模擬戦
どことも知れぬ薄暗い地下室。40平方メートルほどの広さの部屋に、数個の魔法具が頼りない光を投げかけている。中央に置かれた円卓には、黒いフードを目深にかぶった怪しげな集団が20名。
地下室の最奥には、黒光りする奇妙な物体が鎮座していた。人間の身長ほどもある、涙滴型の花瓶のようにも見えるその物体からは、花ではなく金属製のアンテナらしきものが何本も突き出している。
やがて、円卓の集団のひとりが口を開く。
「使徒が2度までも撃退されるとは予想外であった。我らの数千年に及ぶ計画が水泡に帰すとは、無念である」
「あのオークは何者か。我らの計画外ではあるが、魂喰らいが召喚された折にも撃退したというではないか」
「よもや秩序の神の使徒か何かではあるまいな……」
「まさか、エルフならばともかくオークが秩序の手先などと……」
「万象砕きを撃退したのは、実質的には黄金龍であろう。あのオークだけが秩序の勢力とは限らぬ」
「奈落落としを撃退した折の現象、あれは恐らくエルフの秘儀ではないか?」
「まさか、エルフも我らの計画に気付いていたというのか」
「気付いておれば発動前に手を打ったであろう。エルフの秘儀とて、本来ならば奈落落としに干渉できるはずがないのだ」
「我らもエルフの秘儀について全てを知っている訳ではない。それに、使用者はそのまま大いなる流れへ還るはずの秘儀を、あのオークは2度までも使っているのだ。あれがエルフの秘儀ではない可能性もある」
「なれば彼奴めが使ったのは何らかの神聖干渉かもしれぬ。あの規模の神聖干渉をこの短期間に2度も使うとなれば、背後には大きな秩序の組織がいる可能性は高かろう」
「秩序の手先と知られぬよう、あえてオークを選んだのやもしれぬな」
「おのれ、小癪な真似を……」
「なんの、それでこそ我らが宿敵というものよ」
ナナシの正体を知らぬ混沌の信奉者たちは、様々な憶測を巡らせる。
「此度の混沌浸食は防がれたが、我らの計画はまだいくつも進行中だ。深淵からの浸食が為せぬなら、虚空より呼び寄せる手もあろう」
「おお、神器に動きがあったのか?」
「いや、この神器はもはや死しておる。しかし魔王領にある神器は、まだ虚空への発信を続けているはずだ。少なくとも3年前には大規模な発信が観測されておる」
「はたして虚空より何物を呼び寄せているのか。伝承にある滅びの星であろうと言われてはいるが……」
「この世に混沌をもたらすものならば、それが何であろうと我らには福音よ」
「然り」
「然り然り、いざ混沌よ来たれ」
「混沌よ来たれ」
「混沌よ来たれ」
「混沌よ来たれ」
「混沌よ来たれ」
「混沌よ……」
地下室に冒涜的な唱和が響く。
◆◆◆◆◆
所変わって、ここはイーダスハイム龍王国の首都、城塞都市ゴーザシルト。その中心にある城の練兵場で、代表戦に選ばれた面々が模擬戦を行っていた。
視察用のテントでは、ヴォルフガング龍人王とロジーナ王妃、そして漆黒王妃の側近である人化した龍種が7体、他にも宰相フンベルトや財務卿等の重鎮がその様子を見守っている。
さらに末席では、イーダスハイム龍王国の国営魔導放送局局長マクシミリアンとモニカが模擬戦の様子を録画し、レジオナとフリーダが菓子を頬張っていた。チームレジオナの面々は、今の所ナナシ公爵の配下という扱いになっている。
テントの前では、今まさにナナシとクラウス将軍が戦いの火花を散らしていた。
クラウス将軍の装備は、金剛鋼製の全身鎧に直径1メートルの丸盾とロングソードという、オーソドックスなものである。しかし丸盾を使った熟練の技は、ナナシの攻撃を威力が乗る前にいなし、あるいは動きを封じてしまう。そして盾に隠れた死角からロングソードによる鋭い斬撃がナナシを襲うのだ。
いっぽうのナナシも、いつもの全裸にふんどし一丁ではない。さすがに公爵ともなれば、それ相応の格好というものがある。
