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奴隷解放

 獣人奴隷たちを避難させようと走って来た勇者ダミアンに、レジオナたちの1体がふにゃふにゃと待ったをかける。


「あ~も~、ナナシたんが何とかしてくれるからさ~、あせんなくてもだいじょ~ぶなんよ~」


 そう言って空の一角を指さすレジオナ。ダミアンがその先へと視線をやれば、まさにナナシが揺らめくエネルギーと化して広がっていく所であった。


 ナナシが積乱雲を吸い込む様子を呆然(ぼうぜん)と見上げるダミアンに、ラビが話しかける。


「ひとつ間違えば戻って来られないでしょうに、大したものね」


 ダミアンはナナシから目を離す事が出来ぬまま、絞り出すように呟く。


「本当に凄いよ、彼は。それに比べて、僕は無力だ……」

「力の質が違う相手と比べても意味はないわ、ダミアン。あなたにはあなたにしか出来ない事がある」

「慰めはいいよ、これが現実さ」


 ラビの言葉を否定するダミアンに、魔王ロックが歩み寄る。


「ナナシはまさに英雄だな。我々は彼に尻拭いさせてばかりで、本当に申し訳ないよ。そう思わないか、勇者ダミアン?」

「何をぬけぬけと……」


「君だって、せっかく救った獣人たちに、これ以上被害が出なくて良かったじゃないか」

「魔王! 貴様よくも民間人を軍事作戦に利用したな? 全ての住民はエンドローザ―法の(もと)平等に扱われるんじゃなかったのか!」


「もちろん、我が国の住民にはエンドローザー法が適用されるさ。だがフレッチーリ王国の獣人奴隷にまでそれが適用されると? 彼らに適用されるのはフレッチーリ王国の法だろう。そして、獣人奴隷が逃亡すれば死刑もありうる。実際、彼らを攻撃したのはリュテスの兵だしな」

「よくもそんな詭弁を……誰の助けも無しに、彼らが逃げ出せるはずがない。城門が解放された事といい、お前たちが何らかの手引きをしていたのは明らかだろう!」


「仮にそうだとして、それに何の問題が? 事実として、100名程度の犠牲でリュテスにいる10万の獣人奴隷を解放する事が出来るのだぞ。非難される(いわ)れはないな」

「人間は数値じゃない! 彼らは戦争とは関係ない、死ぬ必要のなかった人たちだ! 殺し合いなら兵隊同士でやってろよ!」


「他国の奴隷の命を尊重して、我が国の兵士をさらに数万すり潰せと? まあその言い分は理解できるよ。いかにも転生者らしい考え方だ。だが、平和に慣れすぎて自由の価値を忘れているともいえる」


 魔王ロックは、このやり取りを聞いている獣人たちを両手で指し示すと、言葉を続ける。


「彼らを見ろ! 彼らは自分たちの血と命で、自らの自由を、そして同胞たちの自由をも手に入れたのだ! 与えられたのではない、自ら勝ち取った自由だ! 約束しよう、我がルビオナ王国は全ての奴隷を解放し、市民として平等の権利を与えると!」


 魔王の言葉に、獣人たちの間にざわめきが広がる。


「私は君たちの命を賭けた決断に敬意を表する! そして君たちの尊厳を回復させよう! 魔王ロック・エンドルーザーがここに宣言する! 君たちはもう奴隷ではない! 自由なる市民として生きよ!」


