最古の龍
大地を揺るがす激震の余波はジルバラント王国全土に及び、王都クリンゲルや城塞都市ゴーザシルトにおいても多数の家屋や城壁が倒壊し、膨大な死傷者が発生した。
その数、死者2万人、重軽傷者合わせて200万人に達する。
すでに日が昇っていた事と、魔法による消火や治癒などの救済活動により、震災規模に対しての死者は少なかったものの、建物の倒壊や財産の焼失など国民は未曽有の大混乱に見舞われた。
しかし、これはまだ波乱の序章に過ぎなかった。
◆◆◆◆◆
ジルバラント王国の北を東西に走る山脈、聖龍連峰。
延長800キロメートル、最高峰4500メートルに達する、龍種の住まうこの霊峰こそが、現生する最古の龍、褐色の大地を支配せし大いなる霊峰そのものである。
その存在はエルフの大長老マイスラ・ラ・リルルの『エルフ進化論』でも触れられており、1億5千万歳のマイスラが誕生した時にはすでに延長500キロメートルの山脈龍として、現在のジルバラント王国よりも大陸中央へ寄った場所に生息していた。
褐色の大地を支配せし大いなる霊峰は、その当時からすでに眠りについており、以来数千年に一度目覚めては大地を震わせながら少しずつ移動している。
「つまりその褐色の大地を支配せし大いなる霊峰が目覚めて動いたのがさっきの揺れです」
黄金龍の説明に驚きを隠せないナナシとキーラ。モニカは伝説を目の当たりにして大興奮である。
「聖龍連峰が地形龍である可能性は過去の伝承から推測されていたけれど、今でも生きてて動くなんて! 教皇はこの事知ってたわよね!? 悔しいいいいいい! でも地形龍の背中で動くのを体験してやったわ! あははは!」
フリーダも腕を組んで呟く。
「まさか大長老の与太話がホントだったなんて……」
レジオナがふにゃふにゃと黄金龍に問いかけた。
「クーちん、褐色様の動きってさ~、これで終わりなの~?」
黄金龍は残念そうに首を左右に振り、答える。
「いいえ、目覚めた以上は少なくとも数歩移動するでしょうね」
その言葉に戦慄するナナシたち。つまりこの規模以上の揺れがあと数回も発生するのだ。そうなればジルバラント王国は完全に壊滅するだろう。
キーラが意を決したように言う。
「ナナシ、ウチらで止めるぞ。あたいがおめーを千倍に巨大化させてやる。1秒ありゃあ地形龍の頭を砕けるだろ」
その言葉を聞いた瞬間、モニカがとっさに『思考加速』を使い、知識の女神の加護『深淵を覗く者』を祈念しナナシたちに祝福を与える。間髪を入れず、龍種たちの殺気がナナシたちに襲い掛かった。
物理的衝撃すら感じる程の恐るべき殺気が、『龍種を倒せし者』による耐性など紙切れのように蹴散らし、ナナシたちを打ちのめす。『深淵を覗く者』の加護が無ければ恐怖のあまり自我が崩壊していたであろう。その圧力にナナシたちは耐え切れず、全員がその場にうずくまってしまう。
黄金龍がゆっくりと口を開く。流れ出る西方共通語はあくまで流麗であり、それでいて聞く者を恐怖のどん底へと叩き込む冷たさを持っていた。
「キーラちゃん、友達のよしみで今回だけは許してあげる。この聖龍連峰でどの龍種と戦おうが個々の勝手だけど、我らが祖たる褐色の大地を支配せし大いなる霊峰を害する事だけは看過できないわ」
キーラは息も絶え絶えに顔を上げると、黄金龍に哀願する。
「けっ、けどよクー様、このままじゃジルバラント王国のみんなが死んじまう!」
しかし黄金龍の反応は冷ややかなものだった。
「人間が死のうが生きようが、私たち龍種に何の関係が?」
レジオナがふにゃふにゃと助け舟を出す。
「でもさ~、ジルバラント王国が壊滅したら人間の文化も文明も衰退するんよ~。いいの~?」
