情報収集
魔破の里の中央、祭事などを行う広場に仕立てられた仮設の集会所で、ロジーナ姫一行とナナシたち、藻屑と美強、そして人化した黄金龍と黒龍が話し合いを行っている。
他の龍種は、巨大な龍のまま魔破衆を手伝い、里に散乱する瓦礫の撤去や負傷者の救出に忙しい。
集会所では衝立に貼り付けられた地図へ、モニカの指示で次々にメモが貼られていく。知識の女神の動画専門虚空録、通称『動空録』へと信者が書き込んだ映像を元に、ジルバラント王国と周辺諸国の状況を把握しようというのだ。
情報収集において非常に重宝される知識の女神の信者は、魔破衆にも当然存在する。そのうち怪我の軽い者が数人、モニカを補佐して、あっというまに地震の影響の全容が明らかになってゆく。
その様子を見ていた藻屑が眉根を寄せてつぶやく。
「やれやれ、ジルバラントはおろか、フレッチーリや魔族領の状況まで丸裸とはな。知識の女神の情報網が問題視されとらんのは不思議でたまらんわ」
ここ最近の騒動で、すっかり素の口調に戻った藻屑にナナシが同意する。
「確かに、法令順守違反もはなはだしいよね。めっちゃ炎上しそう」
日本語そのままの言葉も、ナナシの技能『魂の歌声』により概念は伝わった。それを聞いたモニカが早口で答える。
「法令順守違反とは面白いわね。でも残念、まだ法整備が追いついてない以上、違反とは言えないから。まあ実際、一般信者が検閲もなしに書き込める『動空録』は教団内でも賛否両論よ。でも書き込みを禁止するには『動空録』自体を無くすしか手がないし、知識の女神の信徒としては、いちど手に入れた知識媒体を手放すなんてありえない話なの。かと言っていちいち検閲するには人手が足りないし、『動空録』の魅力である速報性が殺されてしまう。そんなわけだから、この先もしばらくはこのまま放置される可能性が高いわね」
知識の女神側の身勝手な理屈に、藻屑が呆れ顔で突っ込む。
「いや、知識の女神の信者がアレなのは知っておるが、各国の機密情報を扱う部署が黙っておらぬのではないか?」
「さすがにそんな所に配属されるような信者はわきまえてるわよ。あくまで一般人が目にできる範囲の情報だけしか書き込まれないから。普通はね」
「確かに、魔破の里からの情報漏洩は無いか……」
着崩した豪奢な着物から覗く豊満な胸を持ち上げるように腕組みをして、藻屑がメモを貼る魔破衆に目線をやる。知識の女神の信者であるその魔破衆は、藻屑の言葉に小さく首肯した。
藻屑は軽くため息をつくと、メモで埋まる地図を眺め、やれやれと肩をすくめる。
「一般人の情報とはいえ、数が集まればこれこの通りというわけか。なんとも厄介な代物よの。まあ無くならぬ以上は、せめて活用するしかなかろうな」
藻屑の言葉通り、地図に貼られたメモを読み解けば、地震の被害範囲が一目瞭然であった。
地震のほとんど無いこの地域では、軽微な揺れでも映像を記録する者が多い。震源地が地表だったこともあり、激震に見舞われた範囲はそこまで広くはなかった。
震度7相当まで達した地域は、魔破の里を含む聖龍連峰麓の森林地帯が主であり、ジルバラント王国首都クリンゲルでは震度6弱、イーダスハイムの城塞都市ゴーザシルトでは震度5強であった。
しかし耐震を考慮していない建物は現代建築のようには揺れに耐えられない。特に建て増しを重ねた下町の建築物などはひとたまりもなかった。
宿場町としてにぎわうブリュッケシュタットでは、震度5弱まで減衰していた揺れでもかなりの数の宿が部分的に崩れていた。
地震そのものは国境を超えると急速に減衰し、魔族領やフレッチーリ王国に至っては軽微な揺れを感じる程度であった。この地震で被害を受けたのは、今の所ジルバラント王国のみと言えた。
◆◆◆◆◆
いっぽう、ロジーナ姫は魔導放送の通信波を利用し王都の情報を集めようと試みていた。
しかし、地震によって中継器が破損した箇所が多く、満足に通信波が拾えない。机上に置かれた魔導放送の送受信機を前に、ロジーナ姫がため息をついた。
「だめじゃのう……どうやら中継器がいかれとるわ。まあ里ですらこの有様じゃ。中継器も無事では済まんじゃろ」
その様子に、人化した黄金龍が提案する。
「ロジーナ殿下、私たちが連絡役を受け持ってもよろしくてよ?」
その申し出に驚くロジーナ姫と藻屑。龍種が人間のためにここまで協力してくれるなど、通常ならばありえない事である。
「黄金に輝く麗しき太陽の化身陛下にそこまでしていただけるとは、なんともありがたい限りじゃが……」
