謁見
王城に到着した使節団は、まず徹底的に武装解除をさせられた。
そもそも護衛騎士は全て王都の城壁外で足止めされている。王都へ入れたのは各国使節と双星の魔女ことジュリエット・エンドルーザー、そして魔王ロックの兄であるブレイクと妹であるマチルダの計6人だけであった。
元々外交官としてロックを支えてきたブレイクは知識の女神の司教であり、今回の使節団の記録とリアルタイムでの発信を任務としている。各国の使節も同様に知識の女神の司祭であり、謁見の様子を自国へ伝える事を目的としていた。
第一王女であるマチルダは、デコルテが強調された裾の広い流行のドレスを着ている。スパイダーシルク製の青いドレスはマイスラ・ラ・リルルのデザインであり、値段を付ければ金貨千枚は下らないであろう。この使節団のためにあつらえた特別製であった。
楚々として立つその姿は、とても羽生心影流目録の剣士とは思えぬ儚さがある。しかしひとたび剣を握れば、『義経八艘飛び』にて敵陣の頭上を走り、屍の山を築くことが出来る腕前であった。(ただし未だ皆伝に至らぬ技は、天狗の歩法を極めてはおらず、美強のように投げた礫を駆け上がる事は出来ない)
羽生美強に師事したマチルダは、美強と同じく天照大神を信仰しており、その階位は正階に達していた。これは西方諸国で言う所の司祭に相当する。
ブレイクとマチルダは魔素循環系こそ発達しているものの、魔力門は持っていない。魔力門の発生そのものが本来は稀な事であり、移動も含め3門も備えれば大魔王として歴史に刻まれる程である。
しかし魔力門を持たずとも、魔素循環系によりヒューマンの数倍の魔力量を誇る魔王種は、それだけで十分な脅威である。フレッチーリ王国側の心情的には、獰猛な魔獣を招き入れるようなものだ。どれほど警戒しても足りるものではないだろう。
着衣の上からとはいえ、屈辱的なまでの入念な身体検査を受けた後、一行はようやく謁見室へと通された。
◆◆◆◆◆
使節団が謁見室に足を踏み入れると、剣聖ゴーモンが読んでいた本を閉じ、玉座の壇の下へと進み出た。玉座から見下ろすとやや右斜め前、使節団がどう動こうとも対処できる絶妙な位置取りである。
使節団は儀礼に則り、王の前で跪き頭を垂れ、王の言葉を待つ。人間国家の使節はもとより、魔族の3人も非の打ちどころがない所作であった。それがますますシャルル13世を苛立たせる。
「面を上げよ」
重苦しい沈黙の中、シャルル13世が忌々し気に声を発した。各国大使は、それぞれ胸元に知識の女神の徽章をつけている。おそらくこの謁見は記録されているとみていいだろう。日頃諜報に重宝しているとはいえ、やられる側に回るとなんとも嫌なものである。
「して、此度の訪問は何用か。スポールト王国と喫緊の問題は無いはず。先触れもなき訪問は、少しばかり礼を失しておるのではないか?」
シャルル13世は魔族を無視してスポールト王国の使節へ声をかけた。とはいえ今回の使節団において代表はスポールト王国である。魔王領であるルビオナ王国使節だけでは、そもそも謁見そのものが不可能であっただろう。
指名を受けたスポールト使節は、一礼すると説明を始めた。
「まずは先触れもなき訪問を謝罪いたします。火急の事態が発生致しました故、なにとぞご容赦を賜りたく」
「火急の事態とはなにか。そこな獣どもに関係があるのか」
シャルル13世の挑発するような物言いに対し、魔族の3人は涼しい顔である。各国使節も想定内なのか、特に反応はない。それがかえってシャルル13世を苛立たせた。
その胸の内を知ってか知らずか、スポールト使節は何事もなかったかのように話を続ける。
「国王陛下も既にご存じかとは思いますが、ルビオナ王国がフレッチーリ王国へ兵を進めている様子。我らスポールトとスノーランドは、共に国交のある両国が開戦しては一大事と、こうしてルビオナ王国使節を御前にお連れした次第でございます」
「共に国交のある両国だと! こともあろうに魔族共と国交があると抜かしたか!」
