使節団
フレッチーリ王国首都フォートマルシャンへと続く街道で、百騎を超える野盗が馬車の一団を追っていた。狙われているのは4台の豪華な馬車と、物資を積んだ荷馬車が十数台、そして護衛の騎士らしき十数騎である。
追われている馬車の一団に翻る国旗は4種類。それぞれスポールト王国を筆頭に、バルキウ共和国とスノーランド王国、そして青地に6つの星をあしらった魔王領ことルビオナ王国の旗である。
これは、フレッチーリ王国へ最後通牒を交付するためのルビオナ王国使節と、見届け人としての各国使節の一団であった。
各国の使節が乗る馬車はいずれも豪華な造りであるが、その中でもルビオナ王国の馬車はひときわ異彩を放っていた。
技術革新が激しい昨今、長距離移動用の馬車と言えば板バネの懸架装置、もしくは吊り下げ式の客室がほぼ採用されている。他国に値踏みされる国家使節の馬車としては標準装備と言っても過言ではない。
ところがルビオナ王国の馬車はそんなレベルの代物ではなかった。車軸の懸架装置はスプリングとショックアブソーバを使用し、さらに左右の車輪が独立懸架式となっている。その上、吊り下げ式の客室には『浮遊』の魔法陣が施されており、魔晶石または搭乗者の魔力により微細な揺れすらも無効化するという凝りようであった。
世界屈指の名彫刻家であるマイスラ・ラ・リルルによりデザインされたこの馬車は、荘厳さと気品を持ち合わせており、決して技術自慢の成金趣味と切り捨てられるものではない。
技術そのものはやがてドワーフ地下工房や知識の女神を通して全世界へ普及してゆくだろうが、それらを高い水準でこうして結実させるためには、それ相応の国力が必要である。つまりこの馬車はとりもなおさず魔王ロック・エンドルーザーの権勢の象徴であるとも言えた。
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付かず離れずの距離を保つ野盗に追い立てられる使節団の進行方向を遮る様に、さらに百騎ほどの野盗が姿を現す。それを見た護衛騎士たちの判断により、使節団は停止して防御態勢に入った。使節の乗った馬車を中心に荷馬車を配置し、騎士たちが円形に防御陣を作る。
合流した野盗たちは、使節団を逃がさぬよう円形に取り囲んでゆく。野盗とは思えぬほど統制の取れた動きに、護衛騎士達は警戒をいっそう強める。
実際、近くでよく見れば、その装備はとても野盗レベルの物ではない。野盗全体の3割ほどは、わざと汚してあるものの高価そうなフルプレートに、サーコート代わりの薄汚い毛皮を申し訳程度に羽織っている。それ以外の構成員の装備も、形状こそまちまちではあるが、いずれも使い込まれた上級品のように見えた。
全員が覆面やフルフェイスの兜で顔を隠しているが、装備からして魔術師と思しき者も見受けられる。野盗を装ってはいるものの、その実態は使節団を皆殺しにするための精鋭部隊であろう。
やがて互いの布陣が固まり、一触即発の空気が流れ始める。しかし、そんな空気をぶち壊すかのように、ルビオナ王国の馬車から鈴を転がすような高笑いが響き渡った。
「あーっはっはっはっは! フレッチーリの腰抜け共も、ようやく本腰を入れて来たようね! 上等上等、思う存分相手してあげる!」
馬車の拡声魔法具から声が発せられると同時に、天井がスライドしてゆく。そこへ車内からひらりと飛び上がったのは、ルビオナ王国王太后ジュリエット・エンドルーザーであった。
緋色のドレスを身にまとい、馬車の上に立つその姿は、ゆったりとまとめた漆黒の髪が肌の白さを引き立て、まるで絵画から抜け出して来たかのような美しさである。その細面を大きく斜めに走る向こう傷も、美貌を損なうどころかむしろその美しさに凄みを与えていた。
かつては双星の魔女と呼ばれ、先代魔王亡き後、万の軍勢を相手に獅子奮迅の活躍で魔王領を守り抜いたという女傑を前に、襲撃者の間に緊張が走る。
