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開戦

 籠城戦を選んだフレッチーリ王国に対し、ルビオナ王国はさしたる妨害も受けず軍を進めることとなった。


 国境都市リュテスは、リュテス城を中心とした城塞都市である。城の周囲には城下町が広がり、それを第2の城壁が囲む。第2の城壁の周囲は、川を利用した水堀が覆っており、都市に入るためには門から降ろされる跳ね橋を渡るしかない。まさに難攻不落の城塞都市と言えよう。


 魔王軍はリュテス城壁から500メートルほどの位置に布陣した。これは投石機(カタパルト)の使用を前提とする距離である。魔法による対処法が確立されているとはいえ、投石により魔術師の行動を縛るメリットは大きい。


 籠城となれば都市部への落石は放置できない。戦術級防御魔法『弾性防御壁(イラステックウォール)』の発動には上級から中級の魔術師が最低でも十数名は必要である。守る範囲が広がれば、当然の事ながら必要人数はそれだけ増えてゆく。


 遠距離攻撃を得意とする魔術師を防御要員として拘束できれば、それだけ攻城戦が有利に進められる。直接攻撃力に劣る人員でも運用可能な投石機は、対処法が確立された現在においても有用な兵器であった。


 最後通牒の期限となる日の夕刻には、攻城兵器の組み立てや塹壕の構築も終わり、魔王軍の布陣が完了した。リュテスの城壁では夜間の襲撃に備え篝火(かがりび)が焚かれ始めている。


 オークやゴブリンなど夜目の利く種族が多い魔王軍にとって、夜間戦闘が有利なのは言うまでもない。日没をもって最後通牒の期限を過ぎたと見なし、攻撃を加える事も可能だろう。


 しかし魔王ロックは夜明けを待つ事を選んだ。行軍の疲れを取る意味もあったが、様々な仕込みの発動にも日中の方が都合がいい。


 なにより、この戦争は魔王領をルビオナ王国として西方諸国へ広く知らしめるための側面も大きかった。ならば宣戦布告は夜明けと共に行う方が、より効果的であろう。


 こうして、開戦の緊張をはらんだまま、リュテスの夜は更けてゆくのであった。


     ◆◆◆◆◆


 翌朝、魔王ロックは陣の前へと進み出て、宣戦布告を行った。


 リュテスの上空には、その様子を映した巨大な画像が魔法により投影されている。また、魔導放送や『動空録(ドクロ)』でも配信を行っているため、西方諸国の首脳陣もこの様子を見ているだろう。


「我がルビオナ王国からの最後通牒に対し、フレッチーリ王国は期限までに履行も回答も行わなかった。よってルビオナ王国は現時点をもってリュテスに対し、領土奪還のため、攻撃を開始する。総員、突撃!」


 魔王ロックの号令と共に、魔王軍から雷鳴のごときウォークライが轟く。投石機の留め金が外され、巨石が宙を舞った。その下を、重装甲のオーク騎犀兵が雪崩を打って走り出す。


 同時に、リュテス城壁からも魔法や大型弩砲(バリスタ)、重機関銃、大砲による攻撃が始まった。城壁から降り注ぐ騎兵への攻撃に対し、戦犀(ウォーギフル)に相乗りしたダークエルフや魔王種の部隊が防御魔法で対抗する。


 こうして戦端が開かれたその直後、高高度から超音速で巨大な物体が飛来した。勇者一行を乗せた黄龍、電光(ルルーガ)である。


 黄龍は上空100メートルで翼を広げ急制動をかけると、押し寄せるオーク騎兵へ電光の息吹(ライトニングブレス)を放つ。


 かつてのディー=ソニアとの戦いを教訓に、防ぎづらいよう広範囲を薙ぎ払うその息吹(ブレス)を、これも恐るべき広範囲に展開された防御壁が遮った。陸軍大将“三輝(サンシャイン)”グレース・オールドフィールドと、数名のダークエルフによる戦術級魔法『広域防御壁』である。


 本来ならば防御壁一枚では防ぎきれぬ息吹も、薙ぎ払いという放射形状により一点における破壊力は激減していた。防御壁の破壊でエネルギーを減じられた息吹は、オーク騎兵の抵抗(レジスト)と装甲、そして再生能力を前にして、微々たる損害しか与えられない。


