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勇者と剣聖

 勇者ダミアンが短く鋭い叫び声と共に、剣聖ゴーモンへと斬りかかった。


 次元流の斬撃は、歩法、掛け声、魔力、そして技によって発動する魔法のようなものである。それらが揃った上で、斬撃の威力がある閾値(いきち)を超えた瞬間に、次元流は空間そのものの切断を可能とするのだ。


 その次元流の斬撃をこれだけの高速で発動させられるのは、世界広しと言えど恐らくダミアンくらいのものであろう。魔法で言えば高速詠唱を超え、詠唱破棄(はき)に近い。


 しかしそれ程の速度をもってしても、達人同士の高速戦闘においては十分ではない。ゴーモンはダミアンの斬撃をかわしざま、その手首を切り飛ばし、返す刀で胴を両断しようとする。


 ダミアンは手首を切り飛ばされた瞬間、とっさに体を投げ出して追撃をかわす。ゴーモンの刃はエルフ銀(マイスリル)製の胴鎧を易々と切り裂くが、辛うじて両断までは至らない。


 ダミアンはそのまま転がって距離を取りつつ、『再生』を祈念して腹部と両手を回復する。立ち上がったダミアンの手には、すでに新たな剣が握られていた。


 そんなダミアンを見て、ゴーモンが意外そうな表情で言う。


「こいつは驚いた。男子3日会わざれば刮目(かつもく)して見よってのは東方の言葉だったかね。ほんの2週間前とは動きが大違いだ」


 ゴーモンにしてみれば、確実に胴を両断するつもりの斬撃を、ある意味かわされたのだ。どう考えても付け焼刃ではない程に動きが良くなっている。


 そして、このゴーモンの感覚は正しかった。事実、ダミアンの身体能力は全て、数値にして9上がっていたのだ。これにより、ダミアンの能力値は平均83から92へと変動していた。


 日頃ナナシの151という恐るべき筋力に慣れ親しんでいる読者諸兄には、9というのはいかにも少なく感じられよう。しかし侮るなかれ、この領域での9とは、それこそ数十年をかけて鍛錬しても、才能が無ければなしえない程の数値である。


 はたして、この2週間でダミアンの身に何が起きたのか。それは勇者特性『超蘇生』による能力値の底上げであった。


     ◆◆◆◆◆


 ダミアンが転生恩寵(ギフト)で『勇者の資質』を引き当てたのは偶然ではない。彼は転生時の設定で、とにかく勇者になる方法を探した。


 転生前の謎の空間で、彼らの目の前に現れた光り輝く何かは、それぞれの質問に対して事細かに説明をしてくれる。それはひとつでありながら、全員の(かたわ)らにも存在していた。望めば技能(スキル)の詳細まで教えてくれるのだ。


 限られた時間の中、どれだけ探しても、()()()()()()勇者になる方法は転生恩寵『勇者の資質』を得るしかなかった。『カリスマ』等の一般技能を除き、勇者特性に含まれる特殊な要素を、技能で代替して再現する事は不可能だった。


 しかし、彼は諦めなかった。質問を繰り返し、ついに転生恩寵を選ぶ方法にたどり着く。それは文字通りの『転生恩寵選択』という特殊要素であった。


 転生時の設定では、各種族ごとに決まっているボーナスポイントを使って、能力値を上昇させたり、様々な技能を取得する事が出来る。『転生恩寵選択』も、ボーナスポイントを払って取得するタイプの要素であった。


 しかし、その必要ポイント数は1500。対してヒューマンのボーナスポイントは300である。1500ものボーナスポイントを持っている種族と言えば、オークやスライムのような、およそ人間社会では生きてゆけぬ種族しかいない。


 勇者を目指すダミアンにとって、人間種以外への転生は論外だった。そして、ボーナスポイントを増やす方法は存在する。禁断とも言えるそれは、能力値の引き下げであった。


 完全に平均的な生物の能力値は50。転生者はこれが全て60から始まっていた。転生時点ですでに能力値が優遇されているのだ。


 そして、能力値を上げる時は、ボーナスポイントを1消費すれば能力値も1上がり、逆に能力値を引き下げれば、1下げるごとにボーナスポイントも1増える。さらに、平均である50を下回れば、増えるボーナスポイントの割合が多くなってゆくのだ。


 ダミアンは迷うことなく全ての能力値を1に下げた。ボーナスポイントの余った分は、魅力を残す。それでも魅力5といえば、ふた目と見られぬ醜さである。しかし顔など生涯(しょうがい)仮面でもかぶれば良いと割り切った。


