先鋒戦 Ⅱ
絶体絶命の危機から、2台の支援機との合体により復活を果たした獣王丸。これに対し、ジュリエットは反則ではないかと審判団に抗議する。
「獣王丸の合体に、ジュリエット殿下が激しく抗議! 確かに追加の武装とはいえ、やりすぎ感は否めない! 果たして審判団の判断はどうなるーッ!?」
マクシミリアンの実況に続き、審判団から裁定が下された。
「獣王丸の追加武装について、審判団は問題なしと判断します。これは代表戦の取り決めにある、武器または防具の交換と、騎乗動物や使い魔その他生体ユニット等の使用を認めるという条項に基づく判断となります」
この発表に、観客席から歓声が上がる。これほど派手な演出を見た後で、あっさり反則負けで終わられてはたまらない。
「おおーっと、審判団のお墨付きが出たァーッ! 試合続行です! グレート獣王丸、いきなり腕を発射したァーッ!」
「ットパーンチ!」
動作を途中で止めていたグレート獣王丸が、試合続行の合図と共に右腕を突き出す。同時にグレート獣王丸の前腕が、爆裂魔法で射出された。長さ2メートル半の前腕が、圧倒的な運動エネルギーを伴ってジュリエットへと迫る。
「拡大解釈しすぎでしょうが! ったく、ちょっとデカくなったくらいで調子に乗ってんじゃないわよ!」
ジュリエットは即座に数枚の『防御壁』を展開すると、同時にグレート獣王丸へ十数発の『魔力誘導弾』を放つ。抗議の間にも抜け目なく発動待機していたのだ。
グレート獣王丸のジェットパンチは『防御壁』を突破しきれず弾かれてしまう。いっぽう、迫る『魔力誘導弾』に対し、グレート獣王丸は左手を突き出し、叫ぶ。
「ジェットファイアー!」
左手の拳が手首から直角に折れ曲がり、腕を構成しているグレートジェットのエンジン噴射口が露出する。グレート獣王丸は噴射口からの火炎放射で、十数発全ての『魔力誘導弾』を薙ぎ払う。
「これが追加装備で通るのおかしいでしょ! こうなったら本体をほじくり出して壊すしかないようね」
ジュリエットは射撃戦から白兵戦へと切り替え、『飛翔』を唱えてグレート獣王丸の上半身へと接近する。グレート獣王丸からの機銃掃射を『防御壁』で強引に突破し、ジュリエットは胸の獅子の目前へと到達した。
「近くで見ると中々の迫力ね。さあ、隠れてないで出てきなさい!」
剣に魔力を込めるジュリエット。その瞬間、獅子の目が光り、咆哮するかの如く口を大きく開いた。
「ファイアーブレェェェス!」
再び接合した右腕と、拳を元の位置に戻した左腕、その両腕をボディビルのダブルバイセップスのポーズに折り曲げ、グレート獣王丸が叫ぶ。同時に、大きく開いた獅子の口から真っ赤な炎が噴き出した。
ジュリエットは咄嗟に自身を『防御壁』で球状に囲む。その隙に、グレート獣王丸は頭上で両拳を握り合わせ、火炎噴射が終わると同時にジュリエットの『防御壁』へと拳を叩きつけた。
恐るべき質量による打撃に、火炎により数を減らされていた『防御壁』がついに崩れ去る。『防御壁』によりいくらか威力は減じられていたとはいえ、その圧倒的な運動エネルギーを受け、ジュリエットは激しく地面に激突した。
魔力門より絞り出した魔力により、ギリギリで展開した『力場形成』と身体強化が無ければ、いかにジュリエットといえど絶命していただろう。ジュリエットは『飛行』で距離を取りつつ、『重症治癒』で骨折や外傷を回復してゆく。
◆◆◆◆◆
「白熱の攻防が続くーッ! 一方的な展開になるかと思われた先鋒戦、合体によりパワーアップした獣王丸が多彩な武装で双星の魔女を追い詰める! これは勝負の行方が分からなくなってきましたね。どう見ますか解説の獣兵衛さん?」
両者がいったん仕切り直すべく距離を取る所へ、絶妙なタイミングで実況が響き渡る。
「デカい上に状況判断が的確な相手は難しいな。生き物ならまあ頭か足元を狙うって手もあるが……」
美強の解説に、マイスラが続く。
「グレート獣王丸は、グレートジェットとグレートタンクにもゴーレムコアが搭載されてるし、それぞれの機体にセンサーも備わってるから、まあ死角は無いと思っていいわ」
「なんだそりゃ、要は脳みそがみっつあるって事じゃねえか。つってもまあ、多頭竜なんかにゃ頭が何本もあるしなぁ」
「騎士だって人間と馬の頭があるから、ここはルールじゃ縛れないでしょ。ゴーレムファイトならちゃんとレギュレーションがあるんだけどねえ、うふふふ」
「この辺はお嬢の交渉が上手かったって事だな。こうなりゃ、正面切っての魔法戦で魔力切れを狙って、次の追加装備と交換する時に仕掛けるかァ?」
