急襲
魔王城での話し合いが終わり、ロジーナ姫は魔破の里へと向かっていた。黒龍が抱えて飛ぶ客車には、ロジーナ姫とカレン、アヤメ、そして美強が乗っている。
戦争と明言されてしまえば、傭兵家業の美強は雇われない限り手が出せない。魔王ロックに雇う気はないかと聞いてはみたものの、すげなく断られてしまったので魔破の里へと帰る事にしたのだ。
魔王城を発ってからというもの、客車の中で腕組みをしたまま考え込んでいるロジーナ姫に、アヤメが声をかけた。
「姫様、魔王の言い分をどの程度信用なさるおつもりですか?」
その問いに、ロジーナ姫は意外そうな表情で答える。
「は? あんなもん、ひとつも信用できんに決まっとるじゃろ。前世の妄執に囚われておる男の戯言なんぞに付き合っておられるか」
一刀両断に切って捨てるロジーナ姫に、美強がため息まじりに言う。
「ロク坊もなあ、小っちぇ頃から見た目通りの中身じゃねえのはわかってたんだ。なんなら俺より年食ってる印象もあったし、お嬢の言う所の妄執に突き動かされてる感じも時々な。このままじゃ危ういってんで、こちとらわざと子ども扱いしてやってたんだが、結局のとこ前世の業からは自由になれなかったなあ」
美強の話に、アヤメが疑問を口にする。
「前世からの妄執で行動しているならば、言葉通りにリュテス一帯まで奪還すればそれで満足するのではないでしょうか?」
「甘い、甘いのう! あやつの行動原理は奪い返す事じゃぞ? 魔族と人類の衝突なんぞ、あやつのこだわっておる3千年前からこっち何度も起っとるじゃろうが。イーダスハイムも3回壊滅しとるわ。いちばん近い所では500年前にゴーザシルトが陥落して、300年前にようやく奪還しておる。3千年前の国境線に戻した後は、500年前の国境線に戻せと言い出さん保証はないじゃろ」
「ま、業が深いってのはそういうこったな」
ロジーナ姫の分析に美強も同意を返す。ロジーナ姫は薄い胸の前で両拳をぎゅっと握ると、ふんすと鼻息も荒く言い放つ。
「こうなっては例の計画も前倒しじゃ! 美強殿を送ったら、すぐにイーダスハイムへ舞い戻って婚礼の準備をせねばならん!」
ロジーナ姫からついに飛び出した結婚宣言。頑張るぞというポーズのあざと可愛さにメロメロになっていたカレンは、そのギャップで地獄に突き落とされたような表情のまま固まってしまうのだった。
◆◆◆◆◆
いっぽうその頃魔王城では、進軍を開始しようとしていた魔王軍に黄龍襲来の報がもたらされていた。
黄色の体に黒い縞模様の電光は180歳とまだ若い。しかしすでにその大きさは灼熱よりもひとまわり小さい程度にまで育っており、飛行速度もその気になれば音速を突破する事さえ可能であった。
フレッチーリ王国の首都フォートマルシャンから魔王城までは、直線距離にして約600キロメートル。勇者たちを背中に乗せているためかなり抑えた速度ではあっても、龍種の翼ならば2時間とかからぬ距離である。
進軍開始寸前であった魔王軍は、迎撃態勢を取るべく慌てて隊列を組みなおし始めた。その混乱の中、空軍大将トルネードが率いる鳥人と飛竜騎兵、そして鷲獣騎兵の混成部隊が即座に飛び立つ。
天空神の大司教でもある鳥人のトルネードが神聖干渉『竜巻包囲』を祈念すると、にわかに天空が掻き曇り、黄龍の行く手を阻むように8本の巨大な竜巻が立ち上がった。
半円状に現れたこの竜巻は、やがて円を閉じる様に移動して、最終的には対象を閉じ込める超巨大なひとつの竜巻と化すのだ。密集陣形に対して発動すれば、万単位の戦力を排除可能な恐るべき奇蹟である。
フレッチーリ王国の常備軍は約40万人。そこに地方領主の戦力や傭兵、冒険者が加われば、最大で150万を超える兵の動員が可能である。
