防衛戦
数日かけて行われた避難と迎撃戦により、魔獣暴走による死傷者と戦死者は今の時点で計数千人にとどまっている。
すでに空を飛ぶタイプの魔獣はほぼ撃退に成功しており、地上を押し寄せる魔獣の群れも、龍種やナナシたちにより各地の城塞都市へと誘導されていた。
小さな城塞都市は籠城戦により魔獣を受け流す事に専念し、魔獣暴走の流れを主要な14の城塞都市へ収束させる。
それぞれの都市には龍種が各1体ずつ参戦し、魔獣の殲滅を狙う。これにより王都クリンゲルを最終防衛線とし、王都以南への魔獣被害を食い止める作戦であった。
ロジーナ姫は黒龍と共にイーダスハイム領の首都でもある城塞都市ゴーザシルトへ入城し、魔導通信と符合を使い龍種への差配を行っている。
それぞれの龍にコードネームを割り当て、地図の座標をアルファベットと数字の組み合わせで指示するこの方式に、龍種たちもノリノリであった。
空中からの索敵による状況把握と、魔導通信による迅速な戦力投入により、予定通り魔獣の群れは各城塞都市へと誘導され、万全の準備を整えた守備隊と戦闘に入る。
そしてついに最終決戦の幕が切って落とされた。
◆◆◆◆◆
ナナシは王都クリンゲルの城外に立ち、迫りくる魔獣の群れを見据えていた。傍らにはキーラ、モニカ、レジオナ、うんざりした顔のフリーダ、そして満面に笑みを浮かべている美強が並ぶ。
灼熱と黄金に輝く麗しき太陽の化身は遥か上空で待機しており、戦端が開かれると同時に遊撃と南下する魔獣の掃討を受け持つ事になっている。
また、城を起点にして、魔法による土塁が東西へと各5キロメートルずつ延ばされていた。この土塁は上空から見ると漏斗のような配置になっており、魔獣を城へと誘導する役目を担っている。
さらに土塁の後方には、王国軍と冒険者あわせて1万の兵が配置されていた。魔獣の群れを城で受け止め、両翼から群れを包囲殲滅するための、いわゆる鶴翼の陣である。
ナナシたちは正式に王国の戦力として組み込まれているわけではないため、慣れぬ連携をするよりも魔獣の突進力を弱めるための突撃隊として参加する事にした。知名度だけは高いナナシが先陣を切れば、多少は士気にも貢献できるだろう。
魔獣の群れには、戦闘や共食いにより存在進化した個体が、遠目に見てもわかるほど多数混じっていた。中には全長300メートルを超す巨大な多頭竜も見える。
額に手をかざして群れの様子をうかがっていた美強が、肩をすくめて言う。
「やれやれ、さんざ龍だのなんだの見ちまうとなァ、あんな程度じゃこれっぽっちもアガらねえや。ちったあ骨のあるやつが混じってりゃいいけどよ」
軽く柔軟体操をしていたキーラが、美強の言葉を聞いて笑う。
「ははっ、さすが剣狼。ウチらとはレベルが違うよな。まあ雑魚相手でも数が数だから、遊びがいはあると思うけどよ」
そんなやりとりを横目に、フリーダが盛大にため息をつく。
「はァ~やだやだ、戦闘民族はこれだから。っていうか、なんで私ここにいるわけ? 報酬も出ないのにおかしいでしょ!? もうおうち帰っていいかしら?」
「フヒヒ、フリーダちんも流されやすいタイプだよね~。冒険者ギルドで申請しとけばほ~しゅ~出たのにさ~」
「うっそ! それマジなのレジオナ!? 今から申請してきていい? いいよね?」
「も~城門しまってるからさ~、むりっぽくない~? あきらめな~」
「くっ、こうなったら少しでも魔獣素材を集めるしか……」
フリーダの目には、すでに魔獣の群れが金貨の山に見えていた。これほど大量に魔獣素材が出回れば、どれほど値崩れが起きるかまで頭が回っていない。