その言葉に真っ先に反応したのは黒龍だった。
「ダメ! それはダメよ! っていうかドワーフの地下工房もヤバいんじゃないの!? なんとか止めないと!」
黒龍が必死の形相で黄金龍に詰め寄るものの、あっさりとチキンウィングフェイスロックを決められギブアップする。
「人間の文明など100年もすればまた復興するでしょう? 悠久の時を生きる龍種の祖とは比べるべくもないわ」
涙目の黒龍にガジガジと首筋を噛まれながら、黄金龍が淡々と告げた。これが本来の龍種と人間の関係である。人間の都合を龍種が慮る事などあり得ないのだ。
しかし、だからと言ってあきらめる事は出来なかった。ナナシとキーラは目線をかわすとうなずき合う。それを見た黄金龍は人化を解き頭胴長120メートルの巨大な龍へと変化し、ナナシに問う。
「ナナシたん、私たちと本気でやるつもり? まさか勝てると思ってるんじゃないでしょうね」
ナナシは筋力に任せ立ち上がると、黄金龍の目を見据え答える。
「勝てる勝てないじゃない。このままジルバラントの人たちを放っておけないんです」
黄金龍は目を細めると、不思議そうに言う。
「オークのあなたがなぜそこまで人間の事を気に掛けるの? 見ず知らずの人間がどうなろうがあなたには関係ないでしょう」
「たとえ関係ない人々でも、理不尽に命が奪われるのを見過ごせません」
「人間が死ぬのは見過ごせないのに、私たちを殺すのはいいのかしら?」
「クー様たちを殺したくなんかない……でもあなたたちは手加減出来る相手じゃない」
黄金龍の言葉に、悲しそうに顔を歪め答えるナナシ。その表情を見た黄金龍から不意に殺気が消える。それまで殺気を放っていた他の龍種たちも、女王の様子に気付いて臨戦態勢を解いてゆく。
黄金龍は再び人化すると、ふっと微笑みナナシに語りかける。
「私と戦おうという時に、怒りでも悲壮でも怯えでもなく、悲しみの表情を見せたのはあなたが初めてよ。ひとつ聞きたいのだけれど、それでも人間のために褐色の大地を支配せし大いなる霊峰を殺すつもりなのかしら?」
ナナシはぎゅっと握った拳を見つめ、ぽつりぽつりと話し始めた。
「自分のこの力は……たぶん、この世の理を超える事ができるはずなんです。だから……バーガル様を殺さずに……気絶させる事も可能だと考えています」
ナナシの言葉を引き継ぎ、レジオナがふにゃふにゃと補足を入れる。
「ナナシたんの筋力は神域を超える151だからにゃ~。ま~いくらバーガル様といえど昏倒必至でしょ~」
レジオナの説明に一瞬目を見開く黄金龍。
「なるほど、筋力151……それはそれは、大変な隠し玉ね。全く無策というわけじゃないと思ってはいたけれど、そんな奥の手があったとは驚きだわ」
「この力は、ダメージの与え方にも融通が利きます。多分、気絶させるって事を最大限意識すれば、外傷を与えずに意識だけ無くす事が出来ると思います」
ナナシの言葉に、黄金龍は目をつぶり腕組みをして考え込む。
この場で殺し合いをして龍種に死者を出してでもナナシを阻止するか、祖龍に手を上げる事を容認するか。葛藤に苛まれる事しばし、やがてゆっくりと目蓋を開き、告げる。
「わかりました。友人であるあなたたちに免じて、いちどだけチャンスを与えましょう。褐色の大地を支配せし大いなる霊峰を止める試みを許します」
黄金龍の寛大なる裁量に沸き立つナナシたち。しかしその後に続く言葉に再び戦慄を覚える。
「ただし、もしも我らが祖龍を殺した場合、この私が直々に全人類を滅ぼします。覚悟しておくように」
龍種の女王たる黄金龍の言葉は重い。ナナシがしくじったなら、その宣言は必ず実行されるであろう。それでもナナシは黄金龍の目をしっかり見つめると、力強くうなずいた。




