芸能界、とんでもないっす(前編)
「いいよ~、どってぃー君。そのまま元気よくジャンプしてみようか」
「次の衣装の準備お願いしま~す!」
大勢のぬいぐるみ達が忙しなく動き回る。スタジオに響くシャッター音、眩しくタレント達を照らす照明。そのどれもが紛れもなく今目の前で起きている現実だ。
邪魔にならないように、いやこの空気に飲み込まれてしまわないように隅っこで壁の花となっていたゴロは、ガタガタと涙目になりながら震えていた。
(こここ怖いっす…!キラキラ世界怖いっす…!)
「───意識あるか?」
「す、す、これは夢っすか?都会エネルギーがすごすぎてもはや悪夢の域っす」
「安心せぇ、現実やと言いたいけど、それはそれで気休めの言葉にはならんのやろな」
撮影の合間に様子を見に来たぽってぃーだが、ゴロの状態を見てやっぱり連れてくるべきではなかっただろうかと反省する。普通ならこういった現場を見学できるというのは手を挙げたところで叶うものではないのだが、ゴロにはまだ刺激が強すぎたかもしれない。
それもこれも、キャシーが突然あんな事を言い出すからだとぽってぃーはこめかみを揉む。
─あなたも一度スタジオに見学に来てみない?
来月に控えたステージのパンフレット撮影をするため、どってぃーと一緒に東の中心に出張してくると伝えられたゴロが興味を持ったのを見て彼女がした提案は、ゴロの脳内をキャパオーバーさせるには十分すぎる威力があった。自分なんかがついていっても邪魔になるだけだと断ろうとしていたところに、タイミングがいいのか悪いのか幼稚園から帰ってきたどってぃーが更に畳みかけた。
─来たらええやん!まいのイカしとる姿見せたる!
要するに授業参観のノリである。いいところを見せて褒められたい、尊敬の眼差しを向けてほしい。子供の純粋で不純な動機が見え隠れするその言葉に押し切られる形で、ゴロは国で一番の都会東の中心に足を踏み入れる事となったのだ。
到着した昨日はまだ良かった。少しでもゴロの言うところの都会エネルギーを吸収して慣れてもらおうと、ぽってぃーは時間が許す範囲であちこち案内して回った。最初こそ怯えていたゴロだが、最先端の”映え”スポットや食べ物に涙目だった表情は次第に遊園地にでも来たかのようなワクワクしたものに変わり、同行していたどってぃーの勢いも相まってかなり楽しんでいたと思う。
しかし、ただ都会を歩き回るのと芸能の現場に触れるのとでは決定的に何かが違ったらしい。今日このスタジオに来てからというもの、ゴロはぽってぃーの側から離れようとしなかった。素人にあちこち勝手に動かれるのは困るので助かると言えば助かるのだが(むしろどってぃーの方が落ち着きがなかった)、ステージの演出に関わっている身として彼に付きっきりでいるわけにもいかないので、必然的に撮影が始まると離れざるを得なかった。
一応マネージャーについてもらってはいたものの、初対面の業界人と一緒にいたところでゴロの緊張バロメーターが下がる筈もなく。どうしたものかと隣にいたマネージャーと苦笑いする。
「キャシーさん入りまーす!」
スタッフの声がスタジオに響き、ステージで着る予定の衣装の一つを身に着けたキャシーが方々に頭を下げながら入ってくる。
そしてこちらに気づくと、パッと顔を輝かせて歩いてきた。
「ゴロ君、こんにちは。楽しんでもらえてるかしら?」
「この顔見てそれ言えるお前のメンタルがすごいわ」
「すー…」
消え入りそうなゴロの声を聞いたキャシーは、まあと口に手を当てた。
「そんなに緊張しなくていいのよ?ゴロ君は見てるだけでいいんだから」
「間違ってないけど、言い方」
「シャオパンさん、ティノさん入りまーす!」
キャシーの言葉にツッコミを入れていたぽってぃーだが、再び響いたスタッフの声にピクリと体を揺らす。
