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備蓄拠点

 魔王ロックにとって、勇者の行動は望外の戦果であった。


 獣人奴隷を逃がした最大の目的は、開放した城門での混乱を狙ったものである。そしてあわよくば、戦闘に介入してくるであろう勇者を、獣人の保護で手一杯に出来ればという目論見もあった。


 しかし、フレッチーリ王国の所業に対し、あそこまで勇者がキレるとは予想していなかった。確かに転生前の日本人から見ればあまりに非道な行いとはいえ、これはフレッチーリ王国側も計算外だった事だろう。おかげでルビオナ王国軍は、ほとんど無傷のまま市街に突入できた。


 獣人奴隷たちの手当てに奔走(ほんそう)する勇者たちを見ながら、魔王ロックへ情報官カゲマルが問いかける。


「この後、勇者への対処はどのようにされますか」

「ひとまず、獣人の治療にざっと半日はかかるだろう。レジオナたちが救命作業をしているとはいえ、勇者共もこれを放ってはおけまい」


 百を超える重軽傷者には、それぞれ1~4人のレジオナたちが付いて治療を施していた。レジオナたちはグループごとに髪の色が緑、黄、赤、黒に分かれており、これは治療優先順位(トリアージ)を表している。


「アビーちん、こっち重症治癒よろ~」

「クソ勇者(ゆ~しゃ)! 治癒はさ~、ちゃんと骨の位置合わせてからだっつ~の!」

「オラッ! クソ魔女~、傷口はちゃんと洗ってから治癒かけろってば~。じょ~しきでしょ~」

「ラビちんの再生(さいせ~)はまだまだ後なんよ~。つなげられる分はつなぐからさ~」

「これはも~実験中(じっけんちゅ~)のアレつかうしかないんよ~。フヒヒ、みなぎってきたぜえ~!」


 レジオナたちの指示に従い、勇者一行とアビゲイルが獣人たちの間を走り回る。勇者への牽制としてこの場に留まるディー=ソニアも、体の固定や力仕事に駆り出されていた。散乱する獣人の死体はコボルト工作兵が荷馬車へと積み込んでゆく。


 魔王ロックはいまだ黒煙を上げ(くすぶ)り続ける城壁を指さし、カゲマルに言う。


「まあ、あれだけの事をやった以上、いまさら城内の戦いに介入しても混乱を生むだけだ。さすがにその自覚はあるだろう。なに、いざとなれば我々で足止めするさ」

「ここでリュテスがほぼ無傷で落ちたのは僥倖(ぎょうこう)でした」

「最終手段を使わずに済んだのは本当に助かった。もし下水を逆流させていたら、後始末にどれほど労力を割く事になるか、計算上でも恐ろしい結果だったからな」


 攻城戦が膠着状態に陥った場合、最終手段として、川の逆流による下水噴出作戦が計画されていた。


 フレッチーリ王国は魔物への忌避感のせいで、スライム式浄化槽が全く普及していない。では汚物がどう処理されているかと言えば、川の水を利用した水洗により下水へ垂れ流しであった。


 その下水は、何の処理もされぬまま再び川へと流される。このため、リュテスの下流域は生活排水により汚染され、悪臭を放つ死の川と化していた。


 この川の水ごと下水を逆流させ、町中の排水設備から噴出させればどうなるか。便所は言うに及ばず、町中の厨房や洗濯場、病院施設などが汚染され、瞬く間に疫病が蔓延するだろう。


 50万人都市であるリュテスでパンデミックが起きれば、もはや春の女神の奇蹟『病気の治癒』程度では焼け石に水である。衛生状態を改善しようにも、川を逆流させ続ければ手の施しようがない。時間がたつほどリュテスは疲弊し、最終的には降伏するか全滅するか選ぶ事となる。


 しかし、そうやってリュテスを落とした場合、今度は魔王軍に文字通りその尻拭いが待っているのだ。町中を清掃し、死体を片付け、除染するには途方もない労力と資源が必要となる。占領統治だけでルビオナ王国が傾く可能性すらあった。


 しかし、その心配ももはや杞憂である。ここに至っては、万にひとつもルビオナ側に負けはない。市街戦となれば、個々の戦闘力において大きく勝る魔族が圧倒的に有利である。指揮官先頭と突っ込んでいったオークジェネラルなどは、かつてオークキングと共に特級冒険者の討伐隊を返り討ちにした実績があるのだ。


 魔王ロックの脳裏で今後の作戦展開に修正が加わっていく。最悪の場合は3割程度までの損害も覚悟していたが、フレッチーリ側が自滅してくれるとは嬉しい誤算だった。しかも勇者は完全に裏切り者として認識されたに違いない。この好機は最大限利用させてもらわねば。


     ◆◆◆◆◆


 リュテスに集められた25万の兵と5万の冒険者のうち、10万の戦力は別動隊として開戦の数日前から移動を開始していた。ふた手に分かれた部隊は、それぞれ魔王軍の補給路を分断するべく、後方へと回り込んでいたのだ。


 魔王軍は進軍の際に数か所の備蓄拠点を築いており、輜重隊(しちょうたい)はそれぞれの備蓄拠点間を往復している。そこで別動隊は備蓄拠点を襲い、補給路を分断して物資を奪う。さらに返す刀でリュテス城と10万の別動隊による挟撃(きょうげき)、すなわち鉄床(かなとこ)戦術を行うという作戦であった。


