激戦
戦場に、ロジーナ姫の歌声が響き渡る。
歌って踊れるのじゃロリ姫を目指し鍛えた歌唱系スキルに『王の器』の統率効果が上乗せされた結果、ウォークライを上回る集団鼓舞効果を発揮するに至った戦闘歌である。
さらにロジーナ姫は、信仰する春の女神の祝福『生命の歌』を発動していた。この祝福によって、ロジーナ姫の戦闘歌は、友軍に対する疲労回復・魔力回復・治癒力の強化・身体能力の向上等、様々な増強効果をも付与している。
ちなみに曲は昨年度の『姫様うきうき半生放送』ナンバーワンヒットとなった『恋のドラゴンブレス』であった。間奏抜きで3番まで歌い切ると丁度5分となり、戦闘時間の管理にも適している。
そんなロジーナ姫に引き寄せられるように、オークウォリアーが殺到するが、20メートル程手前で急に足が止まってしまう。オークの足元には、目に見えぬほど細い糸が大量に張り巡らされており、細くても強靭な粘着性のその糸によって足を固定されてしまったのだ。
「忍法蜘蛛糸絡み」
侍女長アヤメ・ツチグモの眷属である、人の頭ほどもある数匹の蜘蛛が土中より現れ、オークに向かってさらに糸を飛ばす。そうして身動きの取れなくなったオークウォリアーを護衛騎士が次々と討ち取ってゆく。
その周囲では、数匹の蜘蛛が背中に拳大の録画魔道具を装備し、『姫様うきうき半生放送』用の動画を撮影していた。あまりに過激な画像には、後日編集時にモザイクがかけられる予定である。
罠を警戒しオークウォリアーを先行させたオークナイト5体に、護衛騎士カレンが単身切り込む。
自前の肉体強化魔法に加え、ロジーナ姫の戦闘歌によって引き上げられた身体能力は、あわてて盾を構えたオークナイトをその強化された盾ごと両手剣で袈裟切りにする。さらに切り込んだ剣先を逆袈裟に切上げつつ、カレンが叫ぶ。
「ロジーナ浪漫流、Vの字切り!」
ロジーナ姫が前世のアニメやゲームで見た必殺技を、カレンが恐るべき執念と努力と才能で再現した技を総称して『ロジーナ浪漫流』と呼ぶ。
Vの字切りは再生能力の高い敵に対し、重要器官をまるごと体から切り飛ばす非常に効果的な技である。オークナイトの再生力をもってしても、Vの字切りを食らえば絶命は免れない。
カレンは逆袈裟に切り上げた勢いのままオークの体を蹴って宙返りをし、背後から振るわれたオークナイトの斧を避けると、振り切ったその斧の上に納刀しつつふわりと降り立つ。
一瞬、驚愕の表情で動きが止まったオークナイトの顔面に向け、カレンは両手を組むと、体を高速回転させながら突っ込んだ。
「超転身スピン!」
両手を組んだ瞬間、籠手が変形し、拳の前にドリルが形成される。エルフ銀製のドリルは、注ぎ込まれたカレンの魔力によって円錐状の力場を発生させ、高速回転によってオークナイトの頭部を完全に粉砕する。
着地の瞬間を狙い、オークナイトが両手持ちの巨大なメイスを横薙ぎに振るう。しかしその軌道は、まるでカレンを避けるかのように曲がり、反対側から迫るオークナイトの剣を粉砕する。
「マ・ワ・シ・受け」
ロジーナ姫の「なんかこう円を描くように腕を回すとどんな攻撃でも受け流せるのじゃ。水とか空気とかも。たぶん魔法もいけるじゃろ」という大雑把にも程がある説明から術理を見出し、実戦レベルにまで昇華させたカレンの努力は、たとえ『王の器』の成長補正があるとはいえ尋常ではない。
メイスを受け流され伸びきったオークナイトの両腕を、カレンは両手剣で居合抜きに切断し、そのまま肩口から背中を使った体当たりで相手を10メートル以上弾き飛ばす。身長185センチメートルのカレンが、身長1.5倍、体重に至っては6倍近いオークナイトを弾き飛ばす術理こそ、闇カラテ『アイアンマウンテン』である。ワザマエ!
