大地鳴動
黄金に輝く麗しき太陽の化身の居城は、聖龍連峰の標高3300メートル付近にあった。
雪中に開いた巨大な洞窟を進むと、そこには広々とした空間があり、豪奢な彫刻で飾り立てられた柱や調度品が整然と配置されていた。
城とはいえ、全長240メートルに達する龍種の居城である。迂闊に宝物を壊さぬよう、調度品や柱は壁際に配置され、人間目線で見ればだだっ広い空間だけが目立ってしまう。
手に抱えていた一同を床に下ろすと、黄金龍は再び人化し、一同を別室へと案内する。
広間を抜けた先には人間サイズの種族をもてなすためのサロンが設えられており、テーブルの上には食器が並べられていた。壁際にはメイド姿の女性が数人並んでいる。
サロンの奥、厨房へと通じる扉から、美しい銀髪を結上げ料理人の服装をした女性が現れ、優雅な所作で挨拶をした。紡がれる言葉は西方共通語である。
「ようこそおいでくださいました。本日の料理を担当させていただきます、ガーフルルォー・ギューアゥ・キュ・キューフルと申します。どうぞお見知りおきを」
その女性に向かってレジオナが手を振りふにゃふにゃと話しかけた。
「おお~、今日はキューフル様の料理なの~? めっちゃ期待してるかんね~」
そのやり取りにモニカがメガネを光らせたずねる。
「もしや貴女様は聖龍連峰ナンバー2と言われる白銀龍、白銀の光にて闇を照らす静謐なる月様であらせられますか? 手ずから料理でもてなしていただけるとは身に余る光栄でございます」
モニカの言葉に優しく微笑みを返す白銀龍。
「この城に人類のお客様がお見えになるのは久しぶりの事。どうかもっとおくつろぎになってくださいまし」
「そだにょ~! 親友のおうちに遊びに来たんだからさ~、もっと無礼講でいいんよ~!」
レジオナがふにゃふにゃとそう言いながら、するりとテーブルに着く。流れるような動作に追従しきれなかったメイドが、椅子を引こうと身を乗り出した状態で固まってしまった。それを見た黄金龍がぷっと吹き出し、慌てて表情を繕うものの、堪えきれずついに笑い出す。
「あはははは、まったくもう! レジオナちゃんったらさすがだわ。さあさ、みんなも遠慮しないで無礼講で行きましょう。もはや事ここに及んで取って食われる心配も無いでしょう?」
黄金龍に促されそれぞれ席につく一同。ナナシは床に高級そうな敷物を用意してもらい胡坐をかく。
饗された料理は見事なものだった。
元来、興味がある事柄に関してはとことん貪欲な龍種である。料理にはまった白銀龍は料理神へ帰依し、ここ150年程の間、料理の腕を磨き続けてきた。
冷気を操る自身の性質と、寒冷な聖龍連峰という環境から氷菓のレシピを得意とし、六菓仙のひとりとして大司教の座につく程の腕前を誇る。
龍種のナンバー2という立場上、おいそれと人里に降りるわけにもいかない白銀龍である。人類を招いての饗宴となれば嬉々として腕を振るってしまうのもやむなしと言えよう。
王宮の晩餐もかくやという料理を堪能するナナシたちに、黄金龍が話しかける。
「先ほどは灼熱の命を取らずに済ませてくれた事、心より感謝いたします。それにしても、若いとはいえ龍を相手に見事な立ち回り。皆様さぞや名のある方とお見受けしますが、経歴などお聞きしても?」
黄金龍の言葉に、キーラがナナシの背中を叩きながら答えた。
「あたいはしがない木っ端剣士だけど、こいつはオークの皇帝で、なんと混沌の使途をブッ飛ばした事もあるんですよ!」
「まあ、先日の混沌浸食を食い止めた方々ですのね。それならばあの強さも納得というものです」
さらにレジオナがふにゃふにゃと続ける。
「まあね~、実際ナナシたんの強さは底が知れないんよ~。キーラちんとの連携も相性がいいしさ~。一発勝負ならクーちんも危ないかもよ~?」
レジオナの無邪気な煽りにひやりとする一同。ナナシが慌ててフォローを入れる。
「いえいえいえいえ! とんでもないです! 女王陛下と自分じゃ格が違い過ぎて勝負になりませんよ!」
あわあわと手を振るナナシに、にっこりと微笑んで黄金龍が言う。
「うふふ、私これでも1万年生きて来ましたが、格下扱いされたのは初めてですわ。やっぱり定期的に王都を火の海にしないと駄目なのかしら」
何とも物騒なドラゴンジョークにレジオナがけらけらと笑う。どうやら「王都を火の海に」は龍種の間では定番ネタのようだ。
レジオナの反応を見て、黄金龍の言葉がどうやら冗談だと解ったナナシたちは曖昧な笑顔を浮かべつつ食事を再開する。その様子を見て、黄金龍が頬に手を当てうっとりとため息をついた。
「ああ、皆さんなんて豪胆な方々なんでしょう。この状況で平然と食事を続けられる人類なんてめったにいませんわ。ぜひぜひ私とお友達になってくださいまし」
黄金龍の申し出にモニカがメガネを光らせる。龍種の生態は断片的な情報しか記録されていないため、これはまたとないチャンスと言えた。
「女王陛下直々のお申し出、まこと光栄に存じます。謹んでお受けいたします」
丁寧に頭を下げるモニカに、今度は大きくため息をつく黄金龍。