 偵察部隊によれば、主力のオークやオーガ、ダークエルフ、魔王種、リザードマン等は全て本陣に集結している。魔王軍の輜重隊は主にコボルトやその他獣人、簡易なゴーレム、装備の貧弱なゴブリン等が受け持っているようだ。


 拠点も土魔法と木造を組み合わせた簡素なものであり、それぞれ5万の兵力をもってすれば攻略は容易(たやす)いだろう。もしもこちらへ魔王軍が兵力を割けば、リュテス城に残る20万の戦力が打って出る手筈(てはず)であった。


 開戦に合わせて備蓄拠点へと襲い掛かかる別動隊。拠点からは(いしゆみ)や投石による攻撃が散漫と行われる程度で、リュテス兵にはほとんど損害も出ない。


 拠点を取り囲んだリュテス兵は、火矢と魔法で木製の柵を焼き落とす。そして空堀に橋を架けると、一斉に拠点へと雪崩れ込んだ。


 しかし、拠点内部は不気味なほど静まり返っていた。動くものと言えば、簡素なゴーレムが命令通りの動きを繰り返すばかり。それらのゴーレムは、倉庫の魔晶石を拠点中央の建物へと運び込んでいるようだ。


 斥候からの報告では、少なくない数のゴブリンやコボルドが馬車を操って拠点へと入って行ったはずである。これはいったいどうした事か。罠を警戒した部隊長は、いったん兵を拠点外へと引き上げた。そして十数人の精鋭を選び、拠点中央の建物の調査を命じる。


 中央の建物は土魔法で形成され、10メートル四方の直方体に3メートル四方の直方体が乗ったような形をしていた。上に乗っている直方体の上部は吹き抜けになっており、太い煙突のようである。建物には窓が無く、四方に扉のない入口が設けられていた。その入り口へと、ゴーレムが魔晶石を荷車で運び込んでいるのだ。


 建物内部からは淡い光が漏れている。精鋭部隊は警戒しつつ入り口からそっと内部をのぞき込んだ。


 そこには、巨大な魔晶石生成炉が据え置かれていた。直径5メートルの円形の台座から、8本の柱が屹立しており、一種の力場を形成している。


 柱に囲まれた空間内では、直径3メートルはあろうかという魔晶石が生成されている最中であった。台座の四方には1メートルほどの穴が開いており、窯に石炭をくべるかの様にゴーレムが魔晶石を投入している。


 この装置自体は、西方諸国においてもよく知られたものであった。拠点防衛用などに使用する、巨大な魔晶石を作成するための装置である。通常サイズの魔晶石から魔力を抽出し、力場内部で再結晶させる、原理としては単純なものと言えよう。


 しかし、再結晶による魔力の変換効率は60~70パーセント程度であり、非常に無駄が多い。それに加え、生成途中の魔晶石は不安定な状態であり、再結晶が完了するまでは些細(ささい)な衝撃でもそのエネルギーを解放してしまう。ありていに言えば大爆発を起こすのだ。


 そのため、この装置は人里離れた場所に設置されるのが常であった。それを考えれば、魔王軍がゴーレムのみで設備を運用している事にも納得がいく。ここは攻城戦に備えた魔晶石生成場なのだろう。


 この装置の存在を知らずに攻撃を加えていれば、大惨事が起きる所であった。少なくとも拠点に踏み込んだ兵士には多大な損害が出ていたはずである。だが、まだ安心はできない。自爆装置などが無いか、よく調べる必要があった。


 精鋭部隊は慎重に建物内部へと踏み込む。すると、部隊の魔術師が床に描かれた魔法陣に気が付いた。それはどうやら魔晶石生成炉の真下の床に描かれているらしい。大きすぎて端が生成炉からはみ出しているのだ。


 魔法陣を目で追っていた魔術師は、カウントダウンと思しき点灯が魔法陣周囲を進んでいる事に気付く。その瞬間、この魔法陣の正体を察した魔術師は空を見上げた。軍属の魔術師として講義を受けた、忘れもしない恐るべき戦略級殲滅(せんめつ)魔法。退避のための時間を教える特徴的なカウントダウン。


 はたして、上空にはすでに『反物質(アンチマター)召喚爆破(エクスプロージョン)』が形成されていた。この装置は魔晶石を生成するためではなく、戦略級殲滅魔法に必要となる莫大な魔力抽出のために設置されていたのだ。カウントダウンの進み具合から見て、もはや魔法陣を破壊しても召喚は止まるまい。


 魔術師は、拡声魔法を使ってひと言『反物質召喚爆破』と叫んだ。兵士の中でも闘争神やその他『絶対防御圏』(インバイオラビリティ)の加護を得られる信仰がある者は、生き延びられるかもしれない。


 幸い、この精鋭部隊の隊長は闘争神の信者であり、特級冒険者並みの実力がある。この場の十数名を全て守っても、爆発の瞬間には耐えられるだろう。


 しかし、存在力の低い者や信仰心の薄い者などは、自分自身に限ったとしても1秒も持つまい。魔術師は拡声魔法を使って魔法陣のカウントを読み上げる。


 そして、ついにその瞬間が訪れた。

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