剣を失ったオークナイトが盾を構えて体当たりを仕掛ける。カレンは即座にアイアンマウンテンで迎撃するが、オークナイトの全力の体当たりはアイアンマウンテンの威力に拮抗し、両者その場でたたらを踏む。
そこへ5体目のオークナイトが剣を振り下ろす。カレンは体さばきと両手剣によりオークナイトの剣をするりと受け流すと、流れるような動作でひじの内側と脇の下を切り裂きながらオークナイトの背後へと回り込む。
オークナイトが振り向いた時には、すでにカレンは剣技『シューティングスター』の態勢に入っていた。片方の手で刀身をつまみ、ストッパーとする事で力を溜め、剣速と威力を大幅に高める必殺剣である。
刹那、振り抜かれた剣先は音速をはるかに凌駕し、真っ二つになったオークナイトの体を衝撃波で吹き飛ばす。
残ったオークナイトが、飛んで来た仲間の死体を盾で振り払った時には、すでに腹部にカレンの両手剣が深々と突き刺さっていた。カレンはさらに剣をねじ込みながら、エルフ銀製の刀身に魔力を流し、爆裂魔法陣を起動する。
カレンが剣を抜きながら後方に飛び退り、オークナイトに背を向けるように半回転し、剣を下段へと振り払った瞬間、カレンの背後でオークナイトが爆散した。
◆◆◆◆◆
ロジーナ姫の馬車と、その隣で防御陣を張っていた特級魔術師フレディと中級冒険者たちに群がっていたオークウォリアーとオークナイトは、ほぼ一掃された。
何とか撃退できるかもしれない、そんな弛緩した空気がほんのつかの間流れる。
しかし、ほのかな希望はのそりと現れたオークキャプテンによって一気に霧散してしまう。
オークキャプテンの右手には、血まみれのマーティンがぐったりとしたまま握られていた。マーティンの左腕は上腕から下が食いちぎられており、今まさにオークキャプテンに咀嚼されている。
オークキャプテンは、部下オークたちの死体が散乱しているのを見て激怒した。
「×の○○ども△ぁ! 〇〇〇ぞ××△も!」
オーク語で怒鳴るオークキャプテンの声は、冒険者には理解できない。カレンとアヤメとロジーナ姫の3人だけがオーク語を理解し、内容の下品さに顔をしかめる。
ひとしきり吠えたオークキャプテンは口に残った骨のかけらを吐き捨てると、右手に持ったマーティンを中級冒険者たちに投げつけた。
フレディは、オークキャプテンが投げる予備動作に入った瞬間に、速度制御の呪文を唱える。降下制御の上位呪文ではあるが、判断の速さからマーティンの激突前にぎりぎり発動が間に合った。もし投げられた速度のまま中級冒険者たちに突っ込んでいれば、マーティン自身だけでなく、中級冒険者にも多大な死傷者が出ていただろう。
オークキャプテンが無防備に投擲動作に入ったのを見て、ロジーナ姫とカレン、アヤメも行動を開始する。ロジーナ姫の戦闘歌『わがままプリンセス』が響き渡る中、アヤメが呪印を結ぶ。
「土遁、泥沼縛り」
アヤメの忍法が発動し、マーティンを投げたオークキャプテンの足元が泥濘と化して、その体が腰まで泥に沈む。
「忍法蜘蛛糸絡み」
さらにアヤメの眷属の蜘蛛たちがオークキャプテンを糸で縛り上げる。それだけにとどまらず、アヤメは特別製のロングスカートを一瞬で脱ぎ捨てると、ローライズの下着の尻からはみ出している、外殻に覆われた小さな噴出口から糸を発射する。
発射された糸は、一見服の装飾と見まがうように腰から生える2対4本の蜘蛛の足で操られ、オークキャプテンを強力に締め上げてゆく。