「魔力切れを狙うのはやめた方がいいわ。グレート獣王丸の魔力量は半端ないから。最大火力で一点突破の方が可能性あるでしょ」
「解説のマイスラさんによって、グレート獣王丸の秘密が明らかになってゆく! これ大丈夫ですかね? ああ、言っていい所はちゃんと許可取ってある? それなら安心だァーッ! さあ、グラウンドではグレート獣王丸が動いたぞ!」
◆◆◆◆◆
「グレートソォード!」
グレート獣王丸の掛け声と共に脚部側面が開き、分割された剣が現れる。グレート獣王丸がそれを結合させると、柄の部分が伸びて全長6メートルの両手剣が完成した。
「今度はこちらから行くぞ! 獣王一刀流とくと見よ!」
脚部の履帯により、滑るように高速移動するグレート獣王丸。ジュリエットは巨体から繰り出される斬撃を『飛翔』でかわしながら、すれ違うようにグレート獣王丸の背後へ回り込む。
しかし、グレート獣王丸は左右の履帯を逆回転させ、超信地旋回により即座に振り向きを完了する。さらに『速度制御』によって30トンの重量による慣性を打ち消し、ジュリエットにさらなる斬撃を見舞う。
観客席からは普通の剣速のように見えるが、かわすジュリエットにとってはそうではない。読者諸兄は風力発電の巨大なブレードの速度がどのくらいかご存じだろうか。ゆっくり動いているように見えて、先端速度は実に時速250キロメートルに達し、現代日本において年間3万9千羽もの鳥類が激突死しているのだ。
グレート獣王丸の振るう剣の速度も同様であった。ひと振りで10メートル近くも移動する剣先の速度は、特級冒険者の剣速に匹敵する。さらに巨大質量の移動による威圧感も相まって、ジュリエットには見た目ほどの余裕はなかった。
それでも『飛行』を巧みに操り、ジュリエットは回避と共に『魔力誘導弾』を次々と発射してゆく。正面でグレート獣王丸を引きつけながら、側面や後方へと回り込む軌道で『魔力誘導弾』を撃ち込むジュリエット。しかしグレート獣王丸は全てが見えているかのように、機関銃や『防御壁』で『魔力誘導弾』を防ぎ切る。
観客たちは爆炎迸る巨大ゴーレムと魔女の戦いに熱狂していた。たまに目標を外れて、客席を守る『防御壁』に当たって火花を散らす銃弾や魔法も、観客にとっては良い刺激に過ぎない。
しかし、そんな観客たちとは対照的に、観戦武官たちの表情は重苦しい。それもそのはず、この短時間にいったい何百発の魔法や銃弾が飛び交ったか。それこそ国家が運用する魔術師大隊にも匹敵する火力である。とてもではないが、ゴーレム1機と魔王種ひとりの戦いで使用されてよい量ではない。
この両国と戦争になった場合の損害を想像し、観戦武官たちの背筋が凍る。この代表戦は先鋒戦だけでも十分に示威行為の役割を果たしていた。
「このままじゃ埒が明かないわね。もういちど取りつくしかないか」
ジュリエットは回避しながらの魔法戦に見切りをつけ、グレート獣王丸の攻撃を『防御壁』で強引に突破して、その脚部に迫る。狙うは膝関節の破壊。グレート獣王丸の機体に密着したジュリエットは、発動待機していた爆裂魔法を叩き込む。
観客席からは、ほんの一瞬すれ違っただけのように見えたが、ジュリエットが離脱した直後にグレート獣王丸の左膝が爆発と共に砕け散った。バランスを失った巨体は辛うじて転倒を免れたものの、剣を支えに片膝をついた状態になる。
この好機を見逃すジュリエットではなかった。グレート獣王丸の背後から右肩へと取りついたジュリエットは、肩関節へと爆裂魔法を浴びせる。
飛び回るジュリエットへ、グレート獣王丸の機銃が対空射撃を浴びせるものの、もはや焼け石に水のようなものであった。弾丸を『防御壁』で軽くいなしながら、ジュリエットはさらに左肩関節を破壊する。
完全に支えを失ったグレート獣王丸は、うつぶせに倒れ込んでしまう。もはや身動きのとれぬグレート獣王丸の上空で、ジュリエットが魔力を練り上げる。こうなれば、後は中身に届くまで攻撃を叩き込むだけであった。
「おおーっと! グレート獣王丸、絶体絶命のピンチだーッ!」
闘技場にマクシミリアンの実況が響き渡った、その瞬間。グレート獣王丸が内部から爆発した。
爆風と飛び散る破片から身を守ろうと、ジュリエットは咄嗟に『防御壁』を展開する。周囲に出現していた『魔力誘導弾』も、この爆発により消し飛んでしまう。
しかし、これは破壊による誘爆などではなかった。言ってみれば危機回避のための自爆である。飛び散る破片の方向や形状なども、周囲の敵を薙ぎ払うよう綿密に計算されていた。
ほとんどそのままの形状を保って飛んできたグレートタンクの砲塔部分を、ひらりとかわすジュリエット。その目が、爆炎から飛び出した獣王丸本体の姿を捉える。