かたやモニカはメガネの望遠機能を使い、存在進化した魔獣を録画するのに忙しい。時たま「レア魔獣!」とか「色違い!?」などと奇声を発している。
皆のいつもと変わらぬ様子に、ナナシの緊張もほぐれてゆく。
とはいえ今回は数が数である。自分ひとりで全ての魔獣を相手にはできない。城にとりついた魔獣により少なからず被害は出るだろう。
ナナシは両手で頬を張って気合を入れると、雄叫びを上げながら魔獣の群れへと突っ込んだ。とにかく1匹でも多く魔獣を倒さねば。
「おおっと、坊に先を越されちまった。俺の分まで獲られちゃかなわねえや」
美強がすぐさま後を追う。全力のナナシには及ばぬものの、中々に人間離れした速度である。
「全く、気が早えヤローだぜ。あたいを置いてくなっての!」
銀髪をなびかせながら、キーラも走り出す。
全力で走り出した3人を見送りながら、ふと横を向いたフリーダとレジオナの目が合う。行かないのかと目線で訴えかけてくるレジオナに、軽く咳払いをしてフリーダが答える。
「言っとくけど、私は走んないからね」
見ればフリーダの足元には大量の矢筒が置かれていた。
「あれ~? フリーダちんってさ~、弓がとくいなんだっけ~?」
レジオナがふにゃふにゃと疑問を口にする。エルフは弓が得意という定説はあるが、フリーダが使っているのを見たことはない。
「得意って程じゃないけど、まあ100年以上も使ってれば少しはね」
フリーダはそう言って、内部拡張収納袋から弓を取り出すと、矢をつがえ引き絞る。それを見たモニカがメガネを光らせ近寄ってきた。
「エルフの射撃術! 興味深い! なんか門外不出の妙技見せてちょうだい!」
鼻息荒く注文するモニカを心底嫌そうな表情でスルーして、フリーダが矢を放つ。
何気なく放たれたように見えたその矢は、走るナナシたちを追い抜き、1キロメートル先に迫る雷電狼の眼窩を正確に貫いて脳幹を破壊した。
フリーダはさらに腰の矢筒から目にもとまらぬ速さで矢をつがえ、瞬く間に6本の矢を放つ。矢はそれぞれ別々の魔獣を正確に射抜き、次々と魔獣を絶命させてゆく。
計7本の矢を放ったフリーダは、天を仰ぐと手のひらで目を覆う。心なしかその体は小刻みに震えているように見えた。
「ん~? どしたんフリーダちん、自分の腕前にかんど~してんのかにゃ~?」
ふにゃふにゃと突っ込むレジオナに、絞り出すようにフリーダが答える。
「気づいてしまった……矢代は誰が負担してくれんの……? ねえ、教えてよレジオナ……」
「あ~、自腹だねぇ~」
「うああああああああ! 私の馬鹿! なんで消耗品で戦ってんのよ!? 私ってホント馬鹿!」
フリーダは髪の毛を掻きむしりながら絶叫すると、そそくさと弓矢を内部拡張収納袋へしまい込む。そして代わりに片刃の両手剣を取り出すと、再び絶叫しながら魔獣の群れへと『飛行』で突っ込んでゆく。
「素材っ! 素材よこせえええええええ!」
物欲にまみれたエルフを見送り、モニカとレジオナはやれやれといった風に顔を見合わせた。
「ほんじゃ~ま~、私たちはお城はいろっか~」
「そうね、中でちょっとゆっくりしましょう」
モニカが『浮遊』を使い、ふたりをゆっくりと浮上させる。高くなってゆく目線の先では、黄金龍が魔獣の群れに『万象を滅する全なる光』を浴びせるのが見えた。
◆◆◆◆◆
黒い津波のように押し寄せる魔獣暴走。
その先頭を走る真っ黒な犀に似た魔獣は、戦犀の上位種である黒鎧戦犀である。体高5メートル、体重に至っては40トンを超え、鼻先の黒い角は油膜のような虹色に輝き、大型の魔獣ですら即死させる毒を蓄積していた。
