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大いなる眠り

 すでに褐色の大地を(ギューガララァ・)支配せし大いなる(シュフーグ・ガゥ・)霊峰(バーガル)が目覚めた以上、動き出すのは時間の問題であった。山脈龍が次に立ち上がる前に何としても手を打つため、ナナシはキーラを抱えて空中を疾走する。


 その後方には、顛末を見届けるため黄金龍や黒龍、その他数十体の龍種が続く。フリーダ、モニカ、レジオナの3人は黒龍の腕に抱かれて着いて来ていた。モニカは山脈龍の攻略という歴史的な出来事を余す所なく録画中である。


 眼下の森では数えきれないほどの魔獣の群れが南下を始めていた。地震によるパニックで暴走が起きているのだ。


 地震の被害に魔獣暴走(スタンピード)が重なれば、たとえ王都といえど防ぎきれるものではない。ましてや地方都市や村などは壊滅を免れぬであろう。


 ナナシは胸に抱えたキーラに話しかける。


「キーラ、巨大化の時間だけど、せめて5秒欲しい」

「はァ? 5秒弱確保すんなら、いくらおめーが元々デカイつったって1000メートルくらいのサイズにしかなんねえぞ。山脈龍の頭は1500メートルあんだから、せめておめーも2000メートルは無いと厳しんじゃねえか?」

「サイズは確かにそのくらい必要だと思う。けど、時間は5秒欲しい」

「一撃で決める自信がねーのか?」


 キーラの言葉にうなずくナナシ。


「最終的には自分を信じるしかないけど、相手は数億年生きてる龍種だから。カーグルを殴ったキーラみたいに、最悪の場合は自分の腕を引きちぎってエネルギー体の腕で殴らなきゃいけないかも。その判断をするにしても、5秒は欲しい」


 ナナシの言うことにも一理ある。数億年も生きている龍種など、どんな防御を持っているか分かったものではない。キーラは左手で頭を掻きむしると、気合を入れるように自分の頬を張った。


「そうだな、どっちみち失敗したらその先なんかねーんだ。あたいも出し惜しみしてる場合じゃねえ。恩寵(ギフト)の『巨大化』に神聖干渉の『巨大化』重ねりゃ……2500メートルで4.6秒。あたいにゃこれが限界だけど、行けるかナナシ?」


 混沌浸食を防いだ事でキーラの存在力も大幅に増している。今ならば神聖干渉の倍率も2.5倍まで可能となっていた。キーラと目を合わせ、ナナシは力強く答える。


「ありがとうキーラ。絶対にバーガル様を止めて見せるよ」


     ◆◆◆◆◆


 ほどなく一行は聖龍連峰の西端、山脈龍の頭部が横たわる場所へと到着した。幸いな事にまだ山脈龍は立ち上がっていない。その巨大な目も、とろんと半開きであった。


 キーラはナナシの尻をパーンと張り、「頑張れよ!」と声をかけると、黄金龍に抱えられその場を離れる。そして、十分離れた場所からナナシを巨大化させた。


 一瞬で2560メートルに巨大化したナナシに反応し、山脈龍が首をもたげる。極限まで集中したナナシの、引き伸ばされた時間感覚の中で、山脈龍とナナシの視線が交わった。


 その眠たげで黒目がちな視線は、元々それほど高くなかったナナシの闘争心を霧散させてしまう。ナナシは腰だめに引き絞った拳を構えたまま躊躇する。


 そもそも山脈龍は誰を害そうとしているわけでもない。ただ、ふと目覚めてほんの少し動いているだけである。

 矮小な人間にとってはまさに自然災害に等しいが、だからといって数億年を生きるこの偉大な龍種を殴って昏倒させるのが果たして正しい事なのか。


 しかし、ナナシの拳には数万人の命がかかっている事もまた厳然たる事実である。迷う程の時間もない。ほんの刹那の間にそれらの思考を巡らせ、ナナシは決断した。

 どうせ自分の筋力を信じるしか無いのだ。ならば最大限自分の筋力を信じ、適切な効果を発揮させるのみ。


 ナナシは拳を開き山脈龍に近づくと、時間の許す限りそっと手を差し伸べ、山脈龍の下顎に優しく添える。そしてもう片方の手で慈しむように山脈龍の頭を撫でた。


 もういちどゆっくりと眠りにつけるよう、願いを込めて。


 3回撫でた所で時間切れとなったナナシは、小さくなった体で山脈龍の鼻先から落下した。見上げるナナシの視線の先では山脈龍が大きく口を開け、周囲の魔素とともに息を吸い始める


 遠巻きに見ていたキーラたちはナナシの意外な行動に声もない。


 さらに山脈龍がブレスの前兆のごとき吸気を始めたのを見て、大慌てで射線から離れようとするが、龍種の飛翔能力をもってしても山脈龍の吸気に抗ってその場に止まるのが精いっぱいである。