 獣人たちのざわめきは、次第に魔王を称える叫びへと変わってゆく。やがて、それは万雷の喝采となった。


「魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王!」


 暫し、獣人たちの声に耳を傾けた魔王は、右手を大きく振って静寂を(うなが)す。その堂々とした振舞いに、獣人たちの喝采は波が引くように静まった。


 魔王は一転して物静かな声で獣人たちに告げる。


「さあ、負傷した者を手当てして、ルビオナ王国の陣へ避難するがよい。私はリュテス攻略の指揮を取らねばならぬ」


 獣人たちの熱狂が収まったのを見計らい、レジオナたちがふにゃふにゃと指示を出す。


「ほらほら~、手が空いてんならこっち手伝ってちょ~」

「うごきまわったから傷口ひらいたじゃんよ~、も~さぁ~」

「バッ……カみたいに忙し~魔王陛下(まお~へ~か)さ~ま~のおありがてぇ~おことばはい~から、さっさと手当ておわらせるんよ~」


 獣人たちが治療と避難を再開するのを見届け、魔王はディー=ソニアとカゲマルを伴ってリュテス城門へと歩き出そうとした。それをダミアンが呼び止める。


「まて、魔王。まだ話は終わってない」


 魔王はため息を吐いて振り向くと、諭すように言う。


「もう話す事はないだろう? 私の作戦が気に入らないなら、今からでも戦いを挑むがいい。だが、君はそろそろ自分の実力に見合った地位に就くべきだと思うがね」

「なんだと……?」


「フレッチーリ王国をいつまでシャルルに任せておくのかと言ってるんだ。奴の治世ではいつまでたっても奴隷制は無くならんし、亜人への差別も解消しないぞ」

「それはっ……少しずつ人々の意識を変えて……」


「ははっ、まあ気長にやるがいい。その間にどれだけの奴隷が死ぬかは知らんがな」

「僕だってやれることはやってる! 宮廷政治はそんなに簡単じゃないんだ!」


「私に言い訳する必要はないさ。君がそういうならそうなんだろう。せっかくの力も宝の持ち腐れとは思うがね」

「貴様なんかに何がわかる! 人の命をコマとしか思ってない貴様に……」


 言葉を続けるダミアンに、魔王はひらひらと手を振って歩き出しす。その後姿を見つめるダミアンの肩へ、ラビの手がそっと置かれた。治療の手伝いがひと段落した眷属たちもダミアンのもとへと集まり、口々に魔王を非難し始める。


(ぬし)様、ルル悔しい~っ! 後ろから焼いてやろうよ! バチっと!」

「ダミアン様ぁ、もういちど暗殺の許可を! 今度こそ確実に仕留めてみせますから!」

「クソ魔王~、お前にゃんか、ご主人様が本気ににゃったらワンパンにゃんだから!」

「地を這う蜥蜴(とかげ)に天空の龍は見えず。所詮は力で支配するだけの蛮族に、マスターの(こころざし)が理解できるはずもないわ」


 (いきどお)る眷属たちの罵声を横に、ダミアンの心は深く沈んでいた。


 魔王の指摘は、ダミアンの抱える問題の核心を突いていた。シャルルに厚遇され、安寧(あんねい)の日々を送るダミアンに危機感が足りなかったのは事実である。フレッチーリ王国の問題を解決するために、いったいどれほど努力したと言えるのか。


 犯罪者ならばともかく、明確に悪とは言えぬ人間を相手に、どこまで非情に徹する事が出来るのか。ダミアンはその責任から目をそらし続けて来た。


 奴隷制に関しても、市場規模から失業者の事を考えれば軽々に廃止とは行かないだろう。奴隷業者にも生きてゆく権利はある。なにより、フレッチーリ王国において奴隷売買は合法なのだ。しかし、そうやって問題を先送りにして来たと言われれば、否定のしようがない。


 黙り込むダミアンを心配そうに見つめる眷属たち。そこへ、レジオナたちのひとりがふにゃふにゃと声をかけて来た。


「お~いクソ勇者(ゆ~しゃ)~、凹んでる場合じゃないんよ~。ふれっち~りの孤児院に兵隊(へ~たい)詰めかけてんのよさ~。ま~、勇者(ゆ~しゃ)が裏切ったとなれば多少(たしょ~)はね~?」


 レジオナの言葉にハッと顔を見合わせるダミアンとラビ。レジオナの言う孤児院とは、間違いなくダミアンが育った孤児院の事であろう。春の女神の神殿に併設されている、かつてラビが管理していた孤児院。


