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副将戦 Ⅱ

 副将戦の戦場になっている平原のすぐそば、黒龍が運んで来た客車の中。魔導放送受像機(テレビジョン)を囲んで、キーラと黒龍がナナシの戦いを見守っていた。モニカは客車の上に立ち、眼鏡の望遠機能を使って生の戦いを録画している。


 一方的に攻め込まれているナナシの様子に、キーラがため息を吐いた。


「はぁ……こりゃあナナシのヤロー、全然気合いが足りてねえな」

「ええ~、ナナシたん真面目にやってくんなきゃ困るんですけど! 私が手ェ抜けなくなるじゃない。ふたりとも負けちゃったらポイント逆転されるんだからさあ」


 菓子をつまみながら黒龍がボヤく。ここまで来てポイントで負けたとなれば、ロジーナ王妃ブチ切れ待ったなしである。


「ウチらがちょっと頑張りすぎちまったな。まあ命がけの戦いで手加減なんざしてらんねえから、しょうがねえけど。ナナシも負ける気でやっちゃいねえとは思うけどよ……降参が許される状況で、しかも相手が女ときちゃあな。殺す気でやるにゃあ、ヤローは優しすぎんだろ」

「優しいだけじゃあ領主の資格はないわね。ちょっとはいいとこ見せないと、領地経営にも悪影響出るんじゃないの」


 キーラと黒龍が心配そうに覗き込む魔導放送受像機の中で、ナナシ渾身の反撃がディー=ソニアのカウンターを食らう。


 それでも、地面を打ちつけたナナシの攻撃の衝撃は、数百メートル離れた客車まで伝わって来た。もしも当たれば、たとえディー=ソニアと言えど無傷では済むまい。


「負けるなたあ言わねえけど、死ぬんじゃねえぞナナシ……」

 戦いの行方を祈るように見つめるキーラであった。


     ◆◆◆◆◆


 ディー=ソニアとナナシの攻防により、直径100メートルを超える範囲に渡って、地割れと爆発したような跡が広がっている。


 その中央で、ディー=ソニアは拳を腰だめに構えたまま、ナナシを睨み付けていた。視線の先では、攻めあぐねたナナシが動けないでいる。


 もしもこの攻防が闘技場で行われていたら、衝撃により闘技場そのものが崩壊していたであろう。ディー=ソニアは、この状況をもって近隣諸国に対する示威行為は達成と判断した。


 ディー=ソニアにとって、ナナシの攻撃は当たらなければどうという事もない。ナナシの耐久力と再生力が厄介ではあるものの、むこうが音を上げるまで叩きのめす自信もあった。


 しかし、格闘の素人を殴り倒して終わりでは、せっかくの機会が無駄になる。ディー=ソニアは構えを解くと、ナナシに向かって語りかけた。


「オーカイザー閣下! このまま延々とやりあっても面白くないでしょう。どうです、お互い順番に殴り合って勝敗を付けるというのは?」


 ディー=ソニアとしては、ただ勝ってもあまり意味がない。ナナシの身体能力を、己の技量で上回ってこそ、前世での鬱憤を晴らす事が出来るというものである。それは避け切って勝つよりも、足を止めての殴り合いで勝ちたいという渇望でもあった。


 この提案に、ナナシは否応なく乗るしかない。一連の攻防で、とても自分の攻撃が当たるとは思えなかったためである。神域同士の戦いとなれば、己の耐久力もいつかは尽きるだろう。


「わかりました、ディー=ソニアさん。それで、どちらが先に攻撃しますか?」


 ナナシがディー=ソニアに歩み寄りながら聞く。ディー=ソニアは不敵な笑みを浮かべ、自分の腹を指さして答える。


「貴方の攻撃をいちどは受けてみたいと思っていました。遠慮なさらずお先にどうぞ」


 そしてディー=ソニアは、やや膝を落し足を内股に締め、肘を曲げた両腕を体の前で垂直に立てる三戦(サンチン)立ちの構えを取ると、全身に闘気を巡らせた。ナナシの「剛腕爆裂(フルブレイク)」を正面から受け止めようというのである。


