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市街戦

 魔王軍は第2城壁内へ侵入すると、城壁にそって戦力を展開していった。最優先されるのは城壁の制圧である。魔王軍正面の城壁は勇者の攻撃によって無力化しているが、残る7つの門の戦力はまだ健在なのだ。


 オーク重装騎兵が城壁への登り口を守る兵を蹴散らすと、騎兵のうち1騎に相乗りしていたダークエルフが城壁内を上へと駆け上がる。迎え撃つリュテス兵士が螺旋階段の壁を盾にして攻撃を加えるものの、ダークエルフの巧みな剣技によって瞬殺されてしまう。


 敵を足止めするための狭い螺旋階段では、必然的に1対1の戦闘とならざるを得ない。本来は防御側に有利なこの造りが、今は逆に働いていた。数百年から数千年に渡って技を研鑽(けんさん)し続けて来た長命種に、1対1で勝てる人間がどれほど存在しようか。


 エルフやダークエルフという種族の弱点は、その絶対数の少なさと排他的な文化にある。ルビオナ王国という巨大な多種族国家に組み込まれたダークエルフには、もはやその弱点はない。


 ダークエルフに続き、ゴブリン軽歩兵も階段を駆け上がってゆく。剣での足止めは不可能と見たリュテス兵士は、対登攀(とうはん)用の煮えたぎる油を階段へとぶちまけた。


 先頭のダークエルフは壁をけってひらりとこれをかわし、そのまま『飛行』で壁上へと躍り出る。しかし後続のゴブリンたちは油をもろに浴び、絶叫を上げながら押し流されてしまう。折り重なるゴブリンとリュテス兵の死体、そして油による(ぬめ)りで、もはや階段からの増援は望めない。


 孤立したダークエルフに、壁上の兵が一斉射撃を加えた。ダークエルフは防御壁を複数展開し、これに耐える。周囲の魔素を利用できるとはいえ、さしものダークエルフも破壊される防御壁の再構築で手一杯となった。このままではいずれ物量により押し切られてしまうだろう。


 とどめとばかりに巨大な対魔獣弩砲がダークエルフに狙いを付けた、その時。兵たちの後方で絶叫が響き渡る。驚いて振り向いた兵たちの目に映ったのは、壁上へと飛び上がって来る屈強なオーガたちの姿であった。


 城壁の下では、オーク騎兵が両手を組み、そこへ足をかけたオーガを跳ね上げていた。ふたり分の筋力による跳躍は、高さ15メートルの城壁をも易々と飛び越える。


 そもそもオークナイトですら、軽装ならば10メートル程度の跳躍が可能なのだ。ヒューマンとの身体能力の差は歴然である。


 大型種族であるオークやオーガは、最初から狭い階段を使うつもりは無かった。しかし単に跳躍しては良い的である。そこでダークエルフが注意を引き、その隙をついて壁上へと取りついたのだ。


 身長2メートル半を超えるオーガの振るう、巨大で肉厚な剣が、ひと薙ぎでふたりの兵を両断する。あわてて放たれた弩の矢も、籠手のひと振りで弾かれてしまう。


 次々と壁上へ飛び上がって来るオーガたち。こうなってしまっては、もはや追い詰められたのはリュテス兵たちの方である。恐怖のあまり数人の兵が飛び降りると、それを合図に一方的な殺戮(さつりく)が始まった。


     ◆◆◆◆◆


 城壁と並行して、都市部の制圧も進んでいた。こちらは魔王種やダークエルフに率いられた、オーク重装歩兵とゴブリン軽歩兵、そしてコボルト工作兵の混成部隊が主力である。


 この混成部隊は、重装歩兵100、軽歩兵100、工作兵30と、ふたりの魔王種またはダークエルフの指揮官によって構成されていた。これらの混成部隊が、リュテス市街を第2城壁から中央のリュテス城へ向かって、包囲網を狭めるように進撃してゆく。


 ファランクスの様に隊列を組んだ重装歩兵を前にして、リュテス軍はじりじりと後退を余儀なくされてしまう。射撃や魔法攻撃は分厚い盾と『防御壁』によって阻まれ、側面からの攻撃はゴブリン軽歩兵の索敵と魔王種やダークエルフの連携によって阻まれてしまうのだ。


 リュテス城から放射状に延びる大通り以外の狭い路地は、オーガの遊撃部隊が虱潰(しらみつぶ)しにしてゆく。これにより部隊後方へ回り込んでの挟撃(きょうげき)も不可能であった。