 魔導通信や知識の女神の権能(けんのう)により、西方諸国における情報の伝達速度は早い。勇者の裏切りと、それによるリュテス都市部の陥落は、ほぼリアルタイムで王都へと伝わっていた。シャルル13世は、裏切った勇者への報復、あるいは人質として孤児院の子供たちを狙ったのだ。


「ルル! フォートマルシャンへ飛ぶぞ!」


 ダミアンの叫びに呼応して、電光(ルルーガ)が本来の姿へとその身を変えた。ダミアン一行を背に乗せた黄龍は、ほんの数回の羽ばたきで音速へと達する。


 地上では、離陸の突風を防ぐために防御壁を展開したレジオナたちが、ふにゃふにゃと抗議の声を上げていた。


     ◆◆◆◆◆


 フレッチーリ王国、首都フォートマルシャン。


 この大都市に点在する春の女神の神殿の中でも、大司教が常駐する最大の神殿。その片隅に併設されている孤児院の前に、200名余の騎士と、100名の警備兵が整列していた。


 孤児院の入り口には、それに対峙するように春の女神の司祭と信者が並ぶ。その中央には、若草色の豪奢(ごうしゃ)な僧侶服を身にまとった大司教デボラ42歳が、ピンクと小豆色で塗り分けられた全身鎧の、赤い髪の女剣士を伴って立つ。


 王の命令を受け、捕縛の任に就いた近衛騎士団を率いるのは、誰あろうオランド将軍その人であった。対する大司教も、神殿に対する越権とも言える行為に一歩も引くつもりは無い。


 オランド将軍が、大司教デボラに向かって王命を口上する。


「ダミアン・ドゥファンの裏切りにより、城塞都市リュテスは多大な被害を被った。反逆者ダミアンはこの孤児院の出身である。よって、この反逆が組織的なものか否か、王城にて取り調べを行うため、職員を含め全員を連行する。抵抗は罪を認めたも同然であり、その場での処刑も許可されていると心得よ」


 あまりにも一方的な物言いに、大司教デボラが異議を申し立てる。


「先日の蘇生の命令といい、国王陛下は神殿との関係をどうお考えなのか。神殿の独立性は法でも保証されているはず。いきなり兵を率いて踏み込むとは、無法が過ぎよう」


 これを聞いたオランド将軍は、傲慢(ごうまん)な笑い声を上げた。


「わはははは! たかが司教の分際で何を抜かすか! 法だと? 我がフレッチーリ王国において法とは国王陛下に他ならぬ。国王陛下が命じれば、それに従うのが臣民の義務であろう。それとも今すぐ処刑されたいと申すか!」


 オランド将軍がさっと右手を上げると、騎士の左右に並んでいた警備兵たちが、統率された動きで魔装弾式小銃を構えた。膝射(しっしゃ)と立射の2列になった100丁の銃口が、孤児院を守る春の女神の信者たちへと狙いをつける。同時に近衛騎士たちも抜剣し、盾を構えて突入の姿勢に入った。


「おのれ! 無辜(むこ)の信徒を虐殺すれば、フワレヤ信徒全てを敵に回す事になるぞ!」


 大司教デボラの言葉を、オランド将軍は鼻で笑う。


「ふん、思い上がるのもいい加減にしろ。王の庇護(ひご)なくして何が信仰か。貴様らがのんきに祈っていられるのも、全ては国王陛下の恩寵(おんちょう)賜物(たまもの)であるぞ。さあ、この手を振り下ろす前に(こうべ)を垂れるがよい」


 両者の間に緊張が高まる。


 気楽に見えるオランド将軍ではあったが、大司教が相手となれば近衛騎士団も無傷では済まないと理解していた。集まった司祭たちも単なる壁ではないだろう。舞闘術とやらの手練(てだ)れであるに違いない。


 かたや大司教デボラも軽々に引くわけにはいかない。この先神殿勢力が軽んじられるくらいならば、この場で討ち死にして、フレッチーリ王国との全面抗争を引き起こした方がよほどましである。しかし、そのために無辜の孤児たちを巻き込む事には心が痛む。