ナナシの両手足には、レジオナ作の外骨格風籠手と脛当てが装備されていた。足を切断された時に作ってもらった外骨格ギプスを気に入ったナナシが、レジオナに頼んだ所、快く引き受けてくれたのだ。
レジオナの分泌した謎の液体によって形成されているとはいえ、その強度は筋力151を誇るナナシの動きに十分耐えるものである。さらに黒龍の鱗を表面に張り付けており、防御力も申し分ない。
腰には、古代スパルタを彷彿とさせるスパイダーシルクと革を組み合わせたスカートを履き、背にはスパイダーシルク製のマントが優雅に翻る。
緑色の頑強な肉体はそれ自体が鉄壁の鎧であり、あとは頭部を護る兜のみ。この兜は地球でいう所のカッシウスによく似た形状で、鼻当てと頬当てがあり、ナナシのたてがみを模した赤い鶏冠を備えている。
神・鬼切玉宿が完成していないため、ナナシはレジオナから借りたトゲバットを使っていた。まともに当たれば黒鎧戦犀ですら粉砕するその打撃も、クラウス将軍の巧みな盾捌きによって出鼻を挫かれ、受け流されてしまう。
盾の死角から襲い来る斬撃は、ナナシならばエネルギーの流れからおおよそは察知する事が出来る。それでも攻防一体の剣技を避け切る事は容易ではない。この模擬戦はナナシにとっても学びの多いものであった。
模擬戦がひと段落し、ナナシとクラウス将軍は感想を述べあう。
「お強いですねシュタイナー卿! 自分の攻撃はほとんど出がかりを止められちゃって、すごく窮屈な感じでした。こんな盾の使い方があるとは、勉強になりました!」
「いやいや、オーカイザー閣下の攻撃には肝を冷やしましたぞ。一撃一撃が戦犀の突進のようなもの。一瞬たりとも気が抜けませなんだ。剣筋も素直すぎるきらいはあるが、中々に無駄が無い。鍛錬を重ねればいくらでも伸びましょう」
笑顔でナナシの腕前を評価したクラウス将軍の表情が、一転して引きしまる。
「ところでオーカイザー閣下、ひとつ質問がありますがよろしいかな」
「はい、なんでしょう?」
「実際、某の強さはどの程度だとお感じになりましたか? オークの群れから混沌の使徒まで戦った経験をお持ちの閣下から見て、どのあたりの相手まで通用するか、忌憚のないご意見を伺いたい」
「えっ? どのくらい強いかですか……」
「なあに、そんなに深刻に考えず、余興のつもりでお答えくだされ」
クラウス将軍の問いに、ナナシはしばし考え込む。とはいえ強さランキングというものは、男子ならば皆いちどならず考えるものである。昆虫の強さランキングしかり、恐竜の強さランキングしかり。ナナシの中にも漠然とではあるが、この世界の強さランキングは存在していた。
「うーん、オークキャプテンなんかよりはずっとシュタイナー卿の方が強いですね。混沌の眷属よりも上で……オークキングとは一対一なら互角かなあ? エルフ相手だと魔法にどう対抗するか次第ですかね。それから、剣技そのものは勇者より上ですね。でも羽生美強さんまではいかないかな……って、なんか失礼な感じですね、すいません……」
思いもよらぬ具体的で詳細なナナシの分析に、クラウス将軍は豪快な笑い声を上げる。
「わはははは! いやいやこれは流石オーカイザー閣下、丁寧なご考察恐れ入る。彼の剣狼に及ばぬのは悔しいが、剣ならば勇者に引けを取らぬとは嬉しい限り。オークキングと伍するならば、大概の魔族には負けますまい」
「あの、あくまで自分の感想なんで、実際にはどうなるかわかんないというか……」
「何を仰る、大変参考になりましたぞ。……とはいえ、ふうむ……」
クラウス将軍が何やら考え込んだその時、地響きと共にふたりの方へと巨大な影が飛んできた。
「なっ! キーラ!?」
見上げたナナシの目に映ったのは、50メートルに巨大化したキーラの背中だった。このままではふたりを飛び越して視察用のテントに直撃しそうである。ナナシは咄嗟に跳躍すると、空間を蹴ってキーラの背中を受け止めた。