 歯噛みする黄龍を、側面から巨大な円盤が襲う。直径20メートルはあろう鈍い銀色の円盤は、フライングパンケーキ号の実験機を流用した輸送機である。乗員を降ろしたその円盤を、機体の上に立つ魔王ロックが『飛行』で操り、黄龍へ激突させようとしたのだ。


 とはいえ、時速100キロメートル程度の飛翔体を避けられぬ黄龍ではない。ひらりと突撃をかわした黄龍は、旋回する円盤を追い始めた。


 魔王ロックは追いすがる黄龍へと向き直り、拡声魔法を使って勇者ダミアンに告げる。


「貴様と遊んでやるのはかまわんが、下はそれどころではないぞ! 城門をよく見るがいい!」


 魔王の口調に何かを感じたダミアンは城門を注視した。すると、固く閉ざされているはずの門は無防備にも開け放たれ、吊り橋も降ろされているではないか。これではまるで敵を招き入れるようなものである。


 ところが、逆に城門からは多くの人影があふれ出し、橋を渡って駆けてゆく。ダミアンは一瞬、リュテスの兵が打って出たのかと思った。しかし、それらの人影は兵士にしては動きがおかしい。不審に思ったダミアンが遠見の魔法でよく見れば、それは全て獣人奴隷であった。


 そして、あろうことか城壁から奴隷たちに向かって攻撃が始まったのだ。その上、恐怖にかられ走る奴隷たちの前方からは、もっと恐ろしいオークの重装騎兵が迫りくる。奴隷たちは進退窮まり足を止めるが、後ろから走って来る奴隷たちに押され、将棋倒しになってしまう。


 もはや奴隷たちの命は風前の灯であった。オーク騎兵を攻撃しようにも、息吹や魔法では奴隷たちをも巻き込みかねない。ダミアンは黄龍から飛び降りると、『飛行』を使ってオーク騎兵へと切り込もうとした。


 そんなダミアンの眼前に、思いがけない光景が展開する。オークの騎兵が、まるで川の流れが分かれるように整然と奴隷たちを避けていくのだ。騎兵隊の一部はその場に留まり、奴隷たちを半円状に取り囲んで盾を掲げ、即席の避難所を形成する。


 それでも逃げて来る奴隷の数は数百人規模であり、将棋倒しになっている奴隷たちにまで盾は届かない。しかし、逃げる奴隷たちを保護しようとするオークたちの意志は、その行動から明白であった。


 そんなオークと奴隷たちに向かって、足が止まったのを好機とばかりに城壁からの攻撃が強まる。ダミアンは慌てて奴隷たちの上空に移動し、あらん限りの魔力で防御壁を展開した。


「急げ! こっちだ!」


 呼びかけるダミアンの目の前で、避難しようとこちらへ走っていた母娘の獣人奴隷を大型弩砲(バリスタ)の矢が貫く。対魔獣用の巨大な矢のエネルギーは、抱いた幼い娘もろとも母親を木っ端微塵に吹き飛ばした。


 宙を舞う小さな腕の破片。ダミアンの怒りはついに限界を超えた。獣のような咆哮と共に、ダミアンの周囲に無数の『魔力誘導弾(マジックミサイル)』が出現する。


「クソがああああああ! ふざけるなああああああッ!」


 ダミアンの叫びに呼応するかのように『魔力誘導弾』が城壁へと射出された。同時に、魂の回線によってダミアンの怒りを共有した眷属たちも、城壁へと攻撃を始める。


 無限の魔力を持つ勇者とその眷属たちからの、恐るべき密度の魔法攻撃が、城壁の防御魔法を次々と破壊してゆく。そして、溜まりに溜まった鬱憤(うっぷん)を晴らすかのような電光の息吹(ライトニングブレス)が、城壁を丹念に何度も何度も焼き焦がす。