時速60キロメートル以上で突進するその恐るべき質量を、全力で走り込むナナシの拳が迎撃する。黒鎧戦犀は頭部を砕かれ、そのまま後続の魔獣を押しつぶしながら200メートル程も弾き飛ばされた。
しかし魔獣暴走がその程度で止まる事はない。
城に向かう魔獣は無視して、ナナシは手にした長さ3メートルのトゲバットで、当たるを幸い周囲の魔獣を叩き潰す。トゲバットのフルスイングで弾き飛ばされた魔獣たちは、それ自体が必殺の弾丸と化して周囲の魔獣へと降り注ぐ。
いっぽう美強とフリーダ、キーラは巨大な多頭竜へと向かっていた。
和洋折衷の戦鎧に身を包んだ美強は、魔獣の上を器用に跳躍しつつ、ヒドラを目指す。これぞ羽生心影流『義経八艘飛び』である。美強が飛び移った後には、足場ついでに首を落とされた魔獣の骸が残されてゆく。
全長300メートルのヒドラは、自分に向かってくる小虫のごとき人間に本能的な危機を感じたか、9つの頭から毒霧を噴射した。あっという間に致死の毒霧が周囲を覆い、毒霧に触れた魔獣がバタバタと死んでゆく。
美強は狼を模した兜の面頬を閉じると、内部に施された呪符による循環呼吸を発動する。そのまま一気に跳躍すると、ヒドラの首の付け根へと斬り込んだ。
しかし相手は全長300メートルのヒドラであり、首1本といえどその直径は5メートルを超える。美強の斬撃はその余波も相まって首を半ばまで切断するものの、斬り飛ばすまでには至らない。そしてヒドラの恐るべき再生力により、首の傷は見る間にふさがってゆく。
再生したとはいえ思わぬ深手を負ったヒドラは、毒霧をさらに噴出しながら9本の首で美強を攻撃し始める。巨体から繰り出される噛みつき攻撃は、常人ならば回避も危ういほどであるが、美強にとっては退屈極まりない。
「まったく、これだからデカイだけの木偶の坊はつまんねェんだよな。殺すにゃあ時間がかかるし、かといって戦い自体は面白くもなんともねえ。けど城の連中にゃあ、こいつはちっとばかし骨だろうしよ。まっ、これも賃働きだからしょうがねえや」
愚痴りながらも首を足場に斬撃を見舞ってゆく美強。傷口がふさがらぬよう、刀に呪符で炎をまとわせて斬撃と同時に傷を焼いてみるが、つながっている部分から組織が押し出されるように増殖し再生してしまう。
そこへ城の方から一陣の風が吹き抜け、周囲に漂う毒霧を払った。
フリーダの精霊呪文『突風』である。『風の守り』を身にまとい、『飛行』で突っ込んでくるフリーダの足には、義手を伸ばしたキーラが掴まっている。
「素材を! よこせええええ!」
叫びながら周囲の魔素を集め、フリーダが特大サイズの『火球』を放つ。『火球』が命中したヒドラの首は爆発し、真ん中からちぎれ飛ぶ。しかし焼け焦げた断面を別の頭がかじり取ると、すぐさま肉が泡立つように盛り上がり首を再生してゆく。
キーラも義手をいったん巻き取ると、ヒドラの頭部を狙って拳を射出する。そして長く伸ばした紐による大切断を見舞うものの、鋭利な切断面からは何事もなかったかのように頭部が再生してしまう。
首の上をひょいひょいと飛び移りながらその様子を見ていた美強は、納刀すると懐から小石ほどの礫を取り出し上空へと放り投げた。
「ちまちまやってても埒が明かねえや。1発でかいのをお見舞いしてやるからよっく見てな!」
美強はそう叫ぶと、空中に散らばった礫を足場にヒドラのさらに上空へと駆け上がる。どれほど小さな足場であろうとも己の体重すら無視して駆けるこの歩法こそ、『義経八艘飛び』の神髄たる『天狗の歩法』、その真骨頂である。
