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次鋒戦 Ⅰ

 先鋒戦から3時間後、闘技場のグラウンドは土魔法により造成された巨大なプールと化していた。


 並々と(たた)えられた水は近くの川から引き込まれており、その水量は実に9万立方メートル、水深は15メートルにも及ぶ。休憩から帰って来た観客たちも、この大仕掛けに大興奮であった。


「さあ、いよいよ次鋒戦の開始時刻となりました。どうやら次鋒戦は海戦を模した戦いになるようですね。これは相当ルビオナ王国に有利なのでは? 解説の獣兵衛さん、どう思われますか」


 闘技場にマクシミリアンの実況が響く。


「こりゃあイーダスハイム側も思い切ったな。まあ先鋒戦のあれこれを通すためにこっちを譲歩したのかもしれねえが、半魚人(サハギン)手練(てだ)れ相手に水中戦たあ恐れ入るぜ」

「なるほど、舞台設定も駆け引きのうちという事ですか。なお、現時点での賭け率はゼージュンゲル1.4倍対カレン卿2.6倍となっております。先鋒戦の結果から、少し穴狙いが増えたという所でしょうか。条件の不利ほどは賭け率の開きが無いようにも思われます」


 賭け率の話を聞いたマイスラが、にやりと笑みを浮かべる。


「まあカレンの装備を見たら、賭け率はもっと動くかもよ」

「おっと、解説のマイスラさんからまたもや新情報が! さあ、両陣営の入場です。最初に姿を現したのはルビオナ王国次鋒、水神流殺法の使い手、魔王七本槍の伍の槍、怒涛(ビッグウェーブ)ゼージュンゲルだーッ!」


 西側の入場口から泳ぎ出たのは、体長7メートルの(シャチ)に酷似した海獣の背に乗ったゼージュンゲルであった。


 ゼージュンゲルは、装飾の施された(あん)上で、三叉の槍を大きく振り回して見せる。紺碧(こんぺき)の鱗と青い部分鎧が陽光を反射して(きら)めく様は、亜人に分類される半魚人(サハギン)でありながら、観客たちに畏敬の念を抱かせる美しさがあった。


「なんとゼージュンゲル、(ホロガ)に乗って登場だーッ! 冥府の魔物とも言われる海獣を、軍馬のごとく乗りこなしているぞーッ!」


 続いて東側の入場口が開くと、こちらからも巨大な魚影が泳ぎ出る。


「おおーっと! カレン卿、巨大な(シラ)に乗って登場ッ! これはまさかゴーレムなのか!? ゼージュンゲルの鯱に勝るとも劣らぬ巨体だーッ!」


 純白の全身鎧に身を包んだカレンが騎乗するのは、こちらも純白の装甲で覆われた全長7メートル半の鮫に酷似したゴーレムであった。カレンの全身鎧は密閉式の防水鎧となっており、魔法陣による循環呼吸が可能である。これにより、長時間の水中戦にも耐えうるのだ。


 カレンは、鮫から伸びるサブアームに取り付けられた、長さ3メートルを超える長大なランスと、騎乗用のヒーター・シールドを構える。対するゼージュンゲルは、三叉の槍を両手で構え、試合開始の合図を待つ。


「水中戦という事で圧倒的にゼージュンゲル有利かと思われた次鋒戦、なんと互いに騎乗しての入場だ! これは勝敗の行方も分からなくなって来た! 賭け率も1.7倍対1.9倍と接戦だ! さあ、開始の合図だ!」


 マクシミリアンの実況に続き、試合開始のラッパが響き渡る。


「いざ! 水神流殺法、アクアカッター!」


 先手を取ったのはゼージュンゲルであった。槍の穂先を水中にくぐらせながら鋭く振り抜くと、巻き上げられた水が鋭い刃と化してカレンを襲う。


 並の鉄なら切断するほどの切れ味を誇るアクアカッターを、カレンは意に介さず突撃を仕掛ける。ゴーレム鮫の流線形ボディに対し、入射角の浅いアクアカッターは弾かれてしまう。


 鮫のボディで止まらなかった分は盾で受け流しつつ、カレンはゼージュンゲルへ長大なランスを突き入れた。しかしゼージュンゲルを乗せた鯱が、体軸を中心にくるりと回転し、騎手を水中へと逃す。


 鯱がそのまま1回転するのに合わせて、ゼージュンゲルは水中からゴーレム鮫の腹へと攻撃を仕掛ける。体重7トンを超える鯱の回転モーメントと、ゼージュンゲルの技量が合わさった刺突がゴーレム鮫を襲う。


 これに対し、カレンは魔力による武器強化で、ゴーレム鮫の耐久力を大幅に引き上げて対抗する。さらにゴーレム鮫が体をひねって刺突を()らす事により、ゼージュンゲルの攻撃は装甲を削るに(とど)まった。


