すーぱーるーきー、参上っす
「お前誰や」
突然現れた謎のぬいぐるみに、ゴロは混乱していた。誰だと問いたいのはこちらの方である。雰囲気から察するに恐らく年下かと思われるが、全く尻込みをする様子がない。言い方は悪いが、立っているだけで偉そうなオーラが漂っている。不意に故郷で幼馴染だったガキ大将が思い出され、ゴクリと喉が鳴った。
「どってぃー、帰ったか。玄関で足拭けって言うてるやろ」
「あ、あんちゃん」
どってぃーと呼ばれた彼の後ろから、呆れた様子のぽってぃーが顔を覗かせる。対してゴロは、謎の彼が言った言葉に反応した。
「兄ちゃん…?」
「ああ、ゴロすまんな。紹介するわ。こいつはどってぃー、わいの弟や」
「ぽ、ぽってぃー先輩の弟…⁉」
「どってぃー、こちらはゴロ。今月から住み込みで働いてくれとるハウスキーパーや」
「ふーん」
片やビックリ仰天のものすごい形相、片や全く興味がなさそうに鼻をほじる。対照的な二人のリアクションに苦笑しながら、ぽってぃーはゴロに説明する。
「ドルチェには若手育成のための養成所があってな。どってぃーは研究生として所属しとるんや。近々ステージにも立つ予定で、ちょうどゴロが来た日から特別合宿で東の中心に行っとったんや」
「養成所、っすか」
「そう、よーえんち」
「幼稚園な」
えっへんとふんぞり返るどってぃーの言い間違いを指摘すると、そんなわけでとゴロに視線を向ける。
「今日からはこいつも一緒に生活するから、食事とか身の回りの世話頼むで」
「す、わかりましたっす!」
「おいお前。まい、腹減った。何か作れや」
「ま、まい?」
聞き慣れない言葉にゴロが戸惑っていると、どってぃーがあん?と顔をしかめた。
「まいはまいや。まいがどってぃーや」
「あ、は、はいっす」
説明になっていないが、恐らく彼の一人称なのだろう。無理矢理自分を納得させ、ゴロは先程の言葉に答える。
「今から買い出しに行くので、夕飯まで待ってほしいっす」
ゴロの返答に、どってぃーは今度こそはぁ?と不機嫌を隠す事なく表情を崩した。
「まいが腹減った言うたらすぐに何か出せや。おやつぐらいあるやろ」
「す⁉で、でも今おやつを食べてしまったら夕飯が入らなくなってしま…」
「お前、まいを何やと思てんねん。おやつ食ったぐらいで腹いっぱいなるわけないやろ」
「え、えっと…」
「どってぃー、ゴロもまだ不慣れやからあんまり強く当たったらアカン。出前取ったるから好きなの頼め」
「出前ー!まいな、まいな、カツ丼とー、ハンバーグとー、カレーとー、ステーキとー…」
ぽってぃーに差し出されたスマホをひったくり、出前アプリで次々と注文をしていく様を呆然と見つめるゴロの肩をぽってぃーはすまんなと叩く。
「あいつの胃袋は無尽蔵なんや。腹減ったって言い始めたらとにかく何か食わしたってくれ。ちなみに、肉が大好物や」
「す、だから肉料理をいっぱい出してくれというご要望だったんすか?」
「そういう事や」
ゴロはようやく今までの謎が解けるのを感じた。おもちゃがたくさんあったあの部屋はどってぃーの寝室で、ぽってぃーがしきりに肉料理を覚えさせようとしていたのも目の前の彼の嗜好に対応させるためだったのだろう。
同じぬいぐるみとは思えない、初めて見るタイプに動揺が収まる気配はなかったが、憧れのぽってぃーの弟だと言われてはハウスキーパーとしての腕が鳴るというものだ。エコバッグ程度では肉だけでも収まりきらないというぽってぃーの助言に従い、ゴロはリヤカーを引いて買い出しに出かけるのだった。
*
「どってぃー先輩、お野菜も食べないと栄養が偏るっす」
「まいピーマン嫌ーい。お前の肉と交換したる、よこせや」
「ど、どってぃー先輩、ちゃんとお湯に浸からないと体が温まらないっす」
「風呂とか水浴びたら十分やろ、それより風呂上がりのいちごミルク入れろや」
「あ、あの、どってぃー先輩…」
「何やねん、いちいちうっさい奴やな。あっち行けや」