 ナナシの目にも、ディーソニアの体にエネルギーが充実してゆくのがはっきりと見えた。この状態ならば、生半可な打撃は通用するまい。


「では、行きます!」


 そう宣言したナナシは、ディー=ソニアの腹めがけて下突き(ボクシングでいう所のボディアッパー)のような軌道で拳を繰り出す。


 一瞬で音速を突破したその拳は、衝撃波を伴ってディー=ソニアの腹部へ深々とめり込んだ。ディー=ソニアは大地を踏みしめた両脚で地面を削りながら、30メートル程も後退させられる。


 三戦の構えを解いたディー=ソニアは大量に吐血した。だが真に恐るべきは神域に達するディー=ソニアの耐久力であろう。オークキングをも粉砕するナナシの打撃を受け、内蔵こそ損傷したものの、ほとんど外傷は見当たらない。


 ディー=ソニアは口元の血を手の甲で拭いながら、ナナシへと歩み寄る。すでに内臓の再生は終わっていた。


「うーん、神域の打撃はこんなもんじゃないでしょ? ひょっとして、相手が女だからって手を抜いてる?」


 睨み付けるディー=ソニアに、ナナシは慌てて答える。


「いえ! そんな事ありませんよ! 結構本気で殴ったつもりなんですけど……」

「もう少し必死でやってもらわないと、甘く見ていたら本当に死にますよ」


 そう言ってディーソニアは右拳を腰だめに構え、左手を軽く前方へと伸ばす。練られた闘気が全身を巡る様子を見て、ナナシは慌てて腹筋に力を込めた。


 次の瞬間、ディー=ソニアの右拳が音もなくナナシの腹部へと突き刺さった。


 音や衝撃波が発生するという事は、それらに運動エネルギーが消費されているという事である。ディー=ソニアの打撃は、ナナシへ接触すると同時に最高速度へと到達し、その運動エネルギーを余す所なくナナシの体内へと解き放ったのだ。


 恐るべきエネルギー量による衝撃は、ナナシの内臓を圧迫、粉砕し、圧縮による発熱で血液を沸騰させる。高温高圧の血液が全身へと強制的に送り出され、ナナシの体のあちらこちらがボコボコと沸騰するかのように膨らんだ。


 ナナシの肉体は、極寒の息吹(アークティックブレス)の使用等によって高温耐性を獲得している。そんなナナシの体さえも沸騰させる熱量。ディー=ソニアの、神域に達する筋力と、練り上げられた技による打撃の威力は、まさに想像を絶するものであった。


     ◆◆◆◆◆


 ナナシの体は各部が断続的に破裂し、大量の肉片と血液をまき散らしては再生を繰り返してゆく。闘技場に映し出されたその凄惨な光景に、観客席も大興奮である。


「ああーっと、ナナシ公爵のダメージは大きそうだ! しかしナナシ公爵、恐るべき再生速度でこの攻撃に耐えている! まさしく不死身の肉体だーッ!」


 熱狂する闘技場に、マクシミリアンの実況が響き渡った。


「こりゃあ大したもんだ。あの打撃、普通の生き(もん)なら跡形もなく消滅してんだろうが……ナナシの化け(もん)ぶりにも磨きがかかってんな。ただの殴り合いも面白くなってきやがった」


 美強が感心したように顎を撫でる。その隣でマイスラも感嘆の声を上げた。


「へえー、凄いわねナナシ! あの打撃で原形を保ってるなんて、神域の耐久力は伊達じゃないって事ね。でも、次の攻撃でディー=ソニアを倒せなかったら、その次の彼女の打撃には耐えられないと思うわよ」