入ってきたのはパンダとティラノサウルスのぬいぐるみ。のんびりとした雰囲気を持つ彼らを見たぽってぃーは、少し明るい表情で声をかけた。
「シャオパン!ティノ!」
「あ、ぽってぃーだ~」
「わぁ、何か久しぶりだね」
声をかけられた二人も、明るくぽってぃーに近づいてくる。
「あ、あのお二人は…」
「えぇ、ゴロ君も知ってるでしょ?シャオパンとティノ。私がプロデュースしたグループ、トルタのメンバーよ」
「あれ~、見た事ないぬいぐるみがいる~」
「本当だ。ぽってぃーの新しいマネージャーさん?」
「あああああああの、おい、おい、あの…」
立て続けに現れたテレビの向こうの住人に、ゴロは気絶寸前まで追い込まれる。それに気づいたぽってぃーが、ポンと頭に手をやり笑いながら言った。
「すまんな。こいつはゴロ、わいのハウスキーパーや。今日はキャシーの誘いで見学に来とってな」
「へぇ~、そうなんだ~」
「ボク、ティノっていうんだ。こっちはシャオパン、よろしくね」
「す、す、よろしくお願いしますっす」
二人ともキャシーと同じく部外者の自分に優しく接してくれる。緊張でおかしくなりそうだったゴロも、彼らの柔らかい対応に硬直していた体が少し和らいだ。芸能人というものは違う世界に住む者だと思っていたが、ぽってぃー然りキャシー然りスターは内面もスターらしい。
「ふふふ、何だかこの顔ぶれが集まるのって久しぶりね」
そう言って、キャシーが嬉しそうに笑う。それを聞いたぽってぃーが、せやなと複雑そうに頷く。
「わいは西の仕事が増えたし、お前らはトルタの活動で分刻みのスケジュールやしな」
「そうなの!来年の頭には単独ステージをやらせてもらう事になってね。どんな内容にしようか、今みんなで相談中なのよ」
「へ、へー、それは初耳やわ。良かったな」
楽しげなキャシーとは対照的に、ぽってぃーの口元はヒクヒクしている。
「でも残念だわ。ぽってぃーもトルタに入ってくれてたら、同期四人で活動できてたのにね。きっとすごく楽しいグループになってたと思うの」
「しょうがないよ、ぽってぃーは君と同じくらいプロデュース力を評価されているんだから。ボクだってぽってぃーともっと一緒に仕事したいよ」
ティノに諭され、キャシーはシュンと揺らしていた尻尾を下げる。
「そう、そうね。そうよね。ぽってぃーなら、とても素敵なグループを作るわよね。私、楽しみにしてるわ!」
「お、おおきに」
「キャシーさん、お願いしま~す!」
「あ、呼ばれちゃった。じゃあ私行くわね」
手を振ってカメラの前へ移動するキャシーを見送ると、ティノが苦笑しながらぽってぃーに言った。
「顔が怖いよ、ぽってぃー。ゴロ君が心配してる」
「ハッ、す、すまんなゴロ」
「あ、いえ、大丈夫っすか?」
「ぽってぃーはね~、キャシーにどんどん先を越されてるのが悔しいんだよ~」
「こ、こら、シャオパン!」
間伸びした声でシャオパンが教えてくれた事実に、ゴロは意外そうに目をパチパチさせる。
「そうなんすか?」
「ボク達同じ時期にドルチェに入ったんだけど、ぽってぃーだけ出身が西の中心でね。それが理由で西の方の仕事を任される事になったんだけど、やっぱりこの業界って東の中心で活動してる方が注目度が高いからトルタを結成するのも早かったんだ」
「キャシーは素直でいい子だけど、素直だから無自覚でマウント取っちゃうんだよね~」
「まうんと?」
「簡単に言うと自慢かな。キャシーはそんなつもりないんだけどね。ぽってぃーは結構負けず嫌いだから、いつも悔しがってるんだよ」
「も、もうええやろそんな話。これ以上わいを辱めんとってくれ」
真っ赤になった顔を両手で隠すぽってぃーをシャオパン達がからかう様子を見て、ゴロは驚く。彼ほどのぬいぐるみでも、そんな風に思う事があるのか。
憧れの存在の思わぬ一面に、ゴロはいつの間にか自身の緊張が解けている事に気づかなかった。