「…」
「ご、ゴロ、大丈夫か?」
どよ~んとした空気を背負って洗い終わった皿を拭いているゴロに、ぽってぃーが気遣わしげに声をかける。この数日の間、どってぃーはそれはもう手のつけられないわがままっぷりでゴロを翻弄していた。用意した食事は自分が食べたいものしか口をつけない。外から泥だらけの姿で帰ってきては、掃除したばかりの床を土足で走り回る。挙句の果てには、自分の行動にあれこれといちゃもんをつけてくる(あくまでもどってぃーの主張である)ゴロを煙たがる始末。
故郷の弟達もやんちゃで手を焼いたものだが、どってぃーは一人でそれを大きく超えてくる。家を空けている間にどこの馬の骨ともわからないぬいぐるみが住みついていたのだ。彼にとって、自分はストレスの溜まる存在でしかないのだろう。
それでも、これほど嫌われるとさすがに落ち込まずにはいられない。未だに名前すら呼んでもらえていないこの状況にハァ~と大きなため息を零すゴロを見たぽってぃーは、あわあわと彼をフォローする言葉を探した。
「す、すまんな。どってぃーは幼稚園でも将来有望な人材っちゅー事で上から期待されとって、何かと甘やかされとるんや。わいは仕事でなかなか一緒におられへんし、どうにも言って聞かせる機会もなくてあんな感じに…」
「いえ…おいが口うるさくしてしまうのが良くないんす。もっとどってぃー先輩に信頼してもらう努力が必要なんす」
「おいお前、喉乾いた。100%のオレンジジュース入れろや」
ゴロの意気消沈など露ほども気づいていない、というか興味がないどってぃーが二人の会話に無理やり入ってくる。慌ててグラスを出して用意するゴロを不憫に思い、ぽってぃーが思わず呆れた声を上げた。
「どってぃー、さすがにやり過ぎや。ゴロはハウスキーパーやけど召使いやない。わがままも大概にしとけ」
「何でー?家の事するんがハウスキーパーやろ?せやったらそこに住んどるまいの世話焼くんもこいつの仕事やん」
「いや、世話を焼くのと顎で使うのは全然違うやろ。ゴロは年上なんやから、最低限の敬意は持っとかなアカン。こいつやのうて、せめて名前を呼べ」
「何でー?まい、スーパールーキーやで?芸事の世界に年齢なんか関係ないっていつも言うてるのあんちゃんやんけ。まいはすごい、すごいから年上とか関係ないねん」
「いや、それはあくまでもパフォーマンスをする者としての心構えの話であって、日常においてはむしろ年上は敬うべき存在や」
「何でー?たまたま先におったってだけやん。そんなん言うたらこの家に先におったんはまいや、せやからこいつはまいの下って事やろ?」
「いや、だからな…」
ああ言えばこう言う、とぽってぃーは頭を抱える。いつの間にこれほど口が達者になったのか。興味のある事には全力で取り組むのが彼の長所であり魅力だし、運良くパフォーマンスに関心を持ってくれたお陰で事務所内ではかなり評価を得ている。
だが、逆を言えば興味のない事からはとことん逃げる癖があるのが欠点だ。そして、やりたくない事から逃げられるようにするにはどうすればいいのかをしっかりわかっているのがまたタチが悪い。この必殺”何で何で口撃”を使われると、こちらが疲弊して折れざるを得なくなるのだ。
「あ、あの、どってぃー先輩…」
ジュースの入ったグラスを手渡しながら、ゴロはおずおずと口を開く。
「明日のおやつなんすが、クッキーというものに挑戦してみようと思ってるっす。チョコのやつとナッツのやつ、どちらがお好きっすか?」
「クッキー!そんなんどっちもに決まってるやんけ。いっっっっっっっっっっっぱい作れよ」
「す、が、頑張りますっす」
口調は変わらず偉そうだが、どってぃーの表情は期待に輝いている。ゴロもそれを感じたのか、先程よりは元気が出たようだ。
どってぃーのわがままは全く改善されないが、それでも何とか歩み寄ろうとしてくれるゴロの涙ぐましい努力と気遣いに感謝するぽってぃーだった。