 ナナシも山脈龍に吸い込まれそうになるのを、とっさに空間そのものを掴む事で耐えた。ナナシの絶対筋力による、文字通りの()()()()である。


 やがて、全長800キロメートルにも及ぶ山脈龍の、永遠とも思える吸気がついに終わりを迎えた。


 散開した龍種たちとともに固唾をのんで見守るキーラ。モニカは世紀の一瞬を捉えるべく『並列思考』を発動しエネルギーの流れと実映像を同時録画している。その隣でフリーダも魔素の流れとエネルギーの動きを注視していた。


「山脈龍のブレス! いったいどれほどの威力が!? 興味深い……んんっ?」

「ううううう、今度こそ転移魔法のアンカー……アンカーを……あれっ?」


 そして、ふたり同時に違和感に気づく。その違和感を察したかのように、レジオナがふにゃふにゃと笑った。


「あはは~、あれって()()()だよねぇ~」


 はたして、レジオナの言葉通り、山脈龍はブレスを吐く事なく口を閉じる。そして鼻からぶふうと息を吹き出すと、ゆっくりと頭を地面につけた。


 やがて山脈龍は数回(まばた)きをすると、満足げに(まぶた)を閉じ、再び大いなる眠りにつく。


 龍種たちはその様子を見届けると、褐色の大地を(ギューガララァ・)支配せし大いなる(シュフーグ・ガゥ・)霊峰(バーガル)の眠りを妨げぬよう、静かにその場を去っていった。


 黄金龍と黒龍は着地したナナシのもとへと舞い降りると、キーラたちを下ろし人化する。


 キーラは満面の笑みでナナシに駆け寄り、思い切りジャンプしてハイタッチを交わした。


「ビックリさせやがって! でもまあ、おめーらしいぜ。よくやったな」


 その後ろでモニカが深々とため息をつく。


「はぁ、山脈龍のブレス見たかったわ。数千年に1度の機会だったのに。眠る前にせめて1発……」

「ほんっと、モニカたんそ~いうとこだよね~。ここまでブレないとある意味尊敬するんよ~」


 ふにゃふにゃとレジオナの突っ込みが入り、フリーダのぼやきが重なる。


「まだこれから魔獣暴走(スタンピード)をなんとかしなきゃいけないんでしょ? もう勘弁してほしいんだけど」


 わいわいとナナシを取り囲む一同に、人化した黄金龍と黒龍が歩み寄る。それに気づいたナナシが黄金龍に向き直ると、黄金龍は右手を胸元に当てて微笑み、軽く会釈した。


「オークの皇帝たるナナシ・オーカイザー。褐色の大地を(ギューガララァ・)支配せし大いなる(シュフーグ・ガゥ・)霊峰(バーガル)を再び眠りに(いざな)ってくれた事、龍種の女王として感謝いたします。我ら聖龍連峰の龍種はこの事を未来永劫忘れぬでしょう」


 龍語(ドラゴンズロア)により告げられた感謝の言葉は、『魂の歌声』により一同の心に優しく響き渡る。黄金龍はさらに笑みを深めると、流麗な西方共通語で続けた。


「ナナシたん、我らが祖龍に優しくしてくれてありがとう。それにしても、よくあそこで撫でるという決断ができたわね」


 黄金龍の問いに、ナナシははにかみながら答える。


「バーガル様の目を見たら、とてもじゃないけど殴る気にならなくて。あとはもう賭けだったけど……失敗してたらと思うとゾッとします」


 そう言ってホッとひと息ついたとたん、ナナシの足から力が抜け、その場に尻もちをついてしまう。今更ながら決断の重さに腰が抜けてしまったのだ。そんなナナシの肩にキーラが優しく触れ、静かに語りかける。


「ジルバラント王国はもう何度もおめーに助けられてんだ。おめーが全力を尽くして失敗したんなら、誰にも責める権利なんてねーよ」

「そ~は言ってもにゃ~、もし失敗してたらナナシたんは自分が許せなかったでしょ~?」


 キーラの慰めにレジオナがふにゃふにゃと突っ込む。それを聞いたフリーダが腕組みをして言う。


「まあ、最悪の場合エルフの秘儀を伝授してあげるつもりだったから。原初のオークなら多分できたと思うわよ。本人は消滅するけど」

「エルフの秘儀! 興味深い!」


 速攻でモニカが食いつく。


「教えないわよ、秘儀なんだから。なんにせよ無事片付いたんだし、次は魔獣暴走(スタンピード)でしょ。どうすんの?」


 フリーダの指摘に表情が引き締まる一同。ジルバラント王国の危機はまだ去ったわけではない。ジルバラント王国全土を襲うであろう魔獣暴走(スタンピード)にどう対処すればいいのか。


 顔を見合わせるナナシたちに黄金龍が告げる。


「ナナシたん、私たちも協力するわよ。だって私たちお友達でしょう?」


 こうしてナナシの優しさにより、ジルバラント王国は未曽有の危機において最強の援軍を得る事となった。

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