「来い! グレート」
「させるか!」
獣王丸の叫びを断ち切るかのように、飛来したジュリエットが、全体重に速度を乗せた剣でゴーレムコアを背後から貫く。両腕を失ったままの獣王丸にはもはやなすすべもない。胸から突き出した剣先を一瞥したその目が光を失い、体から力が抜ける。
誰もがジュリエットの勝利を確信したその時であった。獣王丸の腰部装甲から展開したサブアームがジュリエットの両腕を掴むと同時に、獣王丸の頭部から何かが飛び出す。
それは30センチメートルほどの小さなゴーレムであった。そう、ゴーレムファイトで使用される、本来のゴーレムファイター獣王丸である。獣王丸は両腕の前腕を覆う装甲に付いた鋭利な刃で、驚愕に目を剥くジュリエットの頸動脈を切断した。
脳への血流が遮断されたジュリエットは、治癒魔法を唱える間もなく意識を失う。倒れる人間大の獣王丸に引っ張られ、その上に折り重なるようにして倒れ込むジュリエット。首筋から迸る鮮血が、獣王丸の純白の装甲を真っ赤に染め上げてゆく。
「決着! 決着だぁーッ! 小さな獣王丸が、双星の魔女の首を刈り取ったァー!」
観客席から雷鳴のごとき歓声が沸き上がった。闘技場の中央上空では、四方に展開された魔導放送の空中投影が、決着の瞬間を拡大して繰り返し映している。
「勝者、イーダスハイム龍王国先鋒、獣王丸!」
審判団から正式な裁定が下される中、ルビオナ王国側の入場口から救命団が飛び込んでゆく。その中にはヨレヨレのマントを羽織った黒髪のレジオナもいた。
いっぽう、勝利した獣王丸はその小さなボディのまま、グラウンドの片隅に転がる砲塔へと急ぐ。砲塔の側面を探って小さなパネルを開くと、その中のボタンを押し込んだ。
すると、ばねの弾けるような音と共に、砲塔の上部が大きく跳ね上がる。ぽっかりと開いた穴から這いずるように出て来たのは、フリーダだった。
救命団と共にグラウンドへと飛び出していた王女マチルダ・エンドルーザーは、砲塔から現れたエルフを見て、銀色に光る義手で審判団を指さし抗議する。
「2対1とは卑怯な! これは明らかな反則だろう!」
マチルダの抗議に、闘技場上空の空中投影が切り替わり、審判団長の姿が映った。
「イーダスハイム龍王国より審判団に提出された設計図によれば、このエルフは完全に魔力供給のみを行う生体ユニットとしての役割しか持たぬため、魔晶石と同じく装備品としての扱いとなります。実際の魔法の行使は、ゴーレム本体に装備された魔法具によって行われております。また、獣王丸選手は頭部に収納されたゴーレムファイターが本体として登録されており、その他の部分は全て装備品という扱いとなっております。よって、今回の先鋒戦の裁定は覆りません」
理路整然とした審判団長の言葉に、マチルダは返す言葉が無い。どこで負けたかというなら、最初の条件交渉の時点で負けていたのだ。
「審判団からの最終決着宣言が出ました! しかし、イーダスハイム側はこの戦いの流れをどこまで想定していたんでしょうか」
マクシミリアンの問いに、美強が私見を述べる。
「姐御……じゃねえや、ジュリエット相手に魔法の撃ち合いで決着が付くたあ、端っから思ってなかったろうよ。何とか組み付いて、隙を見せたらちっこいので首筋の隙間を狙うとこまでは計算してたと思うぜ」
「なるほど、しかしそれなら最初のピンチの時が絶好の機会だったのでは? あの時もジュリエット殿下は剣でコアを狙ってましたよね」
「あそこじゃあ無理だな。獣王丸が粘ったとはいえ、ジュリエットにゃあまだ警戒感があったろうよ。あんまりにも上手くいきすぎてるってな。最後に獣王丸の合体を阻止したってのが油断につながったと思うが……獣王丸の合体、ありゃあハッタリだろ」
美強の分析に、マイスラが同意する。
「さすがに追加のグレート装備までは用意してないでしょうね。なんせ砲塔の生体ユニットとして詰め込むエルフがもうひとり必要だし!」
「恐るべき非人道兵器! 戦争の狂気は人類をどこへ連れてゆくのか! 防衛用魔晶石で代用は不可能だったのかァーッ!?」
マクシミリアンの突っ込みに、貴賓席から拡声魔法に乗ってロジーナ王妃の声が響く。
「でかい魔晶石では驚きがなかろうが! これが浪漫じゃ! うははははははは!」
頭上に響き渡る笑いを背に、獣王丸を肩に乗せたフリーダはよろよろと入場口を目指す。
「何が寝てるだけで時給金貨百枚よ……最後の爆発聞いてないんだけど! 次に乗るなら時給千枚は覚悟しときなさいよ!」
こうして、先鋒戦はイーダスハイム龍王国の勝利で幕を閉じるのだった。




