選手入場
大陸を超えて広がるドワーフ地下工房に、多数点在するゴーレム工房。それら工房のうちのひとつに併設された、ゴーレム研究室の中央に、巨大な球状のゴーレムコアが設置されていた。
直径4メートル程もあるその球体は、頑丈な台座に半ばまで埋め込まれ、広い研究室の中央で鈍い光を放っている。発光しているのは、球体表面をびっしりと覆う溝であった。その溝を無数の光が縦横無尽に走り回り、全体として淡い明滅を繰り返しているかのように見える。
球体を保護するように覆うガラスの半球の頂点からは、太いケーブルが何本も天井へと延びていた。このケーブルは地表にある魔導通信用の送受信装置へとつながっている。
この巨大なゴーレムコアこそ、ロジーナ王妃が誇るゴーレムファイター軍団を司るゴーレム脳であった。
そのゴーレム脳の前で、ふたつの人影が小さなテーブルをはさんで座っている。卓上には木製の将棋盤があり、局面は終盤戦に突入していた。
女性の裸体を単純化したような、白いゴーレムが持ち駒を手にする。頭部は美しい女性を模っているが、頭髪は植えられていない。ゴーレムファイター椿姫の素体である。
椿姫が小気味よい音を立てて駒を打つ。それを見て、ヨレヨレの作務衣を着た少女が、黒髪のおかっぱ頭をがりがりと掻きむしった。将棋などの遊戯を専門とするレジオナである。
「ファッ!? マジでそこあんの~?」
ふにゃふにゃと驚くレジオナに、椿姫が冷静に返す。
「評価値は私76対レジオナ24に変動しました」
「くっそ~! これだから人工知能はあなどれないんよ~! 人間のの~みそじゃ~思いつかない手を指しやがって~」
「50秒。1、2、3、4」
椿姫の容赦ない秒読みに、レジオナもふにゃふにゃと持ち駒を打つ。
「知力110の読みをなめんなよ~! まだまだこっからだかんね~」
鼻息荒く腕まくりをするレジオナをよそに、椿姫は手元の紙に何やら書付を始めた。
「そろそろ代表戦が始まるので、将棋の処理は中断しなければなりません。私の手番は封じ手とさせていただきます」
「え~、もうそんな時間~? ま~あっちも面白そ~だから、食堂からなんかパクってきて観戦しよっかな~」
レジオナはそう言って、研究室に備え付けられた何台かの魔導放送受像機を操作し始めた。1台は代表選の受信用、もう1台は代表選に出場する獣王丸の視点用である。
さらにレジオナは、ゴーレム脳の台座からケーブルを引き出すと、受像機と何やら大仰な装置のついた椅子に接続してゆく。これは獣王丸のセンサーに連動して、振動や風を座席へ伝える体感型観戦システムであった。手すりの横には、2軸ジンバルと衝撃吸収装置を備えた軽食ホルダーが付いている。
そして最高の鑑賞状況を整えるべく、レジオナは地下工房の食堂へと料理の調達に向かうのであった。
◆◆◆◆◆
西方諸国と魔族領ことルビオナ王国を隔てる緩衝地帯。その中央を東西に延びる世界樹の森を境にした南側半分。今はルビオナ王国が実効支配するその地域に、ある意味場違いなほど巨大な闘技場が建設されていた。
着工からまだひと月足らずではあったが、すでに建物自体は完成しており、後は装飾を施すだけである。これは魔法による土木技術と、大量に雇い入れた元獣人奴隷の労働力あってこその建設速度であった。
実際に戦闘が行われるグラウンド部分の広さは長径100メートル、短径70メートルと、地球のコロッセオよりも広い。それに伴い、闘技場全体の大きさも地球のコロッセオよりもひと回り大きくなっている。
その巨大な闘技場が、6万人を超える観客で埋め尽くされていた。観戦武官や各国の貴族をはじめ、200年ぶりに行われる代表戦をひと目見ようという人々が詰めかけたのだ。
闘技場の周囲には宿泊施設や食堂、土産物等、夥しい数の商業施設が立ち並び、その盛況ぶりはまるで大都市のようである。闘技場の観客席でも、軽食や飲料の売り子が働き蟻のごとく動きまわっていた。
ざわめく観客席の注目を集めるかのように、数発の花火が打ちあがり、ポンポンと軽快な音を響かせる。そして、拡声魔法具から代表戦開催のアナウンスが流れだした。