「そりゃあ、これより上の技があるってぇ事かい。楽しみだねえ」

「まあ、集中と溜めが必要だから、本人もまだ実戦では使えないみたいだけど。こうやって交互に殴り合う形式にしたのは、それを使う布石だと思うわ」


 解説役のふたりの会話に、マクシミリアンが突っ込む。


「おおーっと、ここまで手の内をばらしてしまっていいのか? この実況、あちらの待機場所には聞こえているぞ! しかしナナシ公爵、これは後がなくなった! 果たして次の攻撃でディー=ソニアを倒す事が出来るのか!」


     ◆◆◆◆◆


 数秒間続いた破裂も収まり、全身から蒸気を立ち昇らせながら、ナナシは大きく息を吐いた。


 いくら神域の耐久力があるとはいえ、この世界に転生したばかりの頃ならば、跡形もなく消滅していたのは間違いない。数多の強敵との戦いが、ナナシ自身の耐性や耐久力、そして再生能力を大きく向上させていた。


 再生が終わったナナシに向かって、ディー=ソニアが声をかける。


「さあ、そろそろ本気を出さないと、次の攻撃で完全消滅させますから。気合い入れてかかってきて下さい!」


 今の攻撃を踏まえた上での発言ならば、ディー=ソニアにはそれだけの自信があるのだろう。ナナシはディー=ソニアを無力化するための方法を考える。


 ナナシの武器は、神域をも超える筋力151。それは現実の物理法則を無視し、神の(ことわり)をも凌駕する。この力をもって、ディー=ソニアに外傷を与えぬまま気絶させる事が出来るだろうか。


 ナナシはディー=ソニアの前に立つと、拳を引いて構える。これが失敗すれば、恐らく次の攻撃で自分の命は無いだろう。ナナシの集中力が高まり、拳へエネルギーが集まってゆく。


「では、行きます」


 ナナシの宣言に、それまで三戦立ちで十分に闘気を練っていたディー=ソニアが小さくうなずいた。


 格闘技経験者ならば、打撃で意識を失わせるために、頭部、特に脳への衝撃が必要だと考えるだろう。しかし格闘技に関しては素人のナナシは、己の神域を超えた筋力を頼りに、腹部への打撃による失神を試みた。


 そうして放たれたナナシの拳は、ディー=ソニアの経験から見ても凡庸な下突きに過ぎない。だがディー=ソニアは、真剣なナナシの表情や、拳へ込められた魔力の流れから、この打撃を甘く見てはいなかった。


 神域すら超えた筋力による打撃がいかなるものか。ディー=ソニアに深々と突き刺さったナナシの拳から、運動エネルギーが意志を持ったかのようにディー=ソニアの体内を駆け上がろうとする。


 しかし次の瞬間、ディー=ソニアの足元の地面が亀裂と共に陥没した。ディー=ソニアが体内で闘気の流れを操り、ナナシの攻撃を地面へと受け流したのだ。


 前世での数十年に渡る空手の修行と、転生後の十数年に渡る魔力操作の修行は、ディー=ソニアの受け流し技術を達人の域にまで到達させていた。もし仮に、ナナシの筋力が神域に収まっていれば、ディー=ソニアは全てのエネルギーを地面へと流せたであろう。


 だが、その技術をもってしてもなお、神域を超えたナナシの攻撃を受けきる事は出来なかった。


 ディー=ソニアがコントロールしきれなかったエネルギーは、ナナシの意志通りディー=ソニアの頭部へと至り、彼女の神域に達する耐久力をものともせずその意識を刈り取る。ディー=ソニアは白目をむいて失神した。


 ナナシはそんなディー=ソニアの様子を見て、ホッと息を吐く。これで決着とばかり、背を向けて数歩歩き、そして違和感に気付いた。


 決着の宣言がなされないのだ。


 ナナシは慌てて周囲を見回す。闘技場から離れているとはいえ、決着が付けば何らかのアクションがあるはずだ。そして振り向いた先には、意識を失ってなお三戦立ちのまま倒れぬディー=ソニアの姿があった。 

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