これまでに襲撃は2度、撃退されていた。それらはゴロツキの寄せ集めや安い傭兵、そして初級から中級程度の冒険者が偽装した野盗なれど、数の上では2回とも50騎を超える規模であった。しかし使節団は無傷で襲撃者を全滅させている。
それを踏まえた上で、今回の襲撃においてフレッチーリ王国が用意した戦力は200騎あまり。
その中核をなすのはフレッチーリ王国の汚れ仕事を一手に引き受ける黒狼騎士団60騎余。さらに宮廷魔術師20名と上級冒険者60騎余、そして高額な傭兵と中級冒険者あわせて60騎以上であった。
襲撃者の頭目、黒狼騎士団長モーリス・ド・ブルナン男爵が右手の剣を高く掲げると同時に叫ぶ。
「撃て!」
それを合図に、野盗に偽装した宮廷魔術師と上級冒険者の魔術師が一斉に攻撃魔法を放った。
使節団を円形に取り囲んだ襲撃者から放たれた攻撃魔法が、四方から護衛騎士と馬車へ降り注ぐ。『雷撃』『火球』『魔力誘導弾』等、発動待機状態だったものも含め百発近い攻撃魔法と同時に、上級冒険者と傭兵の魔弾式小銃や石弓が銃弾と矢を雨あられと叩き込む。
しかし響き渡る轟音や巻き上がる爆炎とは裏腹に、それら全ての攻撃は、無数に展開された『防御壁』によって阻まれていた。攻撃魔法によって破壊された『防御壁』も間髪入れずに次々と再展開されてゆく。
「ヌルいヌルい! 王国の本気はこんなもんなの? 根性みせなさいよ、ほらぁ!」
拡声魔法具から、爆音を圧するジュリエットの煽りが響き渡った。
襲撃者の弾幕はいっそう激しさを増し、曲射や誘導弾により様々な角度から使節団を襲う。しかし、魔力門を備える双星の魔女ジュリエットが発動待機していた数十枚の『防御壁』と、ルビオナ王国の馬車や荷馬車に備え付けられた魔法具から投射された『防御壁』は、使節団と護衛騎士を一分の隙も無く半球状に覆っていた。
双星の由来であるふたつあったジュリエットの魔力門は、魔王ロックにひとつが移った事で、今はひとつしか残っていない。しかし長年の鍛錬により、その1門から引き出される魔力は3秒でヒューマンの上級魔術師ひとり分にも達する。
ジュリエット自身の高速詠唱に加え、馬車に設置された魔法具へと無尽蔵に流される魔力によって、使節団の周囲に展開された『防御壁』は鉄壁の要塞と化していた。
対する襲撃者も、大量に用意した魔晶石を使い弾幕を維持していたが、それも数分間に渡る絶え間ない攻撃でついに尽きてしまう。魔術師たちは残りわずかとなった魔力で、騎士や特級冒険者に強化魔法をかけてゆく。
魔法で押し切れなかった以上、もはや白兵戦で雌雄を決するしかない。すでに突撃準備で待機していた騎士団に、モーリス男爵が号令をかけようとしたその時、機先を制して使節団から一騎の影が飛び出した。
鎖帷子を小札や板金で補強した鎧姿の騎士、魔王七本槍がひとり“一の太刀”ラム・クロである。
猿人であるラム・クロの体躯は180センチメートル超えの身長に対し、腕が異様に長い。おそらく両腕を広げた長さは250センチメートルはあるだろう。刃渡り150センチメートルはあろうかという長巻を高く掲げた蜻蛉の構えで、彼我の距離20メートル程を一足で飛び越える。
「けええええええええええっ!」
恐るべき声量の雄叫びと共に、次元流の防御不可能な斬撃が、騎兵を乗馬ごと袈裟懸けに両断した。空間そのものを切断する次元流奥義『万悉斬』の前では、金剛鋼製の全身鎧など紙切れも同然であった。
轟く雄叫びと吹き上がった血飛沫によって、襲撃者に一瞬の隙が生まれる。その機を逃さず、使節団の陣から一斉に騎馬が突撃を開始した。使節団は鉄壁の防御壁によって守られているため、後顧の憂いは全く無い。
全方位へと突撃した騎馬の数は十騎。いずれ劣らぬルビオナ王国の精鋭である。使節団を鏖殺せしめんと襲い掛かったフレッチーリ王国の刺客は、今や狩られる側の立場へと成り果てた。