 さらに、通り過ぎる民家や商家は、敵兵が潜んでいないかコボルト工作兵によって捜索されていた。住民たちは踏み込んで来た魔族に怯え、逃げ惑う。しかし捜索を終えた工作兵は、住民に危害を加えるどころか、何も盗らずに去ってゆくではないか。後に残された住民たちは、まるで不思議なものを見たかのように放心するばかりであった。


 魔王軍は略奪を防ぐため、徹底した規律を課していた。指揮官には、軍規に違反した者をその場で処刑する権限が与えられている。部隊にふたりいる指揮官の内ひとりが、不届き者が粗相(そそう)をせぬよう、捜索を監視しているのだ。


 こうした捜索の必要もあり、混成部隊は非常にゆっくりとした速度で進んでいた。防衛側のリュテス軍は、なまじ後退が容易なばかりに、決死の覚悟が出来ないままであった。このままリュテス城に集結して体勢を立て直せばよいという考えが、兵士から精強さを奪ってしまう。


 しかしこれこそが魔王軍の罠であった。後方から物資が潤沢(じゅんたく)に届く防衛戦ではなく、真に孤立した籠城戦へとリュテス兵を追い込む事が目的なのだ。そのためには、生きたままリュテス城へ逃げ込む兵士は多いほど良い。


 騎兵に比べ、重装歩兵を含む混成部隊の展開は(はる)かに遅い。都市を完全に囲むまでには、相当数の兵士が第2城壁から外へと逃げてしまう可能性がある。城壁の制圧を最優先としたのは、リュテス兵を外ではなく内に逃げ込ませるためでもあった。


     ◆◆◆◆◆


 市街においては、勇者の裏切りや城門の陥落等の噂が飛び交い、慌てて逃げだす市民も数多くいた。彼らは魔王軍から少しでも遠ざかろうと、南東門をはじめとした東側の出口へと殺到する。


 しかし、それらの城門には既にオーク重装騎兵が展開しており、行き詰った市民の群れは広がる血溜まりのごとく増えてゆく。このまま滞留(たいりゅう)が広がれば、群衆雪崩(なだれ)が起きるのも時間の問題であった。


 そしてこの群衆は、魔王軍にとって有利に働く事となる。群衆が邪魔となって、リュテス兵の展開が(はば)まれてしまったのだ。これによって、リュテス兵を逃がさないという魔王軍の目的が達成されてしまう。


 門へと向かう事が出来なくなったリュテス兵は、否応なくリュテス城へと転進するしかない。滞留する群衆から悲鳴が上がり始めるが、もはやいちど動き出した行軍は止まる事が出来なかった。


 いっぽう、ついに群衆の中では将棋倒しが始まってしまう。その様子を壁上で見ていたダークエルフが、ゴブリン歩兵に城門を開ける指示を出す。無駄に市民を死なせてしまうのは、この戦争の本意ではない。


 城門が開け放たれ、吊り橋が降ろされても、滞留した群衆は動けずにいた。恐ろしいオーク重装騎兵やゴブリン歩兵部隊の横を、どうして一般市民が通り抜けられようか。彼らからすれば、門の両脇に並ぶ魔王軍は、龍の(あぎと)に生えた牙の様に見えている事であろう。


 見かねたダークエルフが、壁上からふわりと下へ飛び降りる。そして流麗な西方共通語で群衆へと呼びかけた。


「さあ、慌てず順番にお通りください。ほら、そこの貴方、一番乗りの名誉を与えましょう」


 ダークエルフは優雅な所作で手近な群衆へと手招きをする。驢馬(ろば)に荷車を引かせた裕福そうな家族が恐る恐る進み出ると、ダークエルフは先導するようにその前を歩きだした。


 その様子を見ていた群衆から、ひとり、またひとりと歩き出す者が現れる。ひとたび動き出した群衆は、水があふれ出すかのように我も我もと後に続き始めた。


     ◆◆◆◆◆


 中級冒険者のパスカルは、5人の仲間と共にリュテス市街をうろついていた。フレッチーリ王国からの招集には応じたものの、後詰(ごづめ)で楽が出来ると高をくくっていたらとんだ見込み違いである。早々に門を抜かれるとは、リュテスの兵は間抜け揃いなのか。


 幸い、魔族の進軍は非常にゆっくりとしたものであった。リュテスから逃げ出す時間は十分にある。パスカルたちは行きがけの駄賃にと、略奪をするべく市街を物色していたのだ。どうせ被害は魔王軍のせいにしてしまえる。