 一触即発の空気の中、ふにゃふにゃとした声が上がった。声の主は奇妙な仮面の剣士、紅の流星レジオナである。


業務(ぎょ~む)連絡~ぎょ~むれんらく~、あと15分くらいで激おこ勇者(ゆ~しゃ)がと~ちゃくするんよ~」


 オランド将軍の顔から笑みが消えた。ダミアン相手にこの手勢では太刀打ちできまい。かくなる上は、時間が許す限り孤児たちを殺し、ダミアンの到着前に撤収しなければ。人質はひとりかふたり確保出来れば上出来であろう。


鏖殺(おうさつ)せよ!」


 オランド将軍の手が振り下ろされ、斉射の轟音と共に近衛騎士たちが突撃を開始する。


「ひゃっは~! やはり暴力(ぼ~りょく)! ぼ~りょくはすべてをかいけつするぜえ~!」

神威(しんい)(おそ)れよ! 鬼畜滅殺!」


 司祭たちが防御壁を展開する中、紅の流星レジオナと大司教デボラは銃弾の嵐の中へと飛び込んだ。


 デボラが優雅に回転すると、銃弾はその豪奢な僧服に絡め捕られ、あらぬ方向へと受け流される。だが、その一部は並走していたレジオナを側面から襲ってしまう。


「あだだだだっ!」


 正面からの銃弾は華麗に受け流していたレジオナだったが、思いがけぬ誤射(フレンドリーファイア)に弾き飛ばされ、転倒しながら騎士団の中へと突っ込んだ。


「あらら、ごめんあそばせ」


 紅の流星の実力を知るデボラは、悪びれた様子もなく片目をつぶり舌をちろりと覗かせ、眼前に迫る騎士団へと文字通り躍り込む。


 想定外の状況に慌てた騎士たちの攻撃を、デボラは踊るようにかわしつつ、その勢いを利用して投げを打つ。鎧込みで100キログラムを軽く超える物体は、乱戦の中、周囲の騎士たちを巻き込んで転倒を誘う。


 体重60キログラムそこそこのデボラではあるが、周囲には100キログラムを優に超える()()がいくらでも存在するのだ。むしろこの乱戦はデボラにとって有利な状況と言えた。


 かたや盛大にすっ転んだ紅の流星は、その勢いで数人の騎士をなぎ倒すと、くるりと受け身を取って立ち上がる。その手にはいつの間にか巨大な戦槌(せんつい)が握られていた。いわゆるウォーハンマーではなく、肉を叩くミートハンマーを巨大化したようなその鉄塊は、まさに殺意が塊となったかのようである。


 重量は軽く300キログラムを超えるであろうその鉄塊を、紅の流星は『速度制御(ベクターコントロール)』の呪文を巧みに操り、ぶんぶんと振り回す。そのひと振りごとに、響き渡る金属音と共に数名の騎士が宙を舞う。威圧目的の整列が(あだ)となり、密集状態の騎士たちは逃げ場もないまま蹂躙(じゅうりん)されてゆく。


「ええい、そいつらにかまうな! 孤児院への攻撃を優先しろ!」


 叫びながらオランド将軍が孤児院へと走り寄る。デボラと紅の流星の攻撃にさらされていない騎士と、装剣した小銃を構えた警備兵たちがその後を追う。


 司祭と信者たちは手に手に剣や戦鎚(こちらは普通の片手槌である)を持ち、これを迎え撃つ。司祭ともなれば多少は舞闘の心得もあるが、一般の信者たちは精々で初級冒険者もいい所である。戦闘の専門職である騎士や兵には到底及ばない。


 しかし、大司教自ら先陣を切って戦っているのだ。神殿にいた信者たちは我が身を顧みず、次々と戦いに参加してくる。捨て身の信者たちに阻まれ、オランド将軍たちは孤児院へ到達できないまま、刻々と時は過ぎてゆくのであった。

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