身長50メートルのキーラの肩幅は12メートル程度、背中の幅はさらに狭い。対して身長4メートルのナナシのウイングスパンは、4メートルを軽く超えている。比率にすれば赤子が大人の背中を押すようなものだが、筋力151を誇るナナシの剛腕はその質量を軽々と受け止め、そっと地上へ落下させた。
地上で巨大化を解いたキーラは、腹部をさすりながらえずく。
「うええ、今のは効いたぜ……引きこもりって聞いてたんで甘く見ちまった」
そこへ黒龍が地響きを立てながら歩いてきた。頭胴長60メートルの巨体は見る者を圧倒する迫力である。
「んひっ。どうよどうよ~、聖龍殺法・陰の惨、円舞の威力は!?」
黒龍が不気味な笑いと共に技名を告げた。他種族が見ても解るくらいのドヤ顔である。
ちなみにこの技は、頭胴長とほぼ同じ長さの尾を使った打撃技であり、その軌道が円を描くところから名付けられた。正対した状態から、後方へ倒れ込みながら体をひねり、四肢を支えに尾を下から斜め上に振り抜く。
地球の格闘技で例えれば、カポエイラのメイアルーアジコンパッソ(半月コンパス蹴り)を尾で再現した感じであろうか。相手の攻撃を低い姿勢でかわしつつのカウンターは、長い尾のリーチも相まって恐るべき威力と攻撃範囲を誇る。
とはいえ、頭胴長60メートルの龍種と格闘できる相手がどれほどいるか考えれば、この技術はほとんど姉妹喧嘩くらいしか出番はない。今回、巨大化で付き合ってくれたキーラを相手にして、少々はしゃいでしまったのも仕方のない所であろう。
「ほらほらキーラちゃん、第2ラウンド第2ラウンド!」
黒龍は虚空へ両拳を繰り出しながら、キーラに向かって催促する。
「あたいはもう時間切れだって。後はあそこで駄弁ってる龍種連中でも相手にしてくれよ」
キーラの巨大化は、倍率が上がるほど制限時間が短くなってゆく。50メートルともなれば、巨大化は90秒程度しか維持できない。
落胆する黒龍へ、弾帯を何本も巻き付けたトラックスーツ姿の護衛騎士カレンが声をかける。
「王妃殿下! 一手御指南願います!」
「ふえ? カレンちゃん、人化の組手なら後で……」
「いえいえ、そのままで結構です! ロジーナ浪漫流ハイパー化、ご覧あれ!」
カレンが技名と共に跳躍すると、体の周囲へ魔力による巨大な人体が形成されてゆく。それはあたかもカレン自身が巨大化していくかのようであった。
このハイパー化、原理としては無影刃や大切断と同じく、魔力による攻撃部位の形成である。とはいえ50メートルにも及ぶ人体を模した攻撃部位を形成すれば、常人の魔力などあっという間に枯渇するだろう。
ディー=ソニアの鬼人流挟み打ち・大顎などは、魔力を闘気として練り上げ、さらに瞬間的に展開する事により、魔力消費量を極限まで抑えている。しかしこのハイパー化は巨大な人型を常時形成しているのだ。魔力の消費量はまさしく桁が違う。
そこでカレンは、魔晶石を装填した弾帯を身につける事により、必要な魔力を補っていた。なお、魔晶石ひとつあたりのハイパー化持続時間はゼロコンマ1秒であり、弾帯に装填された200個の魔晶石全てを消費しても、ハイパー化していられる時間はほんの20秒に過ぎない。
だが、たかが20秒と侮るなかれ。人間の無酸素運動の持続限界時間は40秒程度である。達人同士における20秒間の攻防は、十分訓練に値するものであった。
ハイパー化したカレンは、鉤突きから後ろ回し蹴りのコンビネーションを繰り出す。黒龍はこれをかわしざま、聖龍殺法・陰陽の惨、水面月でカウンターを狙う。まさしく天空の月と水面に映る月のごとく、上半身を狙う尾と足元を払う蹴りの同時攻撃がカレンに迫る。
しかしカレンの攻撃は黒龍の攻撃を誘うための罠であった。既に三戦立ちにより盤石の耐久力を得た下半身は、黒龍の足払いをガッシリと受け止める。そして上半身を襲う尾を回し受けによりくるりといなす。