「あぁ、駄目ですわ。そういうのではなくて、もっとこう砕けた感じで、ほら。レジオナちゃんくらい大胆に来て下さってかまいませんのよ?」
そう言って両手でクイクイと招く黄金龍に、キーラが思案顔で言う。
「そうは言ってもよ、女王陛下。こういうのは中々一朝一夕にゃあいかねえもんだぜ」
「あ~、おしい! もうちょっとよキーラちゃん! まずはその女王陛下をやめて、クゲーラちゃんって呼んでみましょうか」
「いや、無理だろ……頑張ってもクゲーラ様が限界だって」
「大丈夫! キーラちゃんはやればできる子だから! クゲーラちゃんが難しいなら、何か愛称で呼んでくれてもいいのよ?」
そのやり取りを見ていたナナシがそっと手を上げると、すかさず黄金龍が話を振った。
「はい来た! ナナシくん言っちゃって!」
「あの~、じゃあ麗しさんで」
「まって! なんでそこ選んじゃったかなあ? ねえなんで!?」
額に手を当てのけ反る黄金龍に、ナナシが笑顔で答える。
「えっと、すっごく美しい方なんで、名前の麗しきって所がぴったりだなあと思って」
ナナシのあまりに屈託ない笑顔に黄金龍は顔を赤らめ、きょろきょろと周りの女性たちを見回す。
「ねえ、なんなのこの子! 天然なの? タラシなの? 私をどうする気なの!?」
うろたえる黄金龍の様子にきゃっきゃと手を叩いて大笑いのレジオナ。思わずキーラがナナシに突っ込む。
「おめーはホンッとそういうとこだぞ! オークのくせにいい男ぶってんじゃねーよ! そんなんで落せるのはクゲーラ様くらいだかんな! 誰でもコロッと行くと思ったら大間違いだぞ!」
「まって! 私まだコロッと行ってないからね!? ちょっと危なかったけども!!」
慌てて訂正する黄金龍。すでに顔は真っ赤である。レジオナは笑い過ぎて椅子から転げ落ちそうな勢いだ。モニカは龍種の女王の赤面などというレアな映像を嬉々として録画している。
わいわいと盛り上がる一同を少し引いた目で見ながら、黙々と食事を続けるフリーダがぼそりと呟く。
「あんたたち凄いわね。龍種相手にこのノリは感心するわ」
あまりに楽しそうな様子に自分も参加しようと思うも、うっかり宝物庫を覗いたらどうしようかと躊躇してしまう。そんな自分の小物っぷりにちょっぴり寂しさを覚えるフリーダであった。
しかしそんな風に思っているのは本人ばかりである。給仕をしているメイドたちからは「お前も大概だよ」と思われていた。なにせこの状況で平然と食事を続け、あまつさえ龍種が人化したメイドに当然のごとくワインのお代わりをサーブさせているのだ。
特に気配やエネルギー量を隠蔽しているわけではないメイドたちの正体に、エルフならば当然気付いているはずである。それでいてこの自然な振る舞いは並みの胆力ではない。立て続けに強大な存在と何度も対峙したおかげで、フリーダの常識もかなりおかしくなっていた。
やがて宴は正式なコース料理から酒宴へと移り、いつのまにか混ざって来たヨレヨレのトラックスーツ姿の黒龍や白髪のレジオナたちを加え、混沌の様相を呈してゆく。
場所を広間へと移し、人化した灼熱や他の龍種たちも合流した酒宴は夜更けまで続いた。クー様ナナシたんと呼び合うほど打ち解けた一同は、そのまま広場で雑魚寝する事となる。
そして、夜明けと共にそれは訪れた。
◆◆◆◆◆
最初は微かで断続的な振動だった。
数分続いたその振動に何事かと皆が目を覚ました時、轟音と共に大地が大きく跳ね上がった。そしてぐらぐらと左右に激しく揺れた後、大きく上下に振動し、最後にひときわ大きく揺れる。
広間にいた面々はあまりの振動に立つ事もできずただゴロゴロと転がるしかない。驚きのあまり人化を解いてしまう龍種もおり、ナナシが慌ててキーラとモニカ、フリーダを庇う。
やがて振動が収まり、ホッとしたナナシが周囲を見回すと、驚いた事に柱や宝物は微動だにしていなかった。
広間の上空では人化したままの黄金龍が浮かんでおり、一同が宝物の方へ転がらないよう防護壁を展開している。視線を落とすと、ナナシの足元ではキーラとフリーダが真っ青な顔でガクガクと震えていた。モニカは青ざめながらもこの異常事態を録画するのに懸命である。
転生前は地震大国に住んでいたナナシにとっても、これほどの地震は経験したことがない。そこへレジオナがふにゃふにゃと声をかける。
「これはやばいよね~。震度7どころの騒ぎじゃないでしょ~。この辺は地震なんかほとんどないから、キーラちんなんかおしっこ漏らしてるしさ~」
「漏らしてねーよ!」
突っ込みで多少血の気が戻るキーラ。その横でフリーダが自分の股間を見てホッと安堵する。
状況が収まったと見たか、黄金龍が防御壁を解いてゆっくりと降りて来た。
「クーちん、いったい何が起きたんよ~?」
レジオナがふにゃふにゃと問いかける。周囲の宝物はどうやら魔法や器具によって、この規模の揺れを想定して固定されていたようだ。ならば黄金龍はこの地震を経験しており、再び起きる事も予想していたという事である。
黄金龍は西方へ遠くを見るような目線をスッと向けると、告げた。
「褐色の大地を支配せし大いなる霊峰が3千年ぶりに目覚めたようね」