畏まるロジーナ姫に、黄金龍が言う。
「私に敬意を払ってくださるのは嬉しいですが、緊急時でもある事ですし、どうか私の事は気軽にクゲーラとお呼びになってくださいまし」
黄金龍の申し出に増々恐縮するロジーナ姫。
「いっ、いやしかし、いくら何でも呼び捨ては無理じゃろ……せめてクゲーラ陛下でお願いしたいのじゃが」
「ふふっ、お堅いですのね。ナナシたんやレジオナちゃんとはもっと砕けたお付き合いですのよ」
「そだにょ~、なんせクーちんと私たちは親友だかんね~!」
レジオナがふにゃふにゃと自慢げに喋りながら、いかにもなれなれしく黄金龍と肩を組む。
事情を知らない藻屑などは一瞬ひやりとした表情を見せてしまい、それに気づいたレジオナのニヤニヤ顔に、またひとつ心の復讐帖への書き込みを増やす。
ロジーナ姫は少し肩をすくめると、微笑みながら言う。
「ふふっ、さすがはレジオナといった所じゃの。とはいえわらわは立場もある身ゆえ、多少は格式も必要じゃろうて。クゲーラ陛下、ご協力の申し出には感謝いたしますぞ」
そしてアヤメに指示し、机上にジルバラント王国の地図を広げると、要所に駒を置いてゆく。
「さっそくで申し訳ないが、まずは通信の回復が先決じゃ。龍種の皆様方には魔導通信の中継器を設置してもらいたい」
成り行きを見守っていたキーラが、腕組みをして呟く。
「まー確かに、こんな状況でいきなり王都に龍種が乗り込んできたら、連絡がどーだ言う前にパニックが起きるよな。クー様は普段から王都を火の海にしたがってるしよ」
「ちょっ! キーラちゃん、あれは定番のドラゴンジョークなの! あんまり本気じゃないんだからねっ!」
「いやいやいや、ちょっとでもその気があったら困るんじゃが!?」
ロジーナ姫の突っ込みに、レジオナがふにゃふにゃと笑う。
「うひゃひゃ、ノワ先生も原稿やばくなったらよく王都火の海にしたがるもんね~」
ぎょっとして黒龍を見るロジーナ姫。黒龍はそっと視線をそらし、ぼそりとつぶやく。
「あれはマジ」
黒龍の不穏な言葉に、しかしジルバラント王国の出版事業総元締めでもあるロジーナ姫は全く臆さず告げる。
「ほほう、ノワ先生。ちょっとよく聞こえなかったんじゃが、もういちど言ってもらえるかの? 内容次第では来月の締め切りが変動するやもしれんぞ」
腕組みをし、薄い胸を張って仁王立ちするロジーナ姫の迫力に、最強種たる龍の住まう霊峰、聖龍連峰のナンバー7漆黒の夜に潜みし大いなる狩人の目が泳ぐ。
「え~、この状況で来月号も発売すんの~? いくらなんでもむりじゃん~?」
ふにゃふにゃと割り込むレジオナに勇気づけられたか、黒龍がか細い声で賛同する。
「そーだそーだ! 我々は来月号の休刊を要求するー!」
抗議の声に、ロジーナ姫の双眸がスッと細められた。
「この状況だからこそ、じゃ。他の刊行物はともかく、月刊スラスラコミックだけは何としても発刊するから覚悟せい。状況次第じゃが、最悪の場合無料で配布する事も辞さぬ」
ロジーナ姫の断固とした言葉に、ナナシがハッとしたように言う。
「ああ、それって希望とか日常を取り戻すとかそういう感じのアレ?」
「言葉にすれば陳腐じゃが、まあそういう事じゃの」
それを聞いたレジオナが、机に突っ伏してふにゃふにゃと悶える。
「も~、そ~いうのさ~、ま~子供たちが待ってんならしょ~がないけどさ~、そりゃ~ね~、合併号とか次の発売日めっちゃガッカリするもんね~、ま~しょうがないにゃ~、がんばってみるよのさ~」
レジオナの華麗なる手のひら返しに、事ここに至っては孤立無援の黒龍にはなすすべもない。
それに人類がどうなろうが知った事ではない龍種とて、読者となれば話は別である。それはもはや種の壁を超越した概念である。
おお読者よ。読者たる子供たちよ。我が心に灯をともし、我が心を業火にて焼く者よ。汝らのためならば我が命をも削ろう。
黒龍はロジーナ姫から目をそらしたまま、少し頬を赤らめながらつぶやくように言う。
「どっ、読者の住んでる街を焼くわけないでしょ。冗談よ冗談っ。だから来月の締め切りはちょっと伸ばしてくれるとありがたいんだけどどうかしらほんとマジ無理だからお願いしますマジでマジで……」
後半はもはや消え入りそうな声である。しかしそれを聞き終えたロジーナ姫は、満面の笑みで答える。
「うむ、締め切りはまからん! 死ぬ気で頑張るのじゃ!」
「うわーん! 姫ちゃんが優しくない~! いっちょ王都火の海にしてくる~!」
炸裂するドラゴンジョークに、どっと笑いが起きた。