 ダミアンの過ちは、転生する世界がレベルアップによって能力値が向上する世界だと思い込んでしまった事にある。確かに、技能においては明確にレベルが存在しているのだ。ダミアンがそう思い込んでしまったのも無理はない。


 しかし、実際には生物自体のレベルアップは存在せず、肉体は日々の鍛錬によって少しずつ強化する他はなかった。技能は繰り返し使えばやがてレベルが上がっていくものの、能力値に関しては、言ってみれば素質に当たるものであって、簡単に強化できるものではない。


 ()の1億5千万歳を誇るマイスラ・ラ・リルルでさえ、器用さを150まで上げるのに2千万年の時を費やしているのだ。そのマイスラも、器用さ以外の能力値に関しては、ほんの少し神域に踏み込んだ程度で諦めている。魅力に至っては神域に達してすらいない。(ただし、神域150に達する器用さで化粧をすればその限りではないが)


 まして短命種たるヒューマンでは、たとえ生涯をかけたとしても、どれかひとつの能力を100に到達させる事すら至難であろう。ボーナスポイントの300という数値は、少ないように見えて、全ての能力値を100にしてなお余る、まさしくチートと呼べるだけのポイントなのだ。


 そして、能力値が最低である1という状態は、筋力ならば指先すら動かせず、知力ならば思考そのものが不可能な状態である。しかしゲーム的な感覚に(おちい)っていたダミアンは、能力値が実際の肉体に及ぼす影響を甘く見積もってしまった。


 その結果ダミアンは、誕生直後に産声を上げることなく死んだ。


 ダミアンが生き延びたのは、『勇者の資質』を得たことにより、元特級冒険者と春の女神の大司教の両親のもとへ生まれたためである。失われるはずだった(はかな)き命を、母は『蘇生』によってこの世につなぎ止めたのだ。


 そもそも、これほど虚弱な赤子を蘇生した所で、数日も生きられないだろう。それでも、その数日を我が子と過ごしたいという母の願いは、ダミアンの勇者特性『超蘇生』によって報われる事となる。


 この『超蘇生』は勇者が死から蘇るたびに、100に足りない能力値を底上げし、さらに転生恩寵(ギフト)をひとつ授かるというものであった。具体的には100と能力値の差の半分(端数切り上げ)を元の能力値に上乗せする。これにより、ダミアンの能力値は1から一気に51へと上昇した。


 大司教であった母は『蘇生』にこのような効果がない事は知っており、虚弱なダミアンが普通の赤子になって蘇ったのは、この子に何らかの加護があったのだろうと察する。そして自分の、ある意味身勝手な行為が、この子を本当の意味で救った事に涙した。


 また、この時ダミアンが新たに授かった転生恩寵が『日にいちどの超幸運』である。『恩寵殺し(ギフトブレイカー)』を授かり、代わりに両親を失った経緯に関しては、この物語が進めばいずれ語られる事もあるだろう。


     ◆◆◆◆◆


 勇者と剣聖、両者がにらみ合ったのはほんの一瞬だった。次の瞬間にはもう、もはや常人には捉えられぬ速度での剣戟(けんげき)が再開される。


 必殺の斬撃を、かわし、あるいは魔力で強化した刃で受け流す事数合(すうごう)。ダミアンはその間に、知識の女神の加護『並列思考』と『思考加速』、さらに『高速演算』を同時に使い、鼻血を垂らしながらも技量の差を超えた一手への布石を打つ。


 そしてついに、剣聖ゴーモンが剣で受けざるを得ない状況を作り出す。刹那(せつな)、ダミアンは鋭く叫ぶ。踏み込み、剣速、掛け声。十数手先を読み、計算され尽くした激しい剣戟の中、振り下ろされるその一撃は、まさしく次元流のそれとなっていた。


 ゴーモンはこの状況に、防御を捨てダミアンへと刃を走らせる。ダミアンにしてみれば、相打ちなら、たとえ両断されようがラビに『再生』してもらえばよい。勝利を確信したダミアンは全身全霊を込めて剣を振り下ろす。


 だがここに至り、『思考加速』によるものか、ダミアンの経験が警鐘を鳴らした。あの剣聖ゴーモンがむざむざ相打ちを選ぶだろうか。むしろこの状況が出来すぎなのでは。


 脳も焼き切れよと思考を加速させるダミアン。もはや音速すら超える斬撃がスローモーションのように映るダミアンの目に、ゴーモンが『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』を展開するのが見えた。