 鉄壁とも思われた城壁の守りは、そうして無残に燃え盛る残骸へと成り果てた。


     ◆◆◆◆◆


「勇者が裏切った!」


 焼かれる城壁を見上げていた後詰の兵たちの誰かが叫んだ。その叫びはすぐに全軍へと伝播し、兵たちに動揺が走る。


 黄龍を擁する勇者一行の戦力は、それだけで都市を壊滅させ得るだろう。その勇者が裏切ったとなれば、安泰と思われていたこの籠城戦もどうなるか分かったものではない。


 混乱する兵たちへ、とにかく城門を閉じるか橋を落とすよう、上官から指示が飛ぶ。しかし門では数名の兵が、門を閉めさせまいと獅子奮迅の戦いを繰り広げていた。その中にはあのヴァンサンもいる。


 彼らは一様に粗末な布を青く染めたサーコートを羽織っていた。その胸には白い星が6つ並んでいる。それは紛れもなくルビオナ王国の国旗を模したものだった。これから乗り込んでくる魔王軍と同士討ちをしないよう、所属を示すためのものである。


 それは同時に裏切り者ここにありと示すものでもあった。殺到する兵たちと逃げる奴隷たち。混迷極まる城門前に血しぶきが舞う。やがて逃げる奴隷たちは全て場外へと去り、その場に立つ裏切り者はヴァンサンただひとりとなった。


 一瞬の静寂。満身創痍ながら、不敵に笑うヴァンサンの異様な迫力に、兵たちはじりじりと下がり始める。戦いの熱が引いてしまえば、誰しも一面に広がる死体の仲間入りはしたくないのだ。


 攻めあぐねる兵たちを叱咤するべく、上官が声を上げようとしたその時。ついに城門へと地響きが到達する。


 場内へと走り込んだ最初の重装騎兵は、だれあろうあのオークジェネラル、フソンであった。重装甲を施された10トンを超える戦犀(ウォーギフル)に騎乗し、盾と騎槍(ランス)を構えた身長3メートルを超えるオークジェネラルの威容は、まさしく死の化身と見まがうばかりである。


 門を通過する瞬間、フソンとヴァンサンの視線が交わった。


御見事也(おみごとなり)!」


 フソンはにやりと笑ってそう叫ぶと、リュテスの軍勢へと突っ込む。兵たちは慌てて槍を構えるも、恐るべき質量の突進を前に、木の葉のごとく蹴散らされる。


 フソンに続いて、オークの重装騎兵隊が都市へと雪崩れ込んでゆく。それを見送りながら、ヴァンサンはその場へ崩れるように座り込んだ。ヴァンサンには古代オーク語の意味は分からなかったが、あのオークの表情が称賛を雄弁に物語っていた。


 やるべき事はやった。たとえそれが祖国への裏切りであろうとも。


 弛緩(しかん)したヴァンサンの意識は、甲高い金属音で現実へと引き戻された。顔を上げれば、青い肌のダークエルフが屋根の上の狙撃兵を射殺(いころ)す所であった。足元には弾いたクロスボウの矢が落ちている。


「貴殿、気を抜くにはまだ早いぞ。動けるならばルビオナの陣で手当てを受けるがいい。今なら城壁からの攻撃も止まっている」


 ダークエルフの、口調に似合わぬ美しい声の響きに、ヴァンサンはバルバラと子供たちの安否が気になり始めた。まさか魔族であるバルバラを魔王軍は襲わないだろうが、戦場では何が起きるかわからない。


「ありがとう、助かった。この礼はいつか必ず」


 ヴァンサンはダークエルフに礼を述べると、意を決し立ち上がる。そして刃こぼれした剣を捨て、散乱する死体から状態のいい剣を物色し始めた。


「貴殿、まだ戦うおつもりか」


 ダークエルフの問いかけに、ヴァンサンは拝借した剣を鞘に納めながら答える。


「ここに家族がいるんだ」

「なるほど、それなら行かねばなるまい。では血止めくらいはさせてもらおう」


 ダークエルフが呪文を詠唱すると、ヴァンサンの傷があっという間にふさがり始めた。


「これは……ありがたい、助かる」

「なあに、同じ軍の仲間ではないか。お気にめさるな。ではご武運を!」


 ダークエルフはそう言い残すと、オーク騎兵に続いて侵入してきたゴブリン歩兵部隊と共に去ってゆく。ヴァンサンはその後ろ姿に敬礼すると、自宅へと向かって駆け出した。

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