 すれ違った両者は大きく旋回し、闘技場の両端から再び突撃を開始する。


 突進する鯱の背中から、ゼージュンゲルが大きく跳躍した。鯱の体当たりで体勢が崩れた所を上空から狙う作戦である。そうはさせじとカレンもゴーレム鮫から跳躍し、ゼージュンゲルを空中で迎え撃つ。


 ランスをゴーレム鮫のサブアームに残したまま跳躍したカレンは、腰から片手剣を抜き、ゼージュンゲルの三叉槍と渡り合う。達人同士の苛烈な技の応酬が空中で繰り広げられる。


 いっぽう、水中では鯱とゴーレム鮫の巨体が激しくぶつかり合っていた。ゴーレム鮫も水に浮くという条件を満たすために、総重量は生身の鮫とそこまで違いはない。そのため、巨体同士の激突はほぼ互角の状況であった。


 装甲の硬さでゴーレム鮫に分があるかといえば、鯱の魔力で強化された牙は、その装甲をも容易に貫く威力を備えている。かたやゴーレム鮫はGF(ゴーレムファイター)ネットワークにより、ゴーレム(ブレイン)の支援を受けており、その戦闘能力はただの鮫を遥かに凌駕していた。


 空中での攻防が終わり、両者が距離を取ると、それぞれの騎獣も主人を乗せるため落下地点へと急ぐ。ゴーレム鮫も鯱も致命傷は無いものの、体表は傷だらけであった。


 痛みを感じぬゴーレム鮫はともかく、鯱はそこそこ深い傷から幾筋も血を流しており、このままでは失血による戦力低下も免れない。


 カレンたちから距離を取って泳ぎながら、ゼージュンゲルは海王神に『生命の水』を祈念した。これは生命の起源たる海を司る海王神の権能により、周囲の水に回復作用を付与する奇蹟である。『生命の水』の作用により、鯱の傷はみるみるうちに塞がってゆく。同時にゼージュンゲルの傷もまた、振りかかる水しぶきによって癒される。


 水上戦では互角と見たゼージュンゲルは、鯱を操り水中へと潜った。カレンも即座に応じ、戦いは水中へと移行する。ゴーレム鮫の装甲は傷だらけだが、浸水による影響は感じられない。


 ゼージュンゲルの騎乗する鯱が、カレンに向けて超音波を放つ。水中における音速は空気中の速度の4倍を超える。大型の魚ですら昏倒させる音の衝撃がカレンを襲う。


 しかしイーダスハイム側も、想定される攻撃は既に対策済みであった。鎧下の緩衝材と身体強化により、超音波攻撃を無効化すると、お返しとばかりにゴーレム鮫も超音波を放つ。


 とはいえゼージュンゲルと鯱にしてみれば、慣れた攻撃である。身体強化により軽く受け流すと、ゴーレム鮫のさらに下へと潜り込む。


 深さ15メートルのプールの底すれすれまで潜ったゼージュンゲルは、斜め下からゴーレム鮫を狙って突撃する。これに対し、カレンもゴーレム鮫の鼻先を斜め下へと向けた。


 鯱の突進と同時に、ゼージュンゲルが三叉槍をひねりながら前方へ突き出す。すると鯱の前方へ渦巻く水流が形成された。水神流殺法・渦潮(うずしお)崩し。水流に巻き込まれて行動不能に陥った敵を、すれ違いざまに貫く技である。


 いっぽうのゴーレム鮫も、鼻先が変形しドリルを形成すると、全身で水流とは逆方向に回転運動を始めた。同時に魔力による力場が形成され、迫る水流と激しく激突する。超転身スピン・カヴァレリであった。


 ゴーレム鮫に内蔵された、拠点防衛用の巨大な魔晶石から引き出された魔力によるスピンは、渦潮崩しの威力を遥かに上回る。ゼージュンゲルは咄嗟に鯱の進行方向を上方に修正するが、ゴーレム鮫のスピンによる攻撃範囲の広さにより完全には避け切れない。


 鯱の腹部が大きく抉られるが、傷はぎりぎり内臓までは至らなかった。ゼージュンゲルは『生命の水』を祈念しつつ、鯱を水面へと泳がせる。


 プールの底を抉りつつスピンを終えたゴーレム鮫。その鞍上から鯱を見上げるカレンであったが、周囲は巻き上げられた泥により視界が遮られていた。


 このままではまずいと、鯱を追って水面へゴーレム鮫を急がせるカレン。泥から抜け出したカレンの視界に飛び込んできたのは、水中から空中へと大きくジャンプする鯱と、水中に漂う数個の球であった。


 次の瞬間、その球は爆裂魔法により次々と爆発し、闘技場に大きな水柱が何本もそびえ立った。

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