 これは当然あり得る展開であった。しかしまさかあの剣聖が『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』を使う所など、誰が想像し得ようか。そして、『並列思考』と『高速演算』によって、ダミアンもまた『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』の祈念に成功する。


 ふたつのシャボン玉がくっついたような形に展開された『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』により、互いの斬撃が防がれた。酷使されたダミアンの剣は、ゴーモンの防御壁に当たって真ん中から折れ飛んでしまう。


 乾坤一擲(けんこんいってき)ともいえる攻撃をかわされたダミアンが、互いに『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』を展開している状況も相まって、これで仕切り直しかと一瞬気を緩めてしまったのは仕方のない所であろう。3重に使用している知識の女神の加護による脳へのダメージも深刻であった。


 思考速度が通常に戻りつつあったダミアンの目に、信じられないものが見えた。ゴーモンの手に魔装弾式の拳銃が握られているではないか。『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』の解ける瞬間を狙っているのだろうか。


 戸惑うダミアンをよそに、ゴーモンの拳銃が火を噴いた。発射された銃弾は金色の軌跡を残しながら、ふたつの防御壁の境界面を突破し、ダミアンの頭部へと進む。


 その銃弾は神骨金(オリハルコン)であった。女神の左手小指末節骨そのままを、爆裂魔法によって撃ち出したのだ。


 あまねく次元に存在する神骨金(オリハルコン)の前では、『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』すらもただの防御壁にすぎない。常人ならば反動でショック死しかねない程の爆裂魔法により撃ち出されるこの銃弾は、まさにゴーモンにとっても切り札であった。


 もはやダミアンにこの弾丸を避ける(すべ)は残っていなかった。頭部を粉砕されてしまえば、『再生』ではどうしようもない。絶体絶命のダミアンに、金色の死が迫る。


 その時、折れ飛んだダミアンの剣が、弾丸の軌道上へと落下してきた。『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』の破壊で運動エネルギーを大幅に減じていた弾丸は、その際に起きた回転のブレも相まって、衝突した刃により軌道を逸らされてしまう。


 転生恩寵『日にいちどの超幸運』の発動であった。


 両者は『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』の解除と同時に飛び退(すさ)る。


「やれやれ、流石は勇者サマ。一筋縄ではいかないねえ」


 必殺の一撃をかわされたゴーモンがため息混じりに言う。とはいえ百戦錬磨の剣聖にとって、戦場の理不尽さは旧知の友のようなものである。奇襲が駄目なら正面から削るのみ。


「さあて、それじゃあお互いどこまで存在力が持つか、比べっこといきましょうや」


 ゴーモンは『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』を絡めた斬り合いに持ち込むつもりであった。精度で言えばダミアンを遥かに上回るゴーモンの『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』展開と、剣聖たるその存在力の前では、たとえ勇者といえどダミアンの存在力の方が先に尽きるであろう。


「確かに貴方は強い、剣聖ゴーモン。今の僕では勝てないだろう」


 そう語るダミアンは、折れた剣を手にしたまま棒立ちであった。しかし、ゴーモンはその瞳の輝きに、まだ彼の心が折れていない事を見て取る。


「ふふっ、ご謙遜(けんそん)を。まだまだやる気じゃあないですか。まあ10年後ならそちらの勝ちだったかも知れませんが、ちょっとばかり急ぎすぎましたねえ」

「だったら……その10年、今ここで超えてみせる!」


 折れた剣を投げ捨てると、ダミアンは両手を大きく掲げ叫ぶ。


「神力招来! 使徒転身!」


 そして両腕を胸の前でクロスさせると、ダミアンの体が光に包まれた。同時に知識の女神の加護『深淵を覗く者』が周囲に展開されてゆく。ダミアンの叫んだ言葉に危険を感じたゴーモンは、そうはさせじと斬りかかるものの、同時に展開されていた『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』により阻まれてしまう。


 (まばゆ)い光の中から現れたのは、異形の戦士であった。


 身長2メートル。鮮血に濡れたような真っ赤な体表には、魔力を秘めた文様が虹色に脈動している。その体を覆うのは腹筋を模したような漆黒の胴鎧と草摺(くさずり)、前腕と膝下にも同様の装甲を(まと)う。2(つい)4本の腕は、1対が胸部を守るように交差している。


 頭部もまた漆黒の装甲に覆われ、顔面の4割ほどを昆虫のように巨大な1対の複眼が占めていた。額の中央にも昆虫のような赤い単眼がひとつ。その横からは2対4本の触覚にも見える角が突き出している。そして装甲の(あぎと)は大きく裂け、その奥には同様に耳まで裂けた口から鋭い牙が覗く。