思わず立ち上がったシャルル13世が声を荒げる。
「ははっ、我らスポールトとスノーランドは、ルビオナ王国と数年来の交易を通じて国交を結んでおります。我らにとってはフレッチーリ王国同様、大切な隣人でございますれば」
国交を結ぶという事は、すなわち相手を国家と認める事である。スポールト王国とスノーランド王国、そしてこの場にいるという事はバルキウ共和国も魔王領を国家として認めていると宣言したに等しい。
シャルル13世は荒々しく腰を下ろすと、澄まし顔の魔族共を見下ろした。その可能性を考えていなかった訳ではないが、こうして実際言葉にされてしまうと衝撃が大きい。こうなってしまっては、たかが魔族の討伐とはいかなくなってくる。
ともかく先に言質を取る必要があるだろう。シャルル13世はスポールト使節に問い質す。
「で、スポールト王国はどちらに付くつもりなのか?」
「どちら、とは?」
「魔族共とフレッチーリ、どちらに付くつもりかと聞いておる。まさか去就を明らかにするつもりもなくこの場に臨んでいる訳ではあるまい?」
シャルルの言葉に、スポールト使節は意外そうな表情で答える。
「いやはや、我々はそもそも両国の争いを望んではおりません。それ故、和平の一助にでもなればと、こちらにルビオナ王国の使節をお連れしたのです。どうか我らの去就を質される前に、こちらの使節とお話しされますよう、お願い申し上げます」
スポールト使節の答えに歯噛みするシャルル13世。確かに、まだ戦争は始まっていない。しかし、すでに戦いは始まっているのだ。
はっきり言ってここまでは魔族側の圧勝である。3ヶ国もの承認があれば、魔王領を単なる魔族の群れとして扱うことは難しい。国対国の戦争となれば、周囲の国もおいそれと手出しは出来なくなる。
たとえフレッチーリが魔族の討伐という姿勢を崩さなかったとしても、周囲の国としては協力しないための言い訳として、国家間の争いという扱いをするだろう。互いに疲弊してくれれば御の字である。なんなら復興の協力もやぶさかではない。存分に恩を売ってしゃぶりつくせばいいのだ。
シャルル13世にとっては、まさに地震と魔獣暴走、そして混沌浸食によって疲弊したジルバラント王国に対してやろうとしていた事である。それも今回の魔族の動きによって頓挫していた。フレッチーリ王国としては甘い果実を盗ろうとしたら野良犬が近付いて来たようなものである。果実にかまけていては足を齧られ大怪我をするやもしれぬ。
それもこれも、勇者が魔族共を殲滅していれば済んだ話である。そうであれば今頃はジルバラント王国へ、復興協力を名目に兵を派遣できていただろう。シャルル13世の勇者に対する失望は、すでに憎しみにまで達していた。魔族共が片付いたら勇者の処遇も考えねばなるまい。ただでは済まさぬ。
しかし、とシャルル13世は考える。スポールト使節の物言いを信じるならば、魔族共は何らかの交渉が目的のようだ。進軍はあくまで示威行為であり、目的は戦争ではなく国交を結ぶ事だとしたらどうだろうか。
報告によれば、移動している魔王軍の総数は20万程度だが、半数以上は輜重部隊である。実際の戦力は多く見積もっても9万はいないだろう。対して国境都市リュテスに集めた兵力は25万、さらに現地や近隣の冒険者等を徴兵すれば30万程度の規模となる。
ただでさえ城攻めは防御側が絶対的に有利である。その上この戦力差となれば、いくら個々の戦闘力が高くても勝てるものではない。政治的な駆け引きが出来る相手として見た場合、これほど無謀な戦いを仕掛けるものだろうか。
これらの状況を考えると、魔族共の目的が武力を背景にした国交交渉である可能性は現実味を帯びて来る。業腹ではあるが、交渉に応じてこの状況を無傷で切り抜ければ、集めた戦力をそのままジルバラント王国へ向けることもできよう。
シャルル13世は怒りを飲み込むがごとく深呼吸をすると、ついに双星の魔女へと声をかけた。