もちろん、ひとつの戦線に全戦力を投入できる訳では無い為、実際のリュテス防衛で配備される戦力は、多く見積もっても20万人までだろうと予想されていた。
対する魔王軍は総勢8万体。これは有象無象の魔物や亜人ではなく、兵士としての訓練を受けた者の中から選抜された精鋭とも言える部隊である。
実際に魔王が保有する戦力は50万体に上るが、魔王軍もまた領内の治安維持や各勢力への牽制の為、全ての戦力を投入する訳にはいかなかった。
ただでさえ城攻めは防衛側が有利である。彼我の戦力差を覆す為に重要な大規模殲滅手段のひとつである『竜巻包囲』を、トルネードは今、この場面で迷う事無く使った。
大司教である彼の存在力をもってしても、この奇蹟をいちど使えば今回の戦争で再び使う事は不可能であろう。しかし眼前の黄龍を撃退出来なければ、最悪の場合8万の軍勢がこの場で壊滅しかねない。
トルネードは、たとえ黄龍を倒す事は叶わずとも、軍の迎撃態勢が整うまでの時間稼ぎが出来れば上等と考えていた。ところが、黄龍はさらに加速しながら竜巻の包囲へと飛び込むと、急角度で上昇を始める。
ほとんど垂直に上昇してゆく黄龍の速度は時速700キロメートルに達し、竜巻がひとつに重なる頃には軽々とその高さを超えていた。奇蹟により引き起こされた現象のため、竜巻の規模に対して上空の積乱雲自体はさほどの規模ではない。
黄龍は悠々と雲間を抜けると、その速度を保ったまま空軍に突っ込んだ。
翼開長55メートルを誇る龍の体当たりを受けた鳥人たちはなすすべもなく赤い染みとなって空中に飛散する。飛竜騎兵や鷲獣騎兵ですら、その恐るべき衝突の威力に原形をとどめぬ程破壊され、血の雨となって地上に降り注いでゆく。
直撃を受けなかった者たちも、すれ違いざまの風圧に翻弄されてしまい墜落を防ぐのに手いっぱいとなってしまう。そこへ旋回しながら2度3度と突っ込んで来る黄龍によって、さらに損害は広がってゆく。
鳥人1000、騎兵500を誇る魔王空軍は、たった5回の黄龍による突進で300もの死傷者を出してしまった。
トルネードは『飛翔強化』の加護を祈念し、速度で遥かに上回る黄龍に挑む。しかし電光の名を持つ黄龍に『雷撃』は何の痛痒も与えられず、魔弾式小銃ではその鱗を貫けない。この速度域ではいかに射撃の名手でも、龍の背に乗る勇者一行を狙うのは難しかった。
必死に追いすがるトルネードに向かって、前方をゆく黄龍の背中から勇者ダミアンが飛び立つ。鳥人族たるトルネードに空中戦を挑もうというのだ。
ダミアンの勇者特性『世界の愛し子』は、全ての神の寵愛のみならず精霊との親和性も高い。それは即ちエルフと同様、世界に遍在する魔素を自由に己の魔力として利用できるという事であった。
無限とも言える魔力による『飛行』と、天空神の加護『飛翔強化』によりダミアンの空間機動能力はトルネードと同等の水準に達している。
トルネードは小銃と槍が一体となった銃槍と左手前腕に装備した金剛鋼製の小盾を構え、ダミアンは両手剣を胸元から突き出すように構えて、両者はうつ伏せのような飛行体勢で正面から交錯した。
次の瞬間、真っ二つになったトルネードが内臓をまき散らしながら空中を飛んでゆく。その体は盾と鎧ごと両断されていた。この速度で飛散した死体が地面に激突すれば、もはや回収不可能な肉片となり果てるであろう。
トルネードの敗北を受け、空軍副官が撤退の音響魔法を発動した。空軍は即座に散開して撤退行動に移る。
ダミアンは置き土産とばかりに、自動追尾する『魔力誘導弾』を数十発同時に放つと、結果を確認すらしないまま、魔王城に向かって飛ぶ黄龍へと合流した。
ダミアンの追撃による負傷者の救出や士気の低下により、空軍にはもはや黄龍を追える者はひとりも残っていない。防空戦力を蹴散らした黄龍は、速度を緩めて悠々と魔王軍本体を目指すのだった。