 異形の戦士の様相は、まさしく混沌の使徒である万象砕きを彷彿(ほうふつ)とさせるものであった。これこそが、『超蘇生』によって新たに獲得した転生恩寵(ギフト)『使徒転身』の奇蹟により、ダミアンがその身に万象砕きの力を宿した姿である。


 転生恩寵『使徒転身』は、神聖干渉(あるいは邪神介入)によって、己の信仰する神の使徒の力を自らに降臨させる奇蹟である。そして勇者特性『世界の愛し子』を持つダミアンは、混沌を含めたあらゆる神の使徒の力を降臨させることができるのだ。


 万象砕きの力を得たダミアンは、虚空から『必壊の戦矛(グスタ)』を召喚する。剣狼羽生美強によって柄を切断された『必壊の戦矛(グスタ)』は、穂先を再利用した両手剣へとその姿を変えていた。


 本来30メートルを超えるその刃は、高位次元からの投影により、通常の両手剣サイズでダミアンの手に収まっている。片割れである『不壊の大楯(ガフト)』は、現世に取り残されているため、召喚は不可能だった。


 転身を果たしたダミアンを前に、ゴーモンが剣を最上段へと構える。


「こいつは何とも、そんな方法で10年を埋めるとは! しかしまあ、いくら勇者サマとはいえ、そいつが何秒持ちますかねえ?」

「僕たちの決着までは持つさ」


 次の瞬間、両者は同時に踏み込んだ。


 ダミアンはありったけの魔力を注ぎ込み、使徒の肉体を強化する。人間の肉体ならば爆発四散しかねない魔力の奔流(ほんりゅう)に、深淵から降臨した使徒の肉体は易々と耐えてみせた。


 いっぽうのゴーモンも、生涯をかけて研鑽(けんさん)した肉体強化と技の冴えをこの一合に総動員する。


 ふたりの斬撃は、音速を遥かに凌駕(りょうが)しながらも、一切の衝撃波を起こさない。恐るべき滑らかさで空気を切断しながら、互いへと迫る。


 ダミアンは斬撃と同時に『並列思考』を使い、発動待機していた『雷撃』を5発同時に叩き込む。しかしゴーモンの身体強化と鎧に施された耐雷防御、そして本人の抵抗(レジスト)により、『雷撃』は何の痛痒(つうよう)も与える事は出来ない。


 いっぽうのゴーモンは、『雷撃』を無視し、ダミアンの斬撃のみを『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』で防ぐつもりであった。ここから先は互いの存在力そのものの削り合いなのだ。ほんのゼロコンマ数秒ですら節約せねばならない。


 ダミアンが『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』を使えば、それだけこの転身の持続時間も減る。あるいは使徒の再生力を頼りに、存在力を温存して斬撃を受けるか。そう考えたゴーモンであったが、その脳裏に百戦錬磨の勘が「何かヤバい」と告げる。


 ゴーモンは『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』を展開しつつも、ダミアンの斬撃の軌道から体軸を逸らす。次の瞬間、ダミアンの振るう『必壊の戦矛(グスタ)』は、ゴーモンの『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』を易々と切り裂いた。


 ゴーモンの判断はまさしく紙一重だった。ダミアンの斬撃はゴーモンの鎧の表面を、よく研いだ包丁が野菜を薄切りにするかの如く削ぎ落す。かたやゴーモンの斬撃は、体勢の崩れも相まって、ダミアンの胸の前で交差している腕の1本を斬り落とすに留まった。


 ダミアンは『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』を破壊すると同時に、多重詠唱と魔術神の加護である『詠唱反復』『魔法複製』を使い、『雷撃』と『解呪』を数発ずつ、ほぼタイムラグなしに叩き込む。これにはさすがの剣聖ゴーモンも対応しきれず、『雷撃』こそ無効化するものの、身体強化を解除されてしまう。


 刹那を争うこの攻防において、身体強化の解除は致命的であった。


 ダミアンは斬り下ろした剣を、使徒の膂力(りょりょく)に物を言わせ、そのまま強引に斬り上げる。無理矢理に振るわれるその斬撃は、最初の一撃に比べれば(わず)かに遅い。しかし身体強化を解除されたゴーモンにとって、それはかわし切れぬ速度であった。


 だがゴーモンもまた剣聖と称された強者。『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』を破壊された瞬間から、既に次の一手を準備していた。その手には先の物より一回り大きな拳銃が握られている。


 神骨金(オリハルコン)を加工するよりも、そのサイズに見合った装具を作る方が遥かに容易い。ゴーモンの手に握られた拳銃は、女神の左手()()末節骨に合わせて作られたものであった。