 大通りは魔王軍がいるため論外であった。民家でも男手が残っていれば思わぬ反撃にあうかもしれない。


 この界隈ならば、むしろ兵士の家族が集まっている場所が狙い目だろう。そう考えたパスカルは、家庭を持ったばかりの兵が多く住む集合住宅に目を付けた。程よく大通りから離れていて、立地的にも都合が良い。


 リュテスのような大都市では、集合住宅にも簡素な鍵が設置されていた。しかし中級冒険者の斥候(とは名ばかりの盗賊)にかかれば、解錠など赤子の手をひねるようなものである。


 魔族の侵攻に備えて、家々の扉は固く閉ざされ、あたりに人影は無い。パスカルたちにとってはまさに好都合。3階建ての集合住宅を、下から順に時間が許す限り漁ろうではないか。


 早速、1階の端の扉に近づくと、仲間のひとりが鍵開けを始めた。パスカルたち他の面々は、周囲の警戒に当たる。


 すると、前方の路地からひとりの兵士が現れた。見慣れぬ粗末な青いサーコートを身に着けたその兵士は、迷うことなくパスカルたちの方へと走り寄る。


 パスカルたちは一瞬顔を見合わせると、直ちに兵士へと向き直り、媚びた笑顔を張り付けた。幸い相手はひとりのようだ。しかもよく見れば、鎧も傷だらけである。満身創痍(そうい)で逃げ出してきたのならば、近づいた所を5人でかかればひとたまりもあるまい。


 しかし、その兵士はパスカルたちの意に反し、一足一刀からは微妙に遠い位置で立ち止まった。パスカルは仕方なく兵士に声をかける。


「これはどうも兵隊さん。いやね、あっしらはこの辺の戸締りを確認して回ってるんでさあ。ほら、すぐそこまで魔族の連中が迫ってるんで」

「そこは俺の家だ。火事場泥棒どもめ」


 兵士の言葉に、パスカルは先手必勝と抜剣しつつ切りかかった。その後ろからは、息の合った連携で魔法使いが火球を放つ。パスカルが会話によって稼いだ時間で発動待機させていたのだ。


 魔法をどう処理しようが相手は一手遅れる、パスカルたちにとっては必勝の連携であった。さらにパスカルの体に隠れるように、仲間の剣士が刺突を狙っている。そしてもうひとりの戦士が、器用に壁を蹴って兵士の後ろへと回り込もうとしていた。


 これだけ注意を分散させられては、もはや対処のしようがあるまい。パスカルたちは勝利を確信する。


 しかし、一足一刀の距離ではないというパスカルたちの思い込みは、完全に間違っていた。なぜなら、その満身創痍に見えた兵士はヴァンサンであった。パスカルたちは、とっくに必殺の間合いに入っていたのだ。


 火球とすれ違うように投擲(とうてき)された片手剣が、魔法使いの顔面に深々と突き刺さる。パスカルは剣を抜こうとした動作をなぞるように腕を取られ、そのまま背負い投げの要領で頭頂から地面へ叩きつけられた。即死である。


 パスカルの横にいた剣士は、予想もしなかったヴァンサンの動きに、慌てて剣を突き出した。ヴァンサンはその雑な突きと交差するように、パスカルの腰から抜き取ったナイフを剣士の喉から頚椎(けいつい)まで突き通す。脊髄を切断された剣士は、糸の切れた操り人形のごとくその場に崩れ落ちた。


 ヴァンサンは刺さったナイフをそのまま手放し、徒手で斥候へと飛び掛かる。そして、逃げ出す斥候に後ろから組み付くと、一瞬でその首を半回転させた。


 壁を蹴って跳躍していた戦士は、もはや後ろを振り向きもせず逃げ出す。一歩でもためらえば、死神に追いつかれてしまうだろう。走りながら、残った僧侶が少しでも時間稼ぎになってくれることを願う。


 その僧侶は、『絶対防御圏』(インバイオラビリティ)に閉じこもったまま震えていた。しかし、所詮(しょせん)中級冒険者でしかない己の存在力では、この奇蹟も3分と持つまい。


 魔法使いの顔面から悠々と剣を引き抜くヴァンサンを前に、とうとう僧侶は失禁してしまう。せっかく自宅の前を汚さぬよう、なるべく出血を抑える戦い方をしていたヴァンサンは、それを見て盛大に舌打ちするのだった。

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