美強はヒドラの上空で内部拡張収納袋から弓を取り出すと矢をつがえた。その鏃は美しく輝くエルフ銀製である。羽生心影流は武芸百般を宗とし、弓術は剣術、槍術と並んで特に重要視されている。
「獣兵衛神殺法その参、竜骨砕き! くらいやがれ!」
美強の体が巡る神気によって黄金に輝き、その輝きが鏃の1点に収束する。
ひょうと放たれた矢がヒドラの胴に命中した瞬間、圧縮されていた神気が爆発的に解放され、直径50メートル内に存在するもの全てを吹き飛ばした。
「おわあああああ、無茶すんなあああああああ!」
爆風の余波に翻弄されたキーラは、とっさに拳を射出してフリーダの鎧を掴む。いっぽうのフリーダは、頭を抱えて奇声を上げている。
「きゃあああああああああ! ヒドラの毒腺っ! 毒腺がああああああああ!」
慌てて急降下するフリーダ。眼下のヒドラは胴体中央が爆散しており、前後にちぎれていた。そしてヒドラの素材で最も高価な部位である毒腺もまた、完全に消滅している。
「馬鹿じゃないの!? このサイズなら金貨1万枚は堅かったのに! 返せっ! 私の毒腺返せえええっ!」
全くもって理不尽な文句をわめき散らしながら、せめて毒腺のかけらでもと探し回るフリーダ。足元を埋め尽くす血肉もお構いなしの必死さに、キーラと美強は顔を見合わせ苦笑いを交わす。
しかし、そんなフリーダの足がぴたりと止まる。金に目がくらんでいるとはいえ腐ってもエルフ、ほんのわずかではあるが、不穏なエネルギーの流れを感じ取ったのだ。
「なんかヤバい! いったん引くわよ!」
叫ぶが早いか『飛行』で離脱するフリーダの足をキーラの義手が掴み便乗する。美強も人間離れした速度でその場から走り去る。
はたしてフリーダの予感どおり、ヒドラの死骸を中心に地面が黒く泡立ち始めた。その範囲は瞬く間に広がってゆき、ヒドラの死骸をはじめ、周囲に横たわるおびただしい数の死骸を次々と地面の下へと飲み込み始める。
やがて泡立つ地面は直径500メートル程に広がり、その上にいた魔獣も死骸も全てを飲み込んでしまう。そして地中から幾筋もの閃光が走り、その光は線となって絡み合い、泡立つ地面の上に直径500メートルの巨大な魔法陣を完成させた。
数千の魔獣を生贄にしたその魔法陣は次第に輝きを増し、それにつれ地面もより激しく泡立ち始める。禍々しいエネルギーの流れは暗雲を呼び、周囲の魔素が汚染されてゆく。魔法陣の範囲から逃れた魔獣たちも、迫りくる異様な何かに怯え狂奔する。
そしてついに、それは、遥か深淵から魔法陣の中心へと手をかけた。幅10メートルもある巨大な手が、魔法陣を手掛かりに深淵からその巨体を引き上げる。圧倒的な質量が魔法陣を通り抜け、現世へと出現した。
それは身長100メートルの巨大な戦士だった。
鮮血に濡れたような真っ赤な皮膚の下には、太縄のような筋肉が盛り上がり、体表には魔力を秘めた文様が虹色に脈動している。
体を覆うのは漆黒の胴鎧と草摺のみ。2対4本の巨大でねじくれた角を生やした頭部には、目のあるべき場所から昆虫のような複眼が後頭部まで伸びており、視界に死角はない。耳まで裂けた口からは、上下に巨大な牙が生えている。
さらに特筆すべきはその武装であろう。
2対4本の強靭な腕の内、左手2本で支えるのは身の丈以上の高さ120メートルを誇るタワーシールド、その名も『不壊の大楯』。右腕2本で構えるは穂先30メートル、全長180メートルの矛、その名を『必壊の戦矛』。いずれも人智を超えた混沌の業物である。
そしてそれらを携えるこの巨人こそ、混沌の一柱『破壊を愉しむ者』の使徒、万象砕きであった。