 常人ならば発射するだけで腕ごとちぎれ飛ぶ程の威力を、身体強化の切れた体で扱うのはあまりにも危険である。しかしゴーモンは鎧と骨格を支えに、恐るべき身体操作で銃弾の発射を成し遂げた。女神の左手薬指末節骨は、正確にダミアンの剣を捉える。


 読者諸兄は、人体におけるもっとも固い部位がどこかご存じだろうか。そう、時には骨をも噛み砕くあの構造物。


 ダミアンの振るう『必壊の戦矛(グスタ)』は、混沌の神である破壊を(たの)しむ者の牙から作られていた。それ故に『絶対防御圏(インバイオラビリティ)』を破壊し得たのだ。


 そして今、ダミアンの斬撃は、あまねく次元に存在し破壊不可能と言われた、女神の骨たる神骨金(オリハルコン)をもまた両断する。その刃はゴーモンを股間から逆袈裟(けさ)に斬り上げ、銃弾の発射と同時にダミアンの首を狙った斬撃を腕ごと斬り飛ばした。


 死の刃の加護を纏ったダミアンの斬撃の前には、神聖干渉以外の回復魔法や奇蹟は無意味である。ゴーモンの体は、なすすべなく床に崩れ落ち、そのまま絶命した。


 一拍を置いて、ダミアンの首筋から鮮血が(ほとばし)る。ゴーモンの斬撃もまた、ダミアンの首を半分近くまで切り裂いていたのだ。銃弾でダミアンの剣が止まっていれば、勝ったのはゴーモンであっただろう。ダミアンにとっては、まさしく紙一重の勝利であった。


 使徒の再生力により傷は瞬時に塞がる。ダミアンは転身を解き、その場にがっくりと膝をついて荒い息を吐いた。極度の緊張から解放された眷属たちが、涙を流しながらダミアンへと駆け寄る。


 しかし、当のダミアンはまだ安心してはいなかった。疲労で言葉を発する事も出来ぬダミアンは、視線でラビへと訴えかける。その意図を察し、ラビはゴーモンの死体へと歩み寄ると、祈りを捧げて魂を大いなる流れへと還す。これで万が一『蘇生』を使われても、もはやそれはあらゆる技能(スキル)を失った、凡庸(ぼんよう)な剣豪でしかない。


 ここに至り、ダミアンの体からようやく緊張が取れた。獣人シモーヌの肩を借りて立ち上がったダミアンは、重厚な謁見室の扉を開く。


 そこはもぬけの殻だった。シャルル13世はゴーモンを囮にして、隠し通路からとっくに脱出していたのだ。常に側へ置いていた最高戦力をも駒として使うしたたかさ。王として見れば確かに有能と言える。


 しかしダミアンは、殿(しんがり)を務めたゴーモンの生き方に敬意を抱いていた。負ける気はなかったとしても、時間稼ぎに使われる事へ不満は持たなかったのだろうか。ゴーモンの強さを信じているのならば、シャルル13世はこの謁見室に残っていたはずだ。


 ダミアンの脳裏に、首輪が欲しいと言ったゴーモンの言葉がよぎる。忠義に生きるのもまた武人のあり方なのだろう。そしてそれは、ダミアンの眷属たちも同じである。


 ダミアンはこれからフレッチーリ王国を支配するために、残虐に手を染めなければならない。従わぬ諸侯に対しては、直々にその首を()ねに行く事となるだろう。もはやそれは正義とは呼べまい。


 眷属たちに対し、そんな自分と同じ道を歩ませるのは後ろめたくもある。しかし眷属たちに改めて道を選ばせるような、卑怯な真似をするつもりは無かった。彼女たちは迷う事無くダミアンに賛同するだろう。そんなのは単なる自慰行為に過ぎない。


 決意を込めて振り向いたダミアンの視界に、首を掲げて歩いてくるエロイーズの姿が映った。掲げた首はシャルル13世のそれである。


 ダミアンはシャルルを逃がさぬため、フォートマルシャンに着いた時からエロイーズに監視させていた。もしもシャルルがゴーモンを側に置いていれば、エロイーズの暗殺は成功しなかっただろう。その場合ダミアンたちは、隠し通路の中、延々とシャルルを追跡する羽目になっていた。


 ともあれ、こうしてフレッチーリ王国のシャルル13世は討ち取られ、ダミアンはその王座を簒奪(さんだつ)する事に成功した。そして、その余波は大きなうねりとなり、西方諸国を巻き込んでゆくのであった。

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