「レディ~スアンドジェントルメン! 本日は代表戦のご観覧に多数お集まりいただき、誠にありがとうございます! イーダスハイム龍王国とルビオナ王国の精鋭が繰り広げる、迫力ある戦いをご堪能あれ! なお実況は私、イーダスハイム龍王国国営魔導放送局局長マクシミリアンが担当させていただきます。さらに解説役として、剣狼羽生獣兵衛様とエルフ大長老マイスラ・ラ・リルル様をお招きしております。それでは、早速代表選手の入場と参りましょう!」
マクシミリアンの言葉を合図に、グラウンドの東西(長径の両端)にある入場口が解放される。東側の入場口から最初に姿を現したのは、純白の軽鎧に身を包んだ等身大のゴーレムファイター、獣王丸であった。
「その身に宿すは子供らの夢! ゴーレムファイトで磨いた実戦闘技! ゴーレム騎士団のデンジャラス・ライオン、ゴーレムファイター獣王丸だァ~ッ!」
続いて西側の入場口から、緋色のドレスへ装甲を施した戦闘衣装に身を包んだ、王太后ジュリエット・エンドルーザーが現れる。
「タイマンなら絶対に負けない! 魔王種の喧嘩見せてやる! 双星の魔女、ジュリエット・エンドルーザーだ!」
次に東側の入場口から、純白の全身鎧に身を包み、兜を小脇に抱えたカレンが現れた。
「秘伝や術理は実戦で使えてナンボのモン! 超実践浪漫主義! ロジーナ浪漫流から、カレン・フォン・シュヴェールトの登場だ!」
西側の入場口からは、紺碧の鱗に青い部分鎧を身に着けた半魚人が、三叉の槍を手に現れる。
「オレたちは水中最強ではない、戦闘において最強なのだ! 御存知魔王七本槍、怒涛ゼージュンゲルだ!」
東側の入場口から、褐色の長身をエルフ銀で補強された皮鎧で包んだキーラが、銀髪をなびかせて現れた。
「未知の戦いがしたいから冒険者になったのだ! 元特級冒険者の喧嘩見せてやる! キーラ・フォン・ジルバーンシュヴェールト!」
西側の入場口から、のそりと巨体を現したのは、頭胴長2.5メートル、全長4.2メートルの蜥蜴人ゴガーフシュル・ズーズ。
「勝利はオレのもの、邪魔する奴は思いきり殴り思いきり蹴るだけ! 魔王七本槍、暴君ゴガーフシュル・ズーズ!」
東側の入り口から、さらにひときわ巨大な影が現れた。緑の体にひと筋の真っ赤なたてがみ、外骨格風の籠手と脛当て、胴鎧に純白のマントが映える。見よ、威風堂々としたその姿。我らがナナシ・フォン・オーカイザー公爵の登場である。
「なんでもありなら、こいつが怖い! 世界樹の森出身のピュア・ファイター、ナナシ・フォン・オーカイザーだ!」
もはや知らぬ者はいない英雄の登場に観客席が沸く。しかし、西側の入場口から、その歓声を圧倒する程の声が闘技場に響き渡る。
「押忍!」
胸の前でX字に組んだ腕を両脇に開きながら、大音声と共にグラウンドへと一礼するのは、ディー=ソニアであった。
「鬼神流空手はこの女が完成させた! 魔王七本槍の切り札! 鉄拳ディー=ソニアだ!」
次は東側の入場であったが、入場口には人影が無い。その時、闘技場を黒い影が覆った。それと同時に闘技場全体へと知識の女神の加護『深淵を覗く者』が広がる。教皇クルーガーと司祭たちによる神聖干渉の集団祈念であった。
黒龍の輿入れは既に人々の知る所ではあったが、聞くと見るとでは大違いである。これほど間近に龍種が現れるなど、常人ならば卒倒を免れまい。6万人にパニックを起こさせぬため、あらかじめ教皇と準備をしておいたのだ。
「デカァァァァァいッ説明不要! 全長120メートル! 体重はナイショ! 王妃シューグオ殿下だ!」
黒龍は周囲にほとんど風を感じさせず、整列する選手たちの最後尾へふわりと着地した。
そして最後に西側から、漆黒の鎧に身を包んだ魔王ロックが現れる。
「若き魔王がやって来たッ! どれほど強いンだッ、大魔王ッ! 6つの魔力門は伊達じゃないッ! 六極魔王ッ、ロック・エンドルーザーの登場だーッ!」
そして全員が整列すると、イーダスハイム龍王国宮廷楽団により、両国の国歌が演奏された。
「以上、10名によって、イーダスハイム龍王国とルビオナ王国間の緩衝地帯の支配権をかけた代表戦を行いますッ!」
こうして、大歓声が響き渡る中、代表戦の幕が切って落とされた。