これにより、黒龍の体勢は大きく崩れる事となった。頭頂高とほぼ同じ長さの尾は、その質量と慣性によって黒龍の体を宙に浮かせてしまう。さらに回し受けによる回転モーメントが、黒龍の体を空中で錐揉み状態にする。
黒龍は咄嗟に翼を広げて制動をかけるものの、時すでに遅し。滑るように黒龍の側面へと移動していたカレンは、しゃがみ込んだ姿勢からの強烈なアッパーを黒龍のボディへと叩き込んだ。
「……ッ、浅い!」
本来ならば相手もろとも空中高く飛び上がるこの攻撃であったが、カレンは片手を高く掲げた格好でひとり空中へと舞い上がってしまう。拳が腹部へ当たる瞬間、黒龍が尾で地面を打って前転したのだ。
ならばとカレンは空中で一回転し、鋭い蹴りを繰り出す。しかし仰向けに寝転がっている黒龍は、単純な軌道の飛び蹴りを尾で軽く払いのけた。
そして、ここから黒龍の恐るべき技が始動する。尾を振った勢いで、黒龍はブレイクダンスのウインドミルのような動きを開始した。
両脚を大きく開き、地面につけた背中を軸にしてグルグルと回転する黒龍。そして黒龍は、空中で体勢を崩したカレンを、両脚と尾でお手玉の様に翻弄しながら激しく打撃を浴びせる。
前後左右に激しく回転させられながら攻撃を受け続けたカレンは、数秒間翻弄された後にようやく地面へと投げ出された。数回バウンドしたあと、ぐったりと横たわるカレンの背後に、K・Oの文字が幻視される。
ハイパー化が解けたカレンは、なんとか立ち上がろうとするが、足がもつれて尻もちをついてしまう。見た目こそ派手に攻撃を食らったものの、実際に攻撃を受けた部位は魔力で作った殻のようなものであり、本人の体にダメージは無い。ふらついているのは回転による三半規管への影響である。
「さすがは……うえっぷ……王妃殿下……お……お見事です……おぇええええええ」
我慢しきれずその場で嘔吐するカレン。
「ふひッ! 聖龍殺法・陰陽の死、破砕風車の恐ろしさ、覚えたか! ……なんちゃって!」
きりりと見得を切った直後、巨体をぴょんぴょんと跳ねさせながらダブルピースを左右に振る黒龍。その様子を録画していたモニカが、『並列思考』で『虚空録』を検索しながら呟く。
「興味深い……龍種に伝わる格闘術が見られるなんて。え、まって、詳細な記録がある! ……えぇ、これは……漫画の解説? どういう事なの?」
「んっふっふっ~、これはノワ先生と私たちで考えた最強の戦闘絶技だからね~。くわしくは絶賛連載中の月刊スラスラコミックを読めばいいんよ~。単行本も3巻まで出てっかんね~」
ふにゃふにゃとレジオナが説明した通り、これらの技は月刊スラスラコミックで連載中の『激滅! 龍技 DRAGON SKILL』の主人公、龍人である黒の狩人が使う聖龍殺法を再現したものである。尾や翼、角などを使った技を陰、手足や体術を使った技を陽とする、龍種3万年の歴史を持つ最強の武技という設定なのだ。
「……つまり漫画の真似って事なのね?」
「は? まねとかゆ~なし! これはほんと~にさいきょ~の技なんだかんね!」
「そうじゃそうじゃ! 架空の理論をもとに創作された技が、現実でも最強である事こそ浪漫じゃろうが! のうレジオナ!」
ロジーナ浪漫流創始者であるロジーナ王妃も、レジオナを擁護して参戦する。
「さ~すが、お妃ちん! わかってるゥ~!」
「聖龍殺法、いずれノワ先生の子にも継承せねばのう! わらわの子にはロジーナ浪漫流を継承して、これらふたつの流派を国技と定めようぞ!」
「ふおおおおおお! お妃ちん、やる気まんまんだにゃ~!」
「いずれ西方統一武闘会を開催して、我らイーダスハイム龍王国が天下を取るのじゃ! 今から楽しみでしょうがないわ! うわっはっはっは!」
「うひゃひゃひゃひゃひゃ!」
ロジーナ王妃とレジオナの高笑いが練兵場に響き渡った。