頭以外を蜘蛛糸で雁字搦めに縛り上げられ身動きが取れなくなったオークキャプテンに、カレンが必殺剣『シューティングスター』を構え肉薄する。狙うはこめかみの横断面切断である。
超音速の斬撃が放たれる刹那、オークキャプテンはその恐るべき剛力により、蜘蛛糸を固定する周りの馬車や蜘蛛ごと体をよじった。アヤメも自らの蜘蛛糸に引っ張られ宙に舞う。
ほんのわずかな動きではあったが、オークキャプテンはカレンの斬撃を頭蓋骨で受け流す。そこには生死の狭間を潜り抜けてきた、粗削りではあるが確かな術理が存在した。
軌道をそらされた斬撃は、オークキャプテンの皮膚を削り、頭蓋骨を削るも、あと数ミリ脳髄まで届かない。
オークキャプテンはそのままカウンターの頭突きをカレンの胸甲に叩き込むと、顔を振り上げ、下顎から生える巨大な牙で鎖帷子を貫いて臓腑をえぐる。
轟音とともに頭突きで跳ね飛ばされたカレンは、腸を引きずり出されながら地面に叩きつけられた。鎧が丸く陥没し、胸骨は粉砕されている。肺も傷つき、口腔から激しく吐血する。身体強化と戦闘歌の増強効果のおかげで意識こそ失わなかったものの、ダメージにより体がほとんど動かせない。
一見優勢に見えた戦況からの落差に、中級冒険者たちから悲鳴が上がる。しかしロジーナ姫は悲壮な表情のまま歌い続ける。絶体絶命など『王の試練』で何度も経験している。自分の戦闘歌による増強効果が、運命をあと一押しする可能性をあきらめない。
カレンは腰からナイフを抜くと、引きずり出された腸を躊躇なく切断し、春の女神の奇蹟『再生』を自身に使う。欠損直後なら腕さえ生える『再生』は、本来大司教レベルでなければ賜れぬ奇蹟であるが、『王の器』による成長補正と存在力の強化によって、カレンは月に一度だけ恩寵を賜ることができる。
カレンの攻撃をしのいだオークキャプテンは、自分を中心に火炎の魔法を使った。
蜘蛛の糸は引っ張る力への強度は高いものの、炎に対しては脆弱で、あっという間に燃え落ちてしまう。炎に包まれたオークキャプテンは持ち前の再生力で涼しい顔である。
上半身が自由になったオークキャプテンは泥に両手を打ち付けると、その反動で、ベルトの焼け落ちたズボンを泥中に残したまま下半身を引き抜き、逆立ちの態勢で空中に飛び上がり、一物をぶらつかせながら宙返りをする。
「なんと汚い飛翔○麗じゃ……」
たいていの事には慣れたつもりのロジーナ姫をして思わずツッコミを入れてしまう程の、オークキャプテンの醜技である。
そもそもオークはいついかなる時でも女を犯しやすいように、ベルトを緩めればストンと脱げるズボンを好む傾向にある。今回はその習性がオークキャプテンの尋常ならざる剛力に上手く作用し、このような技を成立させてしまったのだ。
とはいえ、見た目の汚さに対しその威力は本物である。空中からの両手による手刀が、アヤメに向かって繰り出される。
それを見たフレディが魔法で防御壁をアヤメの頭上に展開する。アヤメも蜘蛛糸を使い、衝撃を和らげるためのネットを張り巡らせる。
しかしオークキャプテンの手刀はそれらを易々と打ち砕き、アヤメの両肩を砕く。
オークキャプテンは、そのままうつぶせに地面に打ち据えられたアヤメを足で踏み、腰から生えた4本の蜘蛛の足をまとめて片手で握ると、力任せに引きちぎった。
「ぎいいいいいいい!」
押し殺した悲鳴を上げながら、アヤメは痙攣し、失禁する。その悲鳴を聞いて、オークキャプテンの顔が残忍な笑みに歪む。
「ロジーナ浪漫流! 超転身!」
