではまずお目にかからなかったようなオシャレな服がズラリと並んでいるのを見たゴロは目を輝かせた。Tシャツ一つ取っても色や柄がバリエーション豊かで、何だかワクワクする。
「これから暑くなってくるし、シャツとかええかもな。好きな色あるか?」
「そう、っすね…赤や黄色が好きっす。故郷の紅葉や銀杏を思い出すっす」
「赤と黄色…この辺とかどうや?」
いくつか手に取ってみせると、ゴロは好奇心に満ちた目でキョロキョロと広げられたそれらを見る。
「えっと…これとこれが気になるっす」
「ん、試着するか?」
「す」
にこやかな店員に促されて試着室へ入る。ドキドキしながら、ゴロはシャツを被る。鏡を見れば新鮮な格好をした自分と目が合い、気分が高揚するのがわかった。
「どや、着れたか?」
「あ、はいっす」
シャッとカーテンを開けると、ぽってぃーはお、と笑った。
「なかなかええやないか。似合っとるで」
「とても着心地がいいっす。気に入ったっす」
「そうか、もう一つも試してみ。あと、こんなんどうや?」
そう言うと、ゴロが着替えてる間に見つけたものを渡す。
「?これは…ツナギっすか?」
「サロペットって言うんや。まあ、オシャレなツナギやな」
デニム生地でできたそれは、すぐ側のマネキンがTシャツと合わせて着ている。
もう一度カーテンを閉め、マネキンを参考にもう一つ選んだシャツと一緒にサロペットを着る。先程とはまた別の印象だが、これも悪くないと口元が緩んだ。
「ぽってぃー先輩、おいこれを買うっす!」
元気良く宣言すると、ぽってぃーはおかしそうにしながらそうかと言ってくれた。
*
「こんなとこにおったんか、どってぃー」
「あ、あんちゃん」
フードコートでファミリー用のテーブルいっぱいに並んだ料理に囲まれていたどってぃーを見つけ、呆れたように声をかける。頬袋がパンパンでリスのようである。
ぽってぃーとゴロもそれぞれ好きな店で食べたいものを買ってくると、どってぃーと同じテーブルを囲んで昼食を楽しむ。初めてたこ焼きというものを食べたゴロは、西の中心の名物の美味しさに感動し、今度作ってみようと思った。
「あんちゃん、アイス食いたい」
「お前、着いてすぐ食っとったやんけ」
「ええやん。食いたい」
やれやれと首を振ったぽってぃーは、ゴロにも食べるかと尋ねる。
「アイスクリーム、っすか」
「色んな味あって楽しいで。どれにする?」
「えっと…ちょ、ちょっと贅沢してもいいっすか?」
意外な言葉にぽってぃーは驚いたが、これも新しい事への挑戦の一環なのだと気づく。
「構わへんで。贅沢言うても全部同じ値段やけどな」
「じゃ、じゃあ…チョコミントで」
モジモジとしながら小さくそう言うと、ポッと頬を染めるゴロにぽってぃーはキュンッと胸を撃ち抜かれるのを感じた。
「~~~っ、せやな!どんどん挑戦しよ!」
「ぽ、ぽってぃー先輩?」
涙を流しながら財布を手に走っていくぽってぃーに、ゴロはこてんと首を傾げる。
それから食べた爽やかな甘さはとても美味しく、楽しいショッピングの思い出となった。