カレンの叫びが木霊した。残るすべての魔力を注ぎ込み、肉体のリミッターを外した最後の一撃がオークキャプテンに突撃する。
「スピィンンンンンンンンッ!」
金色に輝く円錐形の力場が、超高速の回転でオークキャプテンに迫る。しかしオークキャプテンは両手で力場を掴むと、手の平を削り飛ばされながら力任せに回転を止めた。
「ぎゃあああああああっ!」
回転の反動はカレンの両腕と肩を粉砕し、腰椎をも砕く。カレンは完全に失神し、その場にぐにゃりと落下した。もはや生きているのが不思議な状態である。
「そこまでじゃ!」
ロジーナ姫が、オークキャプテンを制止した。オーク語ではない西方共通語だが、ロジーナ姫の技能『魂の歌声』の効果により、意味するところはオークキャプテンにも伝わる。
「そりゃあ、降参するって事か雌ガキ」
オークキャプテンがニヤニヤと笑いながらオーク語で聞く。
「そうじゃ。出来ればわらわの身一つで引いてはくれぬか」
「お前みたいなちんまい雌ガキじゃ、俺たちの相手は1時間も持ちゃしねえだろ。少なくとも雌は全員連れていく。こいつらもな」
そう言って、オークキャプテンはカレンと足蹴にしたままのアヤメを指し示す。
「少なくとも女騎士の方はもうおぬしらの相手をできる状態じゃなかろうが。足元の女も手当てをせねば遠からず死ぬぞよ」
「死んだら死んだで使い道があるぜ。特にこっちの生きのイイ雌は、いたぶって泣き叫んだら興奮するだろうなァ。楽しみでしょうがねえ」
ロジーナ姫は、最悪オークどもに捕まって慰み者になるのも止む無しと考えていた。これ程の脅威ならば、遠からず勇者や軍が動くことになるだろうし、それまで数ヶ月単位で奴隷に甘んじてでも生き延びれば助かるチャンスはあると。
しかし実際には投降するタイミングを完全に見誤ってしまった。オークナイトを簡単にあしらえてしまったがゆえに、オークキャプテンの強さを過小評価してしまったのだ。
このまま捕まってしまえば、自分はともかくカレンとアヤメは死ぬだろう。護衛騎士も含め、男は全員殺され、女は捕まる。何か、何か打てる一手は無いか。ロジーナ姫は必死で考える。
「せめてその二人を治療させてくれぬか。わらわに出来る事なら何でもするゆえ」
「ほう。雌ガキにしちゃ中々肝が据わってやがるな。周りの野郎どもも見習えってんだ」
オークキャプテンはそう言うと、舌なめずりをしながら、
「お前が俺を楽しませてる間だけ、治療を許してやる」と笑った。
ロジーナ姫は、凶悪な笑みを浮かべるオークをキッと見据えたまま、護衛騎士と冒険者たちに命令する。
「オークと話はついた。わらわがこ奴に奉仕している間は治療をしてもかまわんそうじゃ。カレンとアヤメをそちらへ運んで手当てをせよ」
そして、ドレスを脱ぎながらオークキャプテンに告げた。
「負傷者を向こうへ運んでからがサービスタイムじゃ。それまでわらわが脱ぐのを楽しんでおれ」
「クックック、お前すげえな。俺が指ではじいたら死んじまうぐらいのチビのくせに、この場の誰より勇敢だぜ。もっといい体してりゃ、いいオークをたくさん産んだだろうによ」
「ふん、誉め言葉ととっておこうかの」
会話をしながら時間を稼ぎつつ、ロジーナ姫はついに一糸まとわぬ姿になる。カレンとアヤメは荷馬車の陰へ運ばれた。後はどれだけ治療を施せるか、その時間を稼げるかだ。
「では、参ろうか」
ロジーナ姫が覚悟を決めて一歩踏み出したその瞬間、横合いから巨大な物体がオークキャプテンに激突し、オークキャプテンは遥か彼方へと